240話 終わり
「っ……!!!?」
ビクンッと、煉獄竜の巨体が震えた。
「……」
しばらくの沈黙。
僕もソフィアも。
ホルンさんもリコリスも、油断なく構えたまま、煉獄竜の様子を見る。
そして……
ドォンッ……!
煉獄竜は地に沈んだ。
「……」
傷だらけの体はピクリとも動かない。
呼吸もしておらず、完全な沈黙を保っていた。
煉獄竜の討伐は……完了した。
「や……」
「やったあああああーーーーっ!!!」
僕とソフィアは抱き合って喜んだ。
そのまま、ぴょんぴょんとジャンプをして、さらに喜ぶ。
ただ、そんな僕達以上に喜んでいる人がいた。
「……」
ホルンさんはなにも言わず、煉獄竜の前で剣を掲げてみせた。
討伐完了の証。
それを誰に見せているのか?
掲げた剣は天に向けられている。
つまり……そういうことなのだろう。
ホルンさんは、友達との最後の約束を果たすことができたのだ。
「いやー、すごいね」
パチパチパチ、と拍手が響いた。
慌てて振り返ると、レナの姿が。
いったい、今までどこに潜んでいたのやら、まるで気配を感じなかった。
「いざとなったらボクも加勢するつもりだったんだけど、まさか、三人だけで倒しちゃうなんて。あ、小さな援軍もあったから、四人かな?」
「……なにをしに来たの?」
僕は剣を構えた。
ソフィアも、続いてエクスカリバーを構える。
レナと面識のないホルンさんは、やや戸惑っている様子ではあったけど……
僕達の様子を見て敵と判断したらしく、リコリスを背にかばい、刃の先を変える。
「んー、称賛? あ、心配しないで。こうなった以上、横からかっさらう、なんてことは考えてないから」
「信じられませんね」
「ホントホント。その煉獄竜は、好きにしていいよ。素材にするなり、そのまま埋葬するなり、お好きに」
「……」
「でも、フェイトのことは諦めていないけどね♪」
「ぶった斬ります!」
「お、落ち着いて」
ソフィアが突撃しそうだったので、慌てて制止した。
「なにもする気がないなら、どうして僕達の前に?」
「だから、称賛だって。剣聖ならともかく、フェイトと見知らぬおっちゃんが煉獄竜を倒しちゃうなんて、思ってもいなかったからさー。すごいなー、って感心したの。だから、称賛したいと思って出てきたの。それだけ」
「……」
嘘は言っていないように見えた。
それに、レナの性格を考えると、そういうことをしてもおかしくない。
って……
なんだかんだで、レナともそこそこの付き合いになるんだよな。
彼女の性格、行動が少しは読めるようになってきた。
それを喜ぶべきなのか、どうなのか……悩ましい。
「それだけの力があるなら、資格はあるかもね」
「資格?」
「今、ふと思ったことなんだけどねー……フェイト。それにソフィアも。ボク達『黎明の同盟』の仲間にならない?」
「「なっ!?」」
思わぬ誘いに、ソフィアと同時に驚きの声をあげてしまう。
僕達がレナの仲間に……?
そんなこと考えたこともなかった。
「ま、思いついただけだから、本格的な勧誘は後にしておくよ。頭の片隅にでもいいから、置いておいてくれるとうれしいな」
「そのようなふざけた誘い、考えるまでもありません」
「そうかな? ボク達の目的を知れば、きっと賛同してくれると思うよ。まあ……その辺りは、今度話すよ。ボクは、この辺で帰るね」
レナはそう言うと、ちらりとホルンさんを見る。
「……さすがに、これ以上ドヤ顔して話をして、空気を壊すほどバカじゃないからねー」
ばいばい、と手を振り、レナは姿を消した。
たぶん、転移の魔道具を使ったのだろう。
「ふむ……今の少女は何者じゃ? 只者ではないようじゃったが……」
「色々とありまして」
一言で説明することはできない。
それよりも……
「撤退したのは本当だと思うから、今は、やるべきことをやりましょう」
「……そうじゃな。ありがとう」
やるべきこと。
それは、ホルンさんがノノカから受けた依頼を完遂することだ。
ホルンさんがノノカから請けた依頼の内容は、煉獄竜をなんとかしてほしい、というものだ。
なんとかしてほしいは、被害を出さないだけじゃない。
素材を悪用されるなどして、二次被害を出さないことも含まれているのだろう。
そう判断したホルンさんは、荷物から大量の油を取り出した。
それを煉獄竜の死体にかけて、火をつける。
たちまち全身が燃えて、ブスブスと焼け焦げた匂いと煙が充満する。
僕達は洞窟の外に出て、しばらく様子を見る。
そして、全部燃えただろうと、十分な時間をとってから……
「ノノカ嬢……遅くなったが、これで約束を果たすことができたぞ」
ホルンさんは、あらかじめしかけておいた爆薬を起動させた。
複数の爆音。
そして、轟音と共に大量の土砂が崩落して、洞窟が埋まる。
途方もない重さの大量の土砂だ。
煉獄竜がゾンビになって復活することもないだろうし、その素材を悪用することもできない。
これで、完全に終わりだ。
「……」
ホルンさんはなにも言わず、空を見上げた。
なにを考えているのか、それはわからない。
でも……
その頬を、一筋の涙が伝った。




