207話 北へ
スノウレイクは遥か北にある街だ。
ブルーアイランドからだと、馬車で一ヶ月ほどの長旅になる。
しっかりと準備をして……
ライラさんに別れの挨拶をして……
そして、僕達はスノウレイク行きの馬車に乗り、ブルーアイランドを後にした。
――――――――――
カタカタカタと車輪が回り、ゆっくりと景色が横に流れていく。
「おー」
それを見るアイシャは、尻尾をぱたぱたと横に振っていた。
何度も馬車に乗っているのだけど、流れる景色を見るのは楽しいらしい。
うん、わかる。
僕も子供の頃は同じようなものだった。
普段と違う目線、違う速度で見る景色は、新鮮で楽しいんだよね。
「……む」
剣を抱くようにして仮眠をとっていたソフィアが、パチリと目を開けた。
「どうしたの?」
「魔物です」
「なら、僕が……」
「フェイトはアイシャちゃんをお願いします。それに、今は私の番なので。では、いってきます」
止める間もなく、ソフィは馬車を降りてしまう。
……ややあって、魔物の悲鳴が聞こえてきた。
魔物なんだけど同情してしまう。
ソフィアがいる馬車を襲おうとするなんて、なんて運の悪い。
「いやー、助かりますよ」
荷台と御者台を繋ぐ小さな扉から、御者の声が聞こえてきた。
「剣聖さまがいるおかげで、魔物の心配をしなくてすみますからね。こんなに安全な旅は久しぶりですよ」
「こちらこそ、ありがとうございます。馬車に乗せてくれて、すごく助かりました」
スノウレイクは遠く、馬車の定期便はない。
独自に雇う必要があったのだけど、遠すぎるせいでなかなか引き受けてくれる人がいない。
いたとしても、とんでもない料金を求められることがあった。
困り果てたところで、スノウレイクへ向かう商人と出会うことができた。
彼の馬車を護衛する。
その報酬として、スノウレイクまで乗せてもらう。
そんな契約を交わしたのだ。
「ところで、スティアートさん達は、どうしてスノウレイクへ?」
なにもないとヒマらしく、御者はそう話を振ってきた。
僕もヒマなので、その世間話にのっかる。
「えっと……スノウレイクは僕の故郷なんです」
詳細を説明すると長くなりそうなので、雪水晶の剣の修理の件は黙っておいた。
「へえ、スノウレイクの……じゃあ、大変ですねえ」
「え? それ、どういう意味なんですか?」
「おや、知らないんですか?」
御者の口ぶりからすると、スノウレイクでなにか問題が起きているらしい。
嫌な予感がする。
「私は、こうしてスノウレイクと他の街を行き来している商人なんですが、最近、おかしなことが起きてましてね」
「おかしなこと?」
もしかして、ブルーアイランドのような……
「豊作が続いているんですよ」
「え?」
豊作?
豊作っていうと……野菜とか果物がたくさんとれるっていう、あの豊作?
「ほら。スノウレイクは雪の街でしょう? 栽培できる野菜や果物に限りがある……はずなのに、最近では、どんな野菜や果物も栽培できて、おまけに豊作続き」
「そんなことが?」
「ええ。ただ、人手が足りなくて、てんてこまいらしいですよ。スティアートさんの家は農業を?」
「いえ……鍛冶屋です」
「それなら手伝いをすることは……あ、知り合いが農業をやっているのなら、やっぱり手伝いに駆り出されるかもしれないですね。あの街では今、子供も収穫の手伝いをするほど人手が足りていないので」
「はあ……」
「まあ、うれしい悲鳴というやつですね。私も、取り引きできる商品が増えて、色々と得をさせてもらっていますよ。なので、こうして頻繁に行き来しているんですよ」
ブルーアイランドのような事件が起きているのでは? と気構えたのだけど……
拍子抜けだ。
「……でも」
気になる話だ。
スノウレイクは雪の街で、農業に向いていない。
もちろん、雪の中でも育つ野菜や果物はあるけど、それは限られている。
農家には厳しい環境だ。
だから、父さんは農業ではなくて鍛冶を選んだわけで……
それなのに、豊作が続いている?
色々な野菜と果物が収穫できている?
それが本当なら、喜ぶべきことなのだろう。
でも、理由がわからないのだとしたら、なんだか不気味にも感じられて……
どう受け止めていいか、正直、よくわからない。
「ただいま戻りました」
魔物を掃討したらしく、ソフィアが馬車に戻ってきた。
「おかーさん、おつかれさま」
「はい、ありがとうございます。フェイトとアイシャちゃんを守るため、お母さん、がんばりましたよ」
「ちょっと、ソフィア。あたしは? ねえ、あたしは守ってくれないの?」
「それは……フェイト? どうしたのですか、笑って」
「ううん、なんでもないよ」
スノウレイクでなにかが起きているかもしれない。
でも、みんなと一緒なら大丈夫だ。




