特別話 羽子板
年が明けて、お正月。
僕達は手頃な街の宿に泊まり、年を越していた。
本当は、ソフィアの実家とか。
あるいは、僕の実家とか。
そういったところで過ごしたかったんだけど、タイミングが合わず、今年は見送りに。
来年は、どちらかの家で過ごすことにしよう。
「あうー……」
暖炉の前でアイシャが丸くなっていた。
暖炉の火に手をかざして……
それと尻尾をくるっと丸めつつ、毛布を上に羽織っている。
ふさふさの耳と尻尾があるけど、寒い時は寒いみたいだ。
それはリコリスも同じで、アイシャの頭の上で丸くなっている。
さらに、隣にスノウが丸くなっていた。
「うー、寒い寒い……ぶえっくしょんっ!」
くしゃみが、ちょっとおじさんくさい。
「アイシャちゃん、寒くないですか? 薪を足しましょうか?」
「ううん、大丈夫。暖炉、温かいよ? それにリコリスも」
「え、あたし!? あたし、アイシャに熱を吸い取られているの!?」
リコリスが飛んで逃げようとするが、ソフィアが手で押さえて阻止した。
アイシャのため、暖房になれ……と。
……まあ、たぶん大丈夫。
なんだかんだで、リコリスって頑丈だもの。
「それにしても、リコリスではありませんが今日は寒いですね」
「朝の間だけじゃないかな? 今日は、お昼から温かくなるらしいよ」
「そうなることに期待したいですね……フェイトは寒くありませんか? よかったら、私で温まりますか?」
ソフィアが笑みを浮かべて、両手を広げた。
胸に飛び込んでこい、と……?
「う……」
「イヤなのですか?」
「そ、そんなことはないけど……でも、それをしたらダメになっちゃう気が」
色々と惹かれるものがあるのだけど、なんとか我慢した。
ソフィアはとても残念そうな顔をしているけど、朝から誘惑しないでほしい。
というか、朝じゃなくてもダメ。
僕が我慢できなくなったらどうするつもりなのか?
そういうことは、その……
まだ早いというか、なんていうか……
「にひひー、フェイトってば、顔が赤いわよ? なに考えているの?」
「うっ」
「きゃー、きゃー! えっちねー、すけべねー! リコリスちゃん、ドキドキしちゃう!」
……そんな賑やかな時間を過ごして。
お昼を食べて。
「おー、晴れたわねー!」
お昼過ぎ。
天気予報は的中して、空は青く輝いていた。
気温も上昇して、ガタガタと震えるほどではなくなった。
雪はまだ積もっているけど、新たに降ってくることはないから、さほど問題はない。
「日差しが温かいね」
「ぽかぽか」
せっかく晴れたのだから、家に閉じこもっているのはもったいないかな?
「おとーさん、おかーさん」
「オンッ!」
アイシャが目をキラキラさせた。
尻尾をぶんぶんと振りつつ、僕達を見上げる。
スノウも似たようなことをする。
それを見たソフィアは、優しく笑う。
「一緒に遊びましょうか?」
「うん!」
さすがソフィア。
アイシャが求めるものをすぐに察して、行動に移したみたいだ。
「雪だるまでも作りますか?」
「雪だるま!」
「それとも、雪合戦?」
「雪合戦!」
子供は雪が好きらしく、アイシャは目をキラキラと輝かせていた。
尻尾もちぎれてしまいそうなほど振られている。
「いた、いた」
たまにリコリスが尻尾にはたかれていた。
「わふぅー……オンオンッ!」
スノウはうれしそうに雪の上を駆けていた。
一人で十分に雪を堪能しているみたいだ。
「ねえ、ソフィア。雪遊びをするのは、ちょっと難しいんじゃないかな?」
この街は常冬ではなくて、たまたま雪が降っただけだ。
少し積もっているものの、温かくなり、すでに溶け始めている。
「それに今はお正月なんだから、お正月らしい遊びをしようよ」
「お正月らしい?」
アイシャはピンとこないらしく、小首を傾げた。
獣人だから、人の文化はよくわからないのかも。
そんなアイシャに、あらかじめ用意しておいた羽子板を渡す。
「はい、これ」
「おー!」
「これを使って羽根を打ち合う遊びなんだ」
「おー?」
実物を見てもピンと来ないらしく、アイシャの反応はいまいちだ。
それならばと、まずは僕とソフィアで実演してみせる。
「よく見ててね? いくよ、ソフィア」
「はい、どうぞ」
「えいっ」
ぽん、ぽんと羽根を打ち合う。
その度に良い音が響いて、どこか心地いい。
やっているうちに楽しくなってきたらしく、ソフィアが笑みを浮かべる。
「フェイト、いきますよ!」
「えっ」
「せい!」
カコーン! という小気味いい音が響いて、ものすごい勢いで羽根が飛んできた。
あまりに速くて、残像が映るほどだ。
当然、反応できるわけもなく、僕の負けとなってしまう。
「やりました、私の勝ちです!」
「勝ち負けを競うような遊び……でもあるか」
でも、基本は楽しく打ち合うようなものだと思うんだけど……
まあ、楽しければいいか。
「こんな感じなんだけど、わかった?」
「うん!」
早くやりたいというような感じで、アイシャは手を差し出してきた。
その小さな手に羽子板を渡す。
「じゃあ、相手は……」
「ふふんっ、このミラクル羽子板マスターリコリスちゃんが相手をしてあげる!」
リコリスが名乗り出た。
どうでもいいけど、最初に『ミラクル』とつければなんでもいいと思ってないかな?
「リコリス、羽子板を持てるの?」
「簡単よ。こんなの夕飯前ね!」
けっこう限界っぽい?
とりあえず羽子板を渡してみると、リコリスは両手で抱えるようにして持った。
それほど重さは感じていないらしく、そのまま自由に飛んでいる。
これなら問題ないかな?
「それじゃあ、アイシャ対リコリスということで……」
「ちょっと待ったぁ!」
リコリスが待ったをかける。
「普通に対決するなんてつまらないわ。負けた方は、墨で顔に落書きをされる罰ゲームを提案するわ!」
「それは……」
定番といえば定番だけど、アイシャを相手にそんなことをするなんて。
「わかりました。それでいきましょう」
「ソフィア!?」
反対しようと思っていたら、ソフィアが賛成してしまった。
「どうして賛成しちゃうの……?」
「大丈夫ですよ。アイシャちゃんは、運動はけっこう得意な方ですよ」
「でも、アイシャは初めてやるわけだから……」
「それを含めて大丈夫です。なにしろ……相手は、あのリコリスなのですから」
「……それもそうだね」
ついつい納得してしまう僕だった。
そして勝負が始まり……
「ほっぺにまる」
「う……」
「反対側にはばつ」
「うぐ……」
「えっと、おでこにさんかく」
「うぐぐぐ……」
「……もう、落書きするところがないよ?」
「うだあああああっ!!!?」
全戦全敗。
顔が真っ黒になり、リコリスは、羽子板をべしーんと地面に叩きつけた。
「なんで!? なんであたしが負けるのよ!? 自由自在に空を飛べるんだから、圧倒的有利じゃない!? なのになんで!?」
「それは……」
「それは!?」
「「リコリスだから」」
僕とソフィア、声を揃えて言う。
リコリスだから。
うん。
文句のつけようがないくらい、圧倒的に説得力のある言葉だ。
「い……意味がわからないわよーっ!!!?」
リコリスが絶叫して、
「おかーさん。今度は、わたしとやろう?」
「はい。ただ、罰ゲームはなしですよ?」
「うん!」
アイシャが羽子板を拾い、ソフィアに差し出した。
ソフィアは笑顔で受け取り、羽根を打ち合う。
その間、リコリスはスノウにちょっかいを出して……
本気で怒らせてしまい、追いかけられて……
「うん、平和だなあ」
今年は良い一年になりそうだ。
そんなことを思うのだった。




