245話 祖父と孫
「あー……」
エイジは困っていた。
息子のため、お得意さんになった獣人に話をする。
それは問題ない。
まだ成功したわけではないが、お得意さんの獣人は話が通じる人で、ほぼほぼ問題はないと思っている。
なので、彼女がやってくるまではいつも通り仕事をするだけだ。
なのだけど……
「じー……」
「オフゥ」
鍛冶場の隅からエイジに向けられている二つの視線。
アイシャとスノウのものだった。
エイジか、はたまた鍛冶に興味があるのか、じっと見つめている。
しかし、声をかけようとはしない。
一定の距離を保ち、見るだけだ。
「どうしたんだ?」
エイジは作業を中断して、そう声をかけた。
「っ!?」
「オフゥ!?」
アイシャとスノウは、息ぴったりという様子でびくりと震えて、さらに奥へ逃げてしまう。
でも、完全に鍛冶場から出ていくことはなくて……
ややあって、再び先ほどの位置に戻り、エイジを観察する。
なにがしたいのだろう?
エイジは混乱するが……
少し考えた末に休憩を取ることにした。
作業道具を置いて、火を落とす。
「あー……ちょっと休憩するんだが、一緒にお菓子でも食べないか?」
「「っ!」」
アイシャとスノウの目がキラーンと光った。
――――――――――
「はむ……あむ、あむ」
アイシャは両手で甘いパンを持ち、少しずつ口に運んでいく。
飲み込むよりも口に運ぶ方が速いらしく、リスみたいに頬が膨らんでいく。
その隣では、スノウが尻尾をぶんぶんと振りながらパンを食べていた。
あまりにも尻尾を振りすぎているせいで、埃が舞い上がっている。
後で掃除をしないとダメだな、とエイジは心の中で苦笑した。
「うまいか?」
「うん……おいしい」
「オンッ!」
二人はとてもうれしそうだ。
物で釣ってしまったけれど、少しは心を開いてくれたらしい。
「あー……アイシャ、って名前で呼んでもいいか?」
「……うん、いいよ」
「ありがとな。アイシャは俺の仕事に興味あるのか?」
アイシャは、ふるふると首を横に振る。
「なら、俺に興味が?」
今度は、こくりと縦に頷いた。
「そっか。話をしたいとか、そんな感じか?」
「うん……おじーちゃん、だから」
「うぐっ」
不意に飛び出した、『おじーちゃん』という言葉。
それはエイジの胸に深く突き刺さり、今まで味わったことのない感情をもたらしてくれる。
喜び、感動、幸せ。
それらをミックスしたような、不思議で温かい感情だ。
いったい、これは……?
「おじーちゃんは、おとーさんに似ているね」
「んっ……お? あ……そ、そうか?」
我に返ったエイジは、そのまま問い返してしまう。
「うん。似ているよ」
「ま、親子だからな。ちなみに、どんなところが?」
「かっこいい、ところ」
「ぐはっ」
孫にかっこいいと言われた。
これほどの名誉はあるだろうか?
エイジはそんなことを思い……
すでに孫バカになりつつあった。
「おとーさんに似てて、気になって……見ていたの。邪魔したら、ごめんなさい……」
「いやいや、邪魔なんてことはねえよ」
「本当に……?」
「ああ。興味があるなら、ずっと見ていればいい。なんなら、こうしておしゃべりをしてもいいぞ」
むしろ、もっとしたい。
色々な話をしたい。
エイジは、一瞬でアイシャに魅了されてしまった。
孫に勝てる者はいない。
それが証明された瞬間だった。




