123話 リベンジ
舞台は夜。
僕は一人で、薄暗い街の裏路地を歩いていた。
リーフランドはきちんと整備された街だけど、それでも、手の届かないところはある。
僕が今いるところは、その象徴のようなところだ。
街灯は少なく、ゴミが散らばっている。
防犯的にも衛生的にもアウトだ。
軽く調べたところ、エドワードさんは現状をなんとかしようとしているらしい。
ただ、予算やスケジュールの都合で、一気に手をつけることができないとか。
地道な道ではあるが、コツコツと取り組んでいるようだ。
ただ、今回はこうした場所があることに感謝だ。
この場所なら、襲撃にはピッタリだろう。
「はは」
襲撃を望むというのも、おかしな話だ。
ついつい苦笑してしまう。
ちなみに、ソフィア達は一緒じゃない。
ソフィアは、念の為にアイシャの傍に。
リコリスはそのお供。
だから、援護はない。
僕一人でなんとかしなければいけない。
でも、不安はない。
むしろ、覚悟が決まったような感じで、ビシリと気持ちが引き締まっていた。
「……」
異質な気配を感じて、足を止めた。
振り返ると、漆黒の剣鬼の姿が。
「こんばんは」
「……」
とりあえず、挨拶をしてみるものの返事はない。
もしかしたら、コミュニケーションが可能かもしれない。
リベンジはしたいけど、でも、戦いを避けられるのなら避けた方がいい。
そう思って、声をかけ続ける。
「久しぶり、っていうほど時間は経っていないか。あれから元気にしていた?」
「……」
「たぶん、僕が誘っていることを知りつつ、出てきてくれたんだよね。うん、ありがとう」
「……」
「僕もあなたも、リベンジマッチがしたい……でも、できるなら戦わない方がいいと思うんだ。自首するつもりはないかな?」
「……」
色々と言葉を投げてみるものの、反応はない。
応える代わりに、男はゆっくりと剣を抜いた。
夜の闇よりも深い、漆黒の剣だ。
……ちょっと待てよ?
その剣、どこかで見たような。
「……もしかして、魔剣?」
「……っ……」
初めて男に反応が。
警戒するように、こちらを睨みつけてくる。
「正解みたいだけど……でも、やる気になっちゃったみたいだね」
「死ね」
「はい、なんて言うわけがないよ!」
こうなれば、当初の予定通り、剣で決着をつけるだけだ。
僕は、雪水晶の剣を抜いて、正眼に構えた。
ソフィアに稽古をつけてもらったものの、たったの一日で劇的に強くなれることはない。
技術は向上していない。
でも、心はものすごく鍛えられた!
「はぁっ!」
未知の力を持つ相手に怯むことなく、こちらから仕掛けた。
前に踏み込むと同時に、剣を振り下ろす。
自分で言うのもなんだけど、流れるような動作で無駄はない。
それでいて、岩を砕くほどの力が込められている。
正直なところを告白すると、前回、僕は漆黒の剣鬼に心で負けていた。
突然の戦闘。
そして、異質な気配。
不気味な剣を手にして、死の気配を濃厚にまとう姿に、どこかで恐怖を覚えていたのだと思う。
だから、負けそうになった。
力とか技術とか、そういうのは関係ない。
すでに心が折れていたのだから、どうやっても勝てるわけがない。
でも、今は違う。
これでもないくらいに、ソフィアに鍛えられた。
技術はともかく、心は何倍もレベルアップしたと思う。
だから……
「今回は、負けないっ!!!」
「っ!?」
踏み込み、回転しつつ剣を横に薙ぐ。
さらに剣を跳ね上げて、斬り上げた。
そこで終わることはない。
ありとあらゆる角度から、何度も何度も斬りつける。
体が軽い。
前回はできなかった動きが、今は簡単にできるようになっていた。
これも全部、ソフィアに鍛えてもらったおかげだろう。
恐怖に体が縛られることはなくて。
僕が思うように……いや、思う以上に自由に動くことができる。
「……やるな」
ぽつりと、男がつぶやいた。
言葉ではなくて剣をぶつけたから、彼はそれに応えたのかもしれない。
「前回とはまるで動きが違う」
「それなりに鍛えたからね」
「そうか……」
男は不愉快そうに唇を歪めた。
初めて、彼が感情を乱すところを見たような気がする。
「相変わらず、不愉快なガキだ……」
「なんだって?」
「あの時も生意気な口を……この俺に……」
「あなたは……」
僕のことを知っている?
でも、殺人鬼に知り合いなんて……
いや、待てよ?
この声、この体格……
「あなたは、もしかして……以前、食堂でレナと揉めた……?」
漆黒の剣鬼の正体は、軽い因縁のある冒険者だった。
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