197話 私のものです
スノウの前足が目の前に迫る。
あまりにも速く、そして、巨大だ。
今から逃げることは難しい。
なら受け止めるしかない!
僕は気合を入れて、剣を構えて……
ギィンッ!
一つの影が割り込んだ。
風にたなびく綺麗な髪。
女神さまはこんな感じなのかな? と思うような容姿。
そして、誰よりも力強い瞳。
「ソフィア!?」
「私のフェイトに……なにをしているのですか!!!」
どこからともなく現れたソフィアは、スノウの一撃を軽々と受け止めてみせた。
それだけで終わらなくて、怒りの形相でカウンターを繰り出す。
まずは前足を弾いて……
それから、クルッと回転しつつ、下から上に刈り上げるかのような蹴り。
ウソみたいな光景だけど、スノウが吹き飛んだ。
「えぇ……」
ソフィアの方が圧倒的に小さいのに、暴走状態のスノウを吹き飛ばしてしまうなんて。
これが剣聖の力?
頼もしいのだけど……
でも、ちょっと怖いかも。
「どこの誰か知りませんが、見掛け倒しのようですね。これならまだ、あの泥棒猫の方が面倒でしたよ」
泥棒猫って、レナのことかな?
「この混乱を収めるためにも、すぐに終わらせてあげますね」
そう言って、ソフィアは追撃に移ろうとして……
「ソフィア、待って!」
必殺の一撃を放とうとしていることに気がついて、僕は慌てて止めた。
駆け出そうとしていたソフィアは、僕の声に驚いた様子で、軽く体勢を崩す。
たたらを踏みつつ止まり、何事かと振り返る。
「なんですか、フェイト?」
「ちょっとまって。あの魔物は……」
「わかっています。あの泥棒猫が用意したもの、と注意してくれようとしたのでしょう?」
「え、レナが関わっているの?」
「はい、そうみたいですよ。詳細は知りませんが……彼女が魔剣をばらまいて、街の秩序を崩壊させて、あの魔物を召喚したらしいです。具体的な方法は不明ですけどね」
「レナが……」
悪い子じゃないと思っていたけど……
でも、やっぱり僕の考えが甘いのだろうか?
これだけのことをしでかしている。
普通に考えて、悪人確定だ。
「では、フェイトはここで待っていてください。すぐに片付けて……そういえば、アイシャちゃんとリコリスは?」
「えっと」
今はレナのことは後回しだ。
とにかく、スノウのことをなんとかしないと。
「アイシャとリコリスなら大丈夫。それよりも、あの魔物を殺したらダメ」
「え? なぜですか?」
「あれは、スノウなんだ」
「あの魔物が……スノウ?」
「信じられないかもしれないけど、でも、本当のことなんだ。スノウが突然苦しみだして、突然、あんな風になって……なんとかして止めないと!」
「それは……ですが……」
ソフィアが迷うような表情に。
ややあって、意を決した様子で言う。
「フェイト言われて気づきました。確かに、あの魔物はスノウだと思います」
「じゃあ……」
「助けたいのは私も同じです。しかし……助けられるのですか?」
その問いかけに対する答えが思い浮かばない。
絶対に助けたい。
アイシャの友達ということもあるが、スノウは、もう僕達家族の一員だ。
過ごした時間が短いとしても、それは変わらない。
でも、どうやって助ければいい?
元に戻す方法は?
……なにもわからない。
「あの魔物がスノウだというのなら、私だって、どうにかして助けたいとは思います。しかし、その方法がわからないことには……」
「それは……そうだけど」
「あの状態のスノウを放っておけば、どれだけの被害が生まれるか。いえ、すでにかなりの被害が出ています。放置することはできません。すぐに無力化しないと」
「まさか……」
「気絶させられるのなら、そうしますが……そうでない場合は。それが、剣聖としての役目です」
ソフィアが気まずそうに目を逸らす。
つまり、無力化が難しい場合は……殺すということだ。
わかっている。
ソフィアはなにも悪くない。
むしろ、この緊急時に甘いことを言う僕の方が悪い。
だけど……
それでも僕は……!
「ですが」
迷う僕に、ソフィアはまっすぐな視線を向けてきた。
今度は、僕が知るいつものソフィアのものだ。
「私はアイシャちゃんのお母さんですから。お母さんとしての役目も果たさないといけません」
「ソフィア!」
「フェイトは、どうしますか?」
「もちろん、決まっているよ」
ソフィアのおかげで迷いが晴れた。
改めて、覚悟を決めることができた。
「スノウを取り戻す!」




