208話 懐かしい故郷
馬車に揺られること、約一ヶ月。
スノウレイクに近づくにつれて雪が積もってきた。
初めて見る雪にアイシャとスノウははしゃいでいたけど、旅をする方にとっては面倒なことこの上ない。
馬車の速度は遅くなり、時折、車輪が雪にハマってしまうことも。
そんなトラブルがありつつも、馬車は進み……
そして今日、スノウレイクに到着した。
「わぁ!」
馬車から降りたアイシャが目をキラキラと輝かせた。
その視線の先にあるのは、スノウレイクの街並みだ。
寒さを防ぐために外壁が厚くなっているせいか、どの家も大きい。
そして、屋根は鋭い三角形だ。
雪が積もらないように、あえてこうした角度をつけている。
それでも、ある程度の雪は屋根に残っている。
それは全ての建物に共通することで……
街全体に雪化粧が施されていた。
太陽が登ると、その光が雪で反射してキラキラと輝く。
眩しくて、でも、綺麗で……
街全体が輝いているみたいだった。
「わー! わー!」
「オンッ!」
とても興奮している様子で、アイシャは尻尾をぱたぱたと振っていた。
その隣に並ぶスノウも、尻尾を激しく振っている。
すごく良いコンビだ。
微笑ましい光景に、ついつい笑みがこぼれてしまう。
「ありがとうございました」
お礼を言って、馬車から降りた。
ここまで乗せてくれた商人は手をひらひらと振りつつ、またな、と挨拶して街の中へ消えていく。
「ふう、ようやく着きましたね」
そう言うソフィアは、少し疲れが声に出ていた。
一ヶ月の馬車旅。
しかも、最後は雪で思うように進むことができず、時間もとられてしまった。
さすがの彼女も疲れたのだろう。
「フェイトは元気そうね? なになに、寒さに強いとか? それともアイシャと同じように、雪を見てはしゃいでいるとか? まったく、お子様ねー」
「うん、そうかもしれない」
リコリスが茶化してくるものの、それを否定することなく肯定した。
わりと早く旅立ったものの……
やっぱり、故郷は懐かしい。
白い街を見ると、帰ってきたんだという実感が湧いてきて、疲れは吹き飛んでしまう。
「街を出てどれくらい経っているのですか?」
「うーん……十年近いかも」
ソフィアが引っ越した後……
僕は約束を守るために、冒険者になるために、特訓を始めた。
子供なので大したことはできないけど、毎日、色々なトレーニングに励んだ。
それから数年。
ある日、シグルド達がたまたま街を訪れた。
そして、家畜を襲っていた魔物をあっさりと討伐してみせた。
その姿に憧れた僕は、シグルド達の仲間にしてほしいと頼んだんだ。
彼らは笑顔で受け入れてくれて……
でも、その笑顔はウソで……
僕は都合のいい奴隷として使われることに。
「だから、ぜんぜん里帰りできなかったんだよね」
「……あの腐れ外道共め」
ソフィアが怒りを再燃させていたけど、アイシャのことを思い出して、すぐに笑顔に戻る。
「なら、久しぶりの里帰りですね。さっそく、フェイトの家を訪ねましょう」
「あ、それよりも先に宿に行こう。たぶん、大丈夫だと思うけど、部屋が全部埋まっていたら、最悪野宿になっちゃうかもだし」
「家に泊まらないのですか?」
「この人数で押しかけたら、さすがに迷惑になっちゃうよ」
僕とソフィアとアイシャ。
それと、リコリスとスノウ。
この人数が押しかけたら大変だ。
家はそんなに広くないから部屋が足りないはず。
布団も足りないだろうし、ごはんも用意が間に合わない。
今日は顔を出すくらいにして……
宿は別に確保しておいた方がいいだろう。
「そんなわけだから、先に宿へ行こう?」
「それはそうかもしれませんが……」
ソフィアは納得していない顔だ。
優しい彼女のことだから、家でゆっくりしてほしいと思っているのだろう。
でも、泊まらなくても両親と過ごすことはできるし……
焦る必要はないと思う。
「じゃあ、宿へ……」
「行く必要はねえぞ」
「……え……」
ひどく懐かしい声が聞こえた。
絶対に忘れることのない声。
耳にするだけで、妙な安心感を得られるような声。
その声の持ち主は……
「……父さん?」
振り返ると、三十くらいの男性が。
かなりの大柄で、身長は二メートル近い。
がっしりとした体つきで、一見すると冒険者のようだ。
北国に似合わないくらい、肌は焼けている。
「おう!」
「……父さん……」
間違いなく、その人は父さんだった。
僕の父親の、エイジ・スティアートだった。




