265話 なんで
強引に作り出した隙。
そのタイミングに合わせて、現時点で出せる全力を叩き込んだ。
タイミングは完璧。
攻撃も最大。
それなのに……
「あぶな!?」
レナはありえない速度で剣を戻して、こちらの攻撃を防いでいた。
刃を防ぐことでいっぱいいっぱい。
衝撃を逃すことはできなかったらしく、吹き飛ばされる。
でも……それだけ。
致命的なダメージではなくて。
決定的なダメージでもなくて。
千載一遇のチャンスを逃してしまう。
「まさか、自分の体を盾にするなんてね」
レナは体勢を立て直した。
ただ、すぐに攻撃に転じることはない。
さきほどまでの抜き身の刃のような雰囲気は消えた。
代わりに、今までと同じように明るく楽しい笑顔を浮かべている。
「うーん……! やっぱり、フェイトはいいなあ。うん、本当にいい!」
「それ、褒めてくれているの?」
「もちろん!」
「今の一撃でもダメだったのに?」
「いやいやいや、アレ、本当にすごかったよ? ボクじゃなかったら、ほとんどのヤツがやられていると思う。リケンでも倒されていたかな?」
リケン?
誰だろう?
「普通、傷つかないように戦うものだけど……まさか、その定石を覆して、あえて傷ついて隙を作るなんて」
「結局、届かなかったけどね」
「でもでも、普通、そんなことできないよ? 誰でも……ボクでも、体を盾にするなんてためらっちゃうもん。誰にもできないことをやってみせた……うん。素直にフェイトのことをすごいと思うよ」
「……ありがとう」
やたらと絶賛される。
ただ、裏があるのではないかと警戒してしまう。
その予感は正解。
「ねえ、フェイト。やっぱりボクのものにならない?」
「その話は……」
「イヤなんでしょ? でもでも、やっぱり惜しくなったんだ。ここまでできるフェイトを殺したくなんてないし……あと、惚れ直しちゃった」
レナは笑顔で言う。
平常時に言われたらうれしい言葉なんだけど……
今は殺し合いをしている最中だ。
一時も油断できない。
「ねえ、ボクのものになろう? そうすれば、ボクがフェイトを鍛えてあげる。今より、もっともっと強くなれるよ。フェイトも剣士だから、強くなりたい、っていう気持ちはあるよね?」
「それはあるけど……」
「あとあと、女の子に向ける欲求も満たしてあげる♪ ボク、尽くすタイプだからね。おいしいごはんを作ってあげるし、お風呂で背中も流してあげる。えっちなことも、なんでも受け止めてあげる」
えっちなこと、とあっけらかんと言わないでほしい。
その……
こんな時だけど、少し恥ずかしくなってしまう。
「あれ? さっきと同じことを言ってる? ま、いっか。それで、どうかな?」
物騒な場なのだけど……
これはたぶん、レナの告白。
彼女なりの本気の告白だ。
だから、僕も誠実に向き合わないといけない。
「……ごめんね」
頭を下げた。
「何度告白されても、僕の気持ちは変わることはないよ。僕が好きなのは……ソフィアだ」
「……」
一瞬だけど、レナが泣きそうになったような気が……した。
「なんで」
ゾクリと背中が震えた。
「なんでなんでなんでなんでなんで……!!!」
なんで、と。
呪詛を吐くかのように、レナがその言葉を繰り返す。
何度も何度も繰り返して……
その姿は、まるで子供のようだった。
「初めて欲しいものができたのに。ずっとずっと言う通りにしてきて、ボクの心なんて殺して……それなのに、初めて欲しいものが……! それなのに、また我慢するの? 諦めないといけないの? 仕方ないって、目をそらさないといけないの? そんなの、そんなこと……!!!」
「レナ……?」
「やだ、やだやだやだ……もう、奪われるのはイヤだ!!!」
レナのトラウマを踏み抜いてしまったのかもしれない。
彼女は明らかに正気ではなくて……
瞳から光が消える。
代わりに剣呑な色が宿った。
レナは剣を構えて……
そして、一気に踏み込んできた。
「はや……!?」
ダメだ、対応できない!?
僕はどうすることもできず、自分に迫る刃を眺めていた。




