254話 長老と感謝と
大きなトラブルはなくて、旅は順調に進んだ。
そして、予定よりも一日早く獣人の里に到着する。
森の奥の奥。
陽が欠片も差し込まないような最深部に獣人の里はあった。
それまでは上も左右も草木に覆われていたのに、一気に視界が開ける。
巨大な森の中に開けた広場。
そこに木材で作られた建物が数多く並んでいる。
それと、村を囲う塀と門。
見張り台が四方に設置されていて、弓矢を手にした獣人が見える。
「ここが……」
「はい、私達の里です」
森の奥に隠された秘境。
そんな言葉がぴったりの場所だ。
「何者だ!?」
門番の獣人がこちらに気づいて、剣を抜いた。
見張り台の獣人達も反応して、こちらに弓矢を向けてくる。
そんな彼らの誤解を解くために、クローディアさんが前に出る。
「私です」
「クローディア? なぜ人間なんかと一緒に……」
「いや、待て! その方は……」
「姫様!? それに、神獣様も!?」
わーっと、たくさんの獣人が押し寄せてきた。
その目的はアイシャとスノウ。
とても興奮した様子で二人に駆け寄ろうとして……
ザンッ!
なにから走り、彼らの前の地面が切り裂かれた。
巨人が刃を振るったかのような跡ができていて、ピタリと獣人達の動きが止まる。
「驚き、興奮する気持ちはわからないでもありませんが……」
見ると、ソフィアがいつの間にか抜いた剣を鞘に収めていた。
「アイシャちゃんもスノウも、まだ子供です。そのように興奮しては、怯えさせてしまうことになります」
「「「……」」」
「二人の保護者として、故意ではなくても、害を与えるようなら実力で排除いたしますが……さて、どうしますか?」
「「「すみませんでした」」」
たくさんの獣人が平服した!?
なんていうか……
ソフィアがビーストテイマーに見えてしまうのだった。
――――――――――
その後……
クローディアさんが間を取り持ってくれたおかげで、僕達は変な誤解を受けることもなく、獣人の里へ入ることができた。
そのまま長老の家に案内された。
長老の家は、他の家の三倍くらい大きい。
しかも吹き抜けになっているから解放感がすごい。
長老となると、これくらいの家を持たないといけないのかな?
なんてことを考えつつ、客間へ。
案内された席に座り、長方形のテーブルを挟んで長老とクローディアさんと向かい合う。
「姫様と神獣様を保護していただき、誠にありがとうございます」
長老とクローディアさんが、揃って頭を下げた。
腰を90度に曲げるほど頭を下げていて……
そこまでされてしまうと、こちらが恐縮してしまう。
「い、いえ。そこまで大したことは……」
「いえ! お三方に保護していただかなかったら、どうなっていたか……聞けば、姫様は奴隷商に捕まっていたとか。本当に、本当に感謝いたします!」
今度はテーブルに頭をつけられてしまった……
「あはは……」
ソフィアは苦笑して、
「ふふーん!」
リコリスはドヤ顔をきめていた。
それぞれ、性格が出るなあ……
「さっそく宴を開きましょう。姫様と神獣様の帰還を盛大に祝わなくては。それと、恩人方に感謝も」
「それはうれしいんですけど……」
クローディアさんは、アイシャとスノウが一緒にいることは問題ないと言っていた。
でも、他の獣人はどうなのか?
長老は素直に許可してくれるのか?
もしかして、揉めることも……
「なに、心配なされるな」
こちらの懸念を察した様子で、長老が朗らかに笑いつつ、言う。
「聞けば、姫様と神獣様は、お三方の家族という。家族を無理矢理引き離すなんていうこと、儂らは決していたしませぬ」
「えっと……そう言ってくれるのはうれしいんですけど、いいんですか?」
「ええ。ただ……クローディアから聞いているかもしれませぬが、浄化と結界の構築に力を貸していただけると……」
「はい。そういう協力は惜しむつもりはありません」
「でしたら、なにも問題はありませんな」
ものすごく話がわかる人だった。
騙されている? と考えなくもないけど……
でも、長老からは悪意を感じない。
クローディアさんも同じ。
たぶん、信じてもいいと思う。
もしかしたら騙されるかもしれないけど……
その時は、アイシャとスノウを守るだけ。
それに、疑うよりは信じる方がいい。
「ありがとうございます」
「いえ、こちらこそ感謝いたします。では、さっそく宴の準備を……」
「長老っ、大変だ!」
バンと扉を吹き飛ばすような勢いで、若い獣人の男性がやってきた。
次回更新は10日(金)になります。




