227話 伝統衣装
「おとーさん、似合う?」
朝。
家の外に出たアイシャは、くるっと回転してみせた。
頭に撒いているはちまきがひらりと揺れた。
上は白のシャツ。
下は下着に似た黒の短いパンツ。
そこから、ふさふさの尻尾が飛び出している。
ブルマっていう、東の国の伝統の衣装らしい。
なんでも、運動をする時は、女の子はこれを着るのだとか。
ちょっと露出が多い気がするんだけど……
でも、これが正式な衣装らしい。
東の国は変わっている。
「……フェイト」
「あ、ソフィアも準備……でき、たん……だね……」
遅れてやってきたソフィアは、顔が真っ赤だった。
風邪とか、そういうわけじゃない。
単純に恥ずかしいのだろう。
……ブルマ姿なので。
「……」
「……」
「あの……なにか言ってほしいです」
「に、似合っている……よ?」
「……フェイトのえっち」
「えぇ!?」
今の、どう言えば正解だったのだろう……?
「ほら、そこ。イチャイチャラブラブしてないで、さっさと準備運動をしなさい!」
監督としてリコリスが同行していた。
そんなリコリスのサポート下の元、アイシャの体力を増やすための訓練を行う。
一人では心配なので僕達も一緒に訓練をするのだけど……
ソフィアまで着替える必要はあったのかな?
いや、まあ。
眼福と言えば否定できないので、うれしいのだけど……
「……フェイト」
「な、なに?」
「目がえっちです」
「ごめんなさい……」
心が見透かされているみたいで、とても居心地が悪い。
でも、ごめん。
一応、僕も男だから……
「よーし、それじゃあ、アイシャの特訓を始めるわ!」
そうリコリスは、いつも通りの姿だ。
リコリスは特訓しないの? と聞いてみたところ……
「は? なんで、あたしがそんなことしないといけないの? っていうか、あたし体が弱いから特訓とか無理だから。この体はガラスのように繊細なのよ」
という答えが返ってきた。
体はガラスでも、心は鋼鉄だと思った。
「まずはランニングよ。街をぐるっと回るように走るの」
「がんばるね」
「体力をつけるためのものだから、全力で走ったらダメよ? いかに長く、それでいてそれなりの速度を出すことができるか。それを意識して走るの」
「おー……?」
「わからない? えっと……まあ、長く走り続けることを考えて」
「うん」
しっかりとアドバイスをしているところを見ると、リコリスが監督をすることは、わりと適任なのかもしれない。
でも、体力トレーニングの知識なんてどこで得たのだろう?
謎が多い妖精だった。
「じゃあ、いくわよー。あたしについてきなさい」
リコリスがふわりと飛ぶ。
それをアイシャが追いかけて、その後ろを僕とソフィアが続いた。
「はっ……ふっ……はっ……」
わりとハイペースでアイシャが走る。
ただ、無理をしている様子はない。
体のバランスは崩れていないし、走り始めて十分くらいが経ったけど、ペースは一定を保ったままだ。
「アイシャちゃん、すごいですね。あんなに走れるなんて、正直、思っていませんでした」
「うん、僕も。獣人だから、子供でも体力があるのかもしれないね」
……その後も、アイシャはペースを落とすことなく走り続けた。
一時間も走り、僕達だけじゃなくてリコリスも驚かせていた。
「ふう……はあ……ふう……」
「おつかれさま、アイシャ」
近くの露店で買った、冷たいジュースをアイシャに渡す。
「ありがと、おとーさん。んー」
ジュースを飲んで、アイシャはにっこり笑顔に。
運動をした後だから、いつもよりおいしく感じるのだろう。
尻尾がぶんぶんと、勢いよく横に振られていた。
「アイシャって、めっちゃすごいわねー」
「どうしたの、リコリス?」
「だって、あたしの特訓に全部ついてきたのよ? あれ、本来は大人用のトレーニングメニューなのに」
「え、そうなの?」
「そんなものをアイシャちゃんにやらせて、なにかあったらどうするつもりだったのですか?」
「ま、まった。無茶したわけじゃないから、睨まないで。頭を摘まないで。ちゃんと、あたしなりの考えがあったんだって」
リコリス曰く……
まずは、アイシャの現在の限界を知りたい。
そのために、あえて厳しいメニューを課して、限界を図ろうとしたらしい。
限界が近いと判断した時はすぐに中止する予定だった、とのこと。
「それなのに、わりとあっさりとあたしの予想を超えてくるんだもの。すごいわね」
「そうでしょう、そうでしょう。アイシャちゃんはすごい子なのですよ」
ソフィアはとても誇らしげだった。
「でも、これなら、いくらか体を動かすだけで問題なさそうね。身体能力は元々あるっぽいから、あとは、運動とかをして体力を消費させることに慣れさせること」
「慣れておかないといけないの?」
「水泳と同じよ。準備運動なしで水に入ったら、たまにとんでもないことになるでしょ? それと同じで、体力を激しく消耗しそうな時は、事前に似たようなことをしておくことで、体に対する負担を軽減できるの」
「なるほど」
本当に物知りだなあ。
よく感心させられてしまう。
「というわけで、これからしばらくは激しめのトレーニングにするわよ!」
「がんばる、おー!」
アイシャはやる気たっぷりだった。
たぶん……
剣を修理するために自分の力が必要と言われて、とてもやる気になっているのだろう。
それは僕のためじゃなくて、リコリスのため。
友達の形見を元に戻してあげたいと、だからがんばりたいと、そう思っているのだろう。
「アイシャちゃんは、とても優しい子ですね。母親として誇らしいです」
「うん、僕も誇らしいよ」
僕とソフィアは、にっこりと笑うのだった。




