117話 期待はずれ
広場にある時計塔。
その頂点にレナの姿があった。
時計塔のてっぺんに人がいるなんて、まず考えることはないため、今のところ誰にも気づかれていない。
レナは街を見下ろして……
とある一点を見て……
「はぁ」
がっかりしたようなため息をこぼした。
「フェイトってば、あんな駒に苦戦するなんて……うーん? 魔剣を渡しているとはいえ、ちょっとなー、がっかりだなー。もっと強いと思ってたんだけどなー」
レナが時計塔に登った理由は、フェイトの行動を観察するという、至極単純なものだった。
街で一番高いところから見下ろせば、どこにいるか簡単に把握できるし、おそらく、監視がバレることもない。
とはいえ、普通に考えてそんなことは実行しない。
時計塔に登れば視界は確保できるが、視力が足りない。
足りないはずなのだけど……
視力を含めて、レナの身体能力は常人を遥かに超えていて、問題なく監視を実行することができていた。
「はぁ、期待はずれかも」
再びため息をこぼす。
ただ……
なぜか、視線はフェイトを追ってしまう。
強くなかった。
自分達が用意した駒に殺されかけるほど、弱かった。
弱い相手に興味はない。
それなのに、なぜか、未だにフェイトのことが気になる。
「うーん……なんだろう?」
レナは考える。
時計塔にいることも忘れて、じっくりと考える。
「今は弱いけど……この先、とんでもなく強くなるのかな? だから、ボクが興味を持ったのかな? うん、それなら納得」
「お主は、このようなところでなにをしておる?」
「あ、リケンだ。やっほー」
振り返ると、いつの間にかリケンの姿があった。
どのようにして登ったのか。
いつ、レナを見つけたのか。
わからないことだらけなのだけど、レナは気にしない。
元々、リケンは神出鬼没ではあったし……
そもそも、リケンがよからぬことを企んでいたとしても、問題はない。
だって、自分の方が強いのだから。
「剣聖の監視だよ」
「それにしては、別の小僧を見ていたようだが?」
「うっ、バレちゃった?」
「儂は年老いているが、そこまで耄碌しておらぬ」
「ごめんねー、バカにしたわけじゃないんだよ?」
「知っておる。ごまかそうとしただけじゃろう」
「むう」
叱られた子供のように、レナがしょぼんとなる。
レナの方が圧倒的な力を持つのだけど……
しかし、なんだかんだでまだ幼い。
長い時を生きたリケンには、色々と敵わないのだ。
「……ごめんなさい」
「構わん。一応、剣聖も傍におるからな。それに……それだけ気になる相手なのじゃろう?」
「うん、そうだね。期待はずれかな? って思っているんだけど、でも、もしかしたら成長途中なのかも? って思っていて……うーん、悩ましい感じ」
「我らの計画の障害になりそうか?」
「剣聖と一緒にいるし、なると思うよ。ボクやリケンなら敵じゃないけど、下っ端だと厳しいかな? あの魔剣を渡した人なら、ちょうどいい感じ」
「ふむ」
「障害になる可能性が少しでもあるのなら斬っておこう……っていうのはダメだよ?」
レナが鋭い目になる。
突然、季節が冬になったかのように、冷たい空気が流れた。
レナの闘気が放たれて、自然を怯えさせているのだ。
しかし、リケンが怯むことはない。
いつものことというように、落ち着いて対処をする。
「慌てるでない。お主の獲物を横取りしようなんて、バカなことは考えぬよ」
「ホント?」
「ただ、剣聖は別じゃ。ヤツの剣は、儂らに届く可能性が高い。機会があれば排除するが、構わないな?」
「うん、そっちはいいよ。ボクが気になるのは、フェイトだけだからねー」
「それを聞いて安心した。これで、計画を進められるというものじゃ」
「順調? 魔剣を適当な男に渡して、治安を乱す。そうやってアイスのお願いを叶えてあげる……フリをしつつ、適合者を探す。もしくは、取り返す、っていう話だよね?」
「順調ではあるが……新しい適合者は見つからぬな。やはり、アイシャとやらを取り返した方が早いかもしれぬ」
「ま、その場合は剣聖が敵になるから、なるべくしたくないんだけどねー」
そんなことを口にしつつも、レナは笑っていた。
できることなら、剣聖と戦いたい。
朝から晩まで殺し合いをしたい。
そんな物騒なことを考えていた。
「もうしばらく、様子を見よう。適合者は魔剣に誘い出される傾向にあるからのう」
「面倒だねー。バッサリいっちゃった方が早いのに」
「儂らは力は持っていても、数が少ない。まずは適合者を探し出して、魔剣を増産して、仲間を増やす……それが一番じゃ」
「そうなんだけど、面倒だねー」
「お主、面倒が多いな」
「ま、いいや。ボクが剣聖の方を見張って、ちょいちょい誘導しておくから、その間に、リケンは適合者を探しておいてね。あと、できればリーフランドの壊滅も」
「言われなくても、儂の役目はきちんと理解しておる」
そこで言葉が途切れた。
「……」
「……」
沈黙が流れる。
二人は空の彼方を見た。
青く晴れた空の中を、白い雲がゆっくりと流れている。
とても穏やかな光景で……
その光景を手に入れたいと、二人は心の底から思う。
「じゃ、ボクは監視に戻るね。フェイト達、どこかに移動するみたいだから」
「油断するでないぞ?」
「りょーかい。ちゃんと気をつけるよー」
レナはにっこりと笑い、敬礼をした。
「リケンも気をつけてね?」
「わかっておるわい。下手なミスはしないし、うまく愚者共を使ってみせよう」
「うんうん、期待しているね」
「儂の台詞じゃ」
レナとリケンは、互いに拳を差し出して……
がんばれ、というかのように、コツンとぶつける。
「またね」
「うむ」
そして……
最初からなにもいなかったかのように、二人は時計塔から消えた。
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