181話 広がる悪意
夜。
宿へ戻り、ソフィアとアイシャと合流した。
そして、互いの情報を交換する。
「……と、いうわけです」
「アイシャが巫女、か……」
獣人で強い力を持っている。
それだけじゃなくて、さらに珍しい『巫女』という存在かもしれない。
「確証はないとしても、情報が出てくることはうれしいんだけど……うーん」
「対処方法が思い浮かばないのが、頭の痛いところですね」
ソフィアの言う通りだ。
ライラさんの言う通り、アイシャが巫女だったとする。
でも、巫女というのは伝説みたいなものだから、情報がほとんどないらしい。
どうやってアイシャを守るか?
敵の目的を知る、あるいは諦めさせることはできるか?
情報が少ないせいで、そこに繋がる答えを見つけることができない。
「今は少しでも多くの情報を集めて、それでいて、しっかりとアイシャを守るしかないね」
「ですね。それよりも気になるのが……」
「街で起きている事件のこと?」
「はい。私も、男が暴れているところに遭遇しました」
当時を思い返しているのか、ソフィアは苦い顔をしていた。
「おかーさん、かっこよかった」
「そうですか? ふふ、ありがとうございます、アイシャちゃん」
でも、すぐに笑顔になる。
アイシャの褒め言葉は最強だ。
「観光地だからたくさんの人がやってくるし、乱暴な人が混じっていてもおかしくはないんだけど……」
「事件の数がどんどん増えているんですよね?」
「うん。そこに違和感があるんだよね」
観光地に来て、ついついハメを外してしまう人はいる。
でも、それは一部だけで、あちらこちらで事件が起きるのは不可解だ。
「……これは、確たる情報ではないのですが」
そう前置きして、ソフィアは厳しい顔で語る。
「私が対処した男は、魔剣のようなものを持っていました」
「えっ!? それ、本当なの?」
「断言はできません。ただ、男が持っていた剣は、魔剣によく似ていました」
「魔剣……か」
レナ……黎明の同盟が関わっていると思われる、呪われた剣。
強い力を持つものの、持ち主を狂わせることがあると、リーフランドの一件で判明している。
「ねーねー、それ、本当に魔剣なの? っぽい偽物とかじゃないの?」
その辺りをふわふわと飛ぶリコリスが、そんなことを問いかけてきた。
「わかりません。きちんと確認したわけではないですし……そもそも、私は魔剣を見定めることができません。ただ……」
「ただ?」
「とても嫌な感じがした剣でした」
「ふーん……なら、それは魔剣ね」
意外というべきか、リコリスはあっさりとソフィアに賛成してみせた。
あれこれ言うのではないかと思っていただけに、ちょっと驚きだ。
「なんで驚いてるのよ?」
「だって、リコリスがあっさりと賛成するから……」
「ちょっとフェイト。あたしのこと、どういう目で見ているのよ?」
「楽しい……妖精さん?」
「まさかの横からの不意打ち!?」
ぽつりとこぼれたアイシャの素直な感想に、心のダメージを負った様子で、リコリスはふらふらと墜落した。
「ま、それはともかく」
わりと元気だったみたいで、すぐに復活して、真面目な顔で言う。
「あたし達妖精は、魔法のエキスパートよ。だから、魔力の流れとか、そういうものに関してはけっこう敏感なの。で……ここんところ、いやーな魔力を感じるのよね」
「それが魔剣?」
「たぶんね。目の前に大嫌いな食べ物が置かれて、その匂いが漂ってくるような感じ」
わかるような、わからないような……微妙な例えだった。
「で、そんないやーな魔力をあちらこちらから感じるわ」
「えっ」
「それはつまり……一本だけではなくて、複数の魔剣がブルーアイランドに流通していると?」
「たぶんね」
まさか、と否定したいのだけど……
でも、そう考えると辻褄が合う。
魔剣は簡単に人を狂わせてしまう。
欲望を増加したり、人格を豹変させたり……
アイザックがいい例だ。
魔剣が原因だとしたら納得できる。
「でも、なんでこんなところに魔剣が……」
「あの女のせいですね」
怒りと女性の嫉妬のようなものを交えた表情で、ソフィアが断言した。
「レナのこと?」
「もちろん。その女以外に犯人はいないでしょう」
「うーん」
「フェイトとの出会いは偶然らしいですが、それならば、他の目的があるはずです。あのような姑息で卑劣でずる賢い女が、ただのバカンスでここに来るとは思えません」
ちょっと言いすぎなような気はするんだけど……
でも、ソフィアに賛成だ。
レナは抜け目がない人だ。
今回の目的は、僕やアイシャでないとしても、他の目的があるのだろう。
例えば……魔剣をばらまく、とか。
「でも、レナが関わっているとしたら、彼女はなにをしたいんだろう?」
「それは……」
「たぶん、タダで配っていることはないと思うし、魔剣を使って商売をしているんだと思う。前も、資金稼ぎとか言っていたからね。でも、それだけじゃないだろうし、本当の目的は別にあると思うんだけど……」
それがなんなのか、わからない。
そもそも、黎明の同盟という組織がどういうもので、なにを目的としているのか?
それがさっぱりなので、レナ達が目標としているゴール地点が推測できない。
ソフィアも同じ考えらしく、難しい顔をしていた。
「みんな、悪い人にしちゃう……とか?」
ふと、アイシャがそんなことを言う。
「悪い人、ということは……私が捕縛に協力した人のような?」
「うん。悪い人をいっぱいに、する……?」
アイシャは根拠があって言っているわけじゃなくて、思いつくまま、直感で言葉を並べているみたいだ。
ただ、その内容に興味を惹かれるものがあるのか、ソフィアは真面目な顔に。
「例えば、ですが……」
「うん」
「あえて、魔剣をばらまいているとしたら? そうやって、この街の秩序を崩壊させようとしているとしたら?」
「それは……」
言われてみると、その可能性もあるような気がした。
でも、そうだとしたら、レナは、なんてひどいことを考えているのだろう。
「そうだとしたら、すごく大変なことだけど……でもやっぱり、レナの目的がわからないね」
「そこなんですよね……まったく、厄介な相手です。フェイトにちょっかいを出した時点で、そのまま切り捨てておけばよかったです」
わりと本気のトーンで、ソフィアはそんなことを言うのだった。