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20話 負傷者の治療

 フェンリルを討伐するため、ソフィアはすぐに砦を出発した。


 残った僕は、医務室へ。

 なにかできることはないかと思い、怪我人の手当を手伝うことにしたのだ。


「うぅ……いてぇ、いてぇよぉ……」

「もうダメだ、俺はもうここで……ちくしょう、ちくしょう、こんなところで……」

「誰か助けてくれ……イヤだ、まだ死にたくない、助けてくれ……」


 医務室は戦場だった。

 三十あるベッドは全て埋まり……

 それでも足りず、床の上に寝かされている負傷者もいる。

 まるで戦場だ。


 奥にゲイルとラクシャが見えた。

 ゆっくり休んでいるらしい。


 彼のような軽傷者もいるが、それは少数。

 大半が重傷者だ。


「あっ、あああぁ!?」


 突然、ベッドに寝る負傷者が大きな声をあげた。

 ビクビクと痙攣を繰り返す。


「な、なんだ!? おい、どうしたっ、大丈夫か!?」

「あああっ、あああああ!!!」


 負傷者達の様子を見ていた男が慌てて声をかける。

 しかし、痙攣を繰り返すだけでまともな返事が返ってくることはない。


 たぶん、怪我で体力や神経が削られて、ショック状態に陥っているのだろう。

 このまま放っておいたら、まずいことになるかもしれない。


「くそっ、いったいなにが……ど、どうすれば……」


 この人、医者じゃないのか?

 もしかして、ただの素人で、ここに医者はいない……?


 どちらにしろ、放っておくことはできない。


「どいてください!」

「な、なんだ、あんたは……」

「ここに置いてある薬は!?」

「そんなことを聞いてどうするつもりだ? 大体、あんたは医者なのか? 冒険者のように見えるが、勝手に薬を使うなんて……」

「いいから答えて! この人を助けたくないんですか!?」

「っ!? え、えっと……こ、これが全部だ。しかし、これじゃあどうすることも……」


 大きく怒鳴りつけると、その迫力に負けた様子で、男は薬の入った箱を差し出してきた。


「えっと……うん、これなら大丈夫です」


 薬箱を確認して、大丈夫だろう、と希望を抱いた。

 二つの瓶を取り、別の小瓶を使い合成。

 それをガーゼに染み込ませて、痙攣を繰り返す人の鼻に当てる。


 最初の十秒はさらに激しく暴れるものの……

 一分が経つ頃には落ち着いて、穏やかな呼吸を取り戻す。


「ふぅ……うまくいってよかった」

「あ、あんた、なにをしたんだ……?」

「この人、怪我のせいでショック症状を起こしていたんですよ。だから、それを鎮めるための薬を作ったんですよ」

「ショック症状だったのか……しかし、ショック症状を抑える薬なんてなかったはずだが」

「合成して、即興で作りました。これとこの薬を調合することで、代替品になるんですよ」

「そんなことが……なるほど、深い知識を持っているんだな」


 勉強になる、というような顔をしていた。


「これくらいは、当たり前の知識だと思うのだけど……もしかして、違う?」

「いやいやいや、当たり前なんてこと、あるわけがないだろう!? 薬の知識なんて、普通の人は知らない。冒険者でも知らない。キミは何者なんだ?」

「何者、と言われても……普通の冒険者だけど?」

「普通の定義がおかしいからな、絶対に!」


 そんな風に、ツッコミを入れられつつも……

 僕は、他の人の治療を行う。


 なぜそんな知識があるのかというと、これもまた、奴隷時代に得た知識だ。

 毎日、怪我が絶えないため、治療方法を自力で学び、習得したのだ。

 薬の知識も、その時に得たもの。


 奴隷の僕が身につけられるものだから、大したことはないと思っていたのだけど……

 そうか、割と普通じゃないことなのか。


 うん。

 また一つ、賢くなった。


「ところで、あんたは?」

「あ、すみません。名乗り遅れました。僕は、フェイト・スティアート。援軍に来た一人です」

「援軍が来たのか!?」

「はい。もう一人は、ソフィア・アスカルトといって……」

「もしかして、あの剣聖!?」


 有名だなあ。


「はい、その剣聖です。今は、彼女がフェンリルの討伐に向かいました」

「よ、よかった……絶望しかないと思っていたが、まだ、なんとかなるかもしれないんだな」

「僕は砦に残ることになったので、怪我人の手当を手伝おうと思って」

「そうか、助かるよ。あんたは、俺よりも知識が深いようだ。他の怪我人も診てくれないか?」

「わかりました」


 拒む理由なんてないので、快諾した。

 薬箱を手に、怪我人を診て回る。

 重傷者が多く、手持ちのキットだけではかなり難しいところもあったのだけど……


「よし、これで、なんとか大丈夫」


 二時間ほどかけて、なんとか全員の治療を終えた。

 完治というわけにはいかないけど、死の危険は、全員脱したと思う。


「ありがとう、あんたはみんなの命の恩人だ!」

「いえ、僕にできることをしただけなので」

「こんなこと、なかなかできることじゃないさ。あんたがいなかったら、俺の仲間は全員、死んでいたかもしれない。剣聖だけが来ていたら意味はなかった。十分に誇っていいことさ」

「そう……なのかな?」


 元奴隷の僕が……

 なんの価値もないと思っていた僕だけど……

 誰かの役に立つことができた?

 命を救うことができた?


 それは、とてもうれしいことだった。


「ありがとうございます」

「ははっ、なんであんたが礼を言うんだよ。こっちが言わないといけないのに」

「えっと……なんとなく?」

「それと、もっと気楽な口調にしてくれないか? 恩人にそんな口調でいられたら、落ち着かない」

「それじゃあ……うん、そうさせてもらおうかな」


 彼は笑顔で手を差し出してきた。

 僕も笑顔で握手に応じる。


 温かい手の温もり。

 ソフィアだけじゃなくて……

 人って、温かいんだな。


 長い奴隷生活で、僕は、そんなことも忘れていたみたいだ。


「た、大変だ!」


 青い顔をしてセイルが駆け込んできた。


 男は思わずという様子で顔をしかめる。


「おい、ここは負傷者がたくさんいるんだ。ようやく寝た人もいるんだから、もう少し声を……」

「それどころじゃないっ、やばいやばいやばい、もう終わりだ!」

「ゲイルの言う通りよ、もうダメ。今度こそおしまいよ……」


 二人は尋常ではないほど慌てていた。

 まるで、この世の終わりを告げられたかのようだ。


「……ひとまず外へ」


 どのような内容であれ、ここでする話ではないと判断して、セイルを外に連れ出した。

 それから、会議室へ移動する。


「相当に慌てているみたいだけど、いったい、なにが?」

「やばいんだよ! 今すぐにここから逃げないと!」

「無茶を言わないで。動けない人がたくさんいるんだ。そんなことをしたら、半分くらいの負傷者は、せっかく閉じた傷が開いて、出血で死んでしまう」

「それでも全滅するよりマシだ! 一途の希望に賭けた方がいい!」

「そうよ、今すぐにここを離れないと!」


 全滅するよりもマシ?

 気になる台詞に、僕は眉をひそめた。


 ここにいると全滅してしまう。

 その可能性は……フェンリルだろうか?


 ヤツの襲来が?

 でも、フェンリルの対処はソフィアがあたっている。

 砦への襲撃を許すわけがないし、逃がすことも絶対にないはずだ。


「詳しく聞かせて。いったい、なにが起きているの?」

「フェンリルが……フェンリルが……」


 が絶望に満ちた声で言う。


「もう一匹現れたんだよ!!!」

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◆◇◆ お知らせ ◆◇◆
さらに新作を書いてみました。
【おっさん冒険者の遅れた英雄譚~感謝の素振りを1日1万回していたら、剣聖が弟子入り志願にやってきた~】
こちらも読んでもらえたら嬉しいです。
― 新着の感想 ―
[一言] もう一匹ね……それなら大丈夫だよ。切り札がいるからさ(無自覚だけどw ハーレム展開ねぇ。そうなったらソフィアも気が気でないよなーw ちょ!? なんで俺を斬ったにあああああ!?
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