173話 迷子
たくさん泳いで、たくさん遊んで。
喉の乾きを覚えたアイシャは浜に戻った。
おとーさんとおかーさんに、飲み物を買ってもらおう。
あと、できれば甘いお菓子を食べたい。
かき氷がいいな。
冷たくて甘くておいしい。
頭がキーンとするところも楽しい。
そんなことを思いつつ、両親の姿を探すアイシャなのだけど……
「あれ?」
二人の姿が見当たらない。
正確に言うのならば、どこにいるのかわからない。
先日と比べると、海水浴場は混んでいた。
倍近い客がいる。
そのせいでフェイトとソフィアが隠れてしまい、アイシャは見つけることができないでいた。
「おとーさん? おかーさん?」
呼びかけてみるものの、返事はない。
ちなみに……
リコリスは呼ばれていない。
ただ単に忘れているだけなのか、そもそもリコリスに頼るということをしないのか。
どちらかなのか、それは謎だ。
「おとーさん……おかーさん……」
アイシャはあちらこちらを歩き回り、二人の姿を探す。
しかし、そのせいで余計に二人がいる場所から遠ざかってしまい……
さらに、今自分がいる場所もわからなくなってしまう。
犬耳がシュンと垂れ下がる。
尻尾は落ち着きなく揺れていた。
「うぅ……」
気がつけば浜辺を越えて、見知らぬ路地に移動していた。
当然、誰もいない。
浜辺に戻ろうとしても、その路地は入り組んでおり、迷路のようだった。
戻ることができず、どんどん街の深部に迷い込んでしまう。
「おとーさぁん……おかーさぁん……」
不安と恐怖がどんどん蓄積されていき……
ついに限界点を超えて、アイシャはポロポロと涙をこぼしてしまう。
本当に家族と離れ離れになり、一人になった時のことを思い出した。
誰もいない。
自分一人だけ。
近くの大人は怖い人。
おとなしくしていないと鞭で打たれた。
ごはんを食べさせてもらえなかったことも多々ある。
「ひっく、ひっく……うぅ、うあぁあああーーーん!」
奴隷だった頃の不安と恐怖を思い出してしまい、アイシャは我慢できずに大泣きした。
「おとうさーん! おかあさーん! リコリスぅー!」
大事な人達を呼ぶものの、姿を見せてくれない。
悲しい。
寂しい。
怖い。
負の感情が連鎖して、アイシャの心を蝕んでいく。
アイシャはなにもすることができず、ただ泣くことしかできない。
……そんな時だった。
ガサッ。
「ひぅ!?」
物陰で音がした。
アイシャは怯え、その場に尻もちをついてしまう。
そんな彼女に狙いを定めるかのように、物音を立てた主が飛び出してきた。
ソイツは風を切るような速度で走り、アイシャに向けて突撃をして……
「オンッ!」
目の前で急ブレーキをかけて、元気よく鳴いた。
「……わん、ちゃん?」
「オンッ!」
小さな犬だった。
アイシャでも抱っこできそうなくらいのサイズだ。
ただ、その毛は銀色に輝いていて、瞳はエメラルドグリーン。
そんな犬種は存在しない。
しかし、そんなことを知らないアイシャは子犬を警戒することはない。
むしろ子犬の愛らしさに心奪われてしまい、不安や恐怖を忘れて笑顔になる。
「わぁ……わんちゃん、かわいいね。おいで?」
「クゥーン」
子犬は人懐っこく、アイシャに顔をスリスリした。
その仕草はとても愛らしく、アイシャは自分が置かれている状況も忘れて、瞳をキラキラと輝かせた。
「かわいい!」
「ハッ、ハッ、ハッ」
アイシャにぎゅっと抱きしめられるものの、子犬は嫌がらない。
むしろ喜んでいる様子で、尻尾をぶんぶんと横に振っていた。
「オンッ、オンッ!」
スルッとアイシャの腕から抜け出した子犬は、トテトテと歩いて、少し行ったところで振り返る。
アイシャがついていくと、さらに子犬は歩いて……
一定のところで止まり、振り返る。
こっちへ来て? と言っているかのようだ。
「えっと……?」
「オンッ!」
「あ、まって」
子犬に誘われるまま、アイシャは街の裏路地を後にした。
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