113話 暗躍する者
リーフランドの領主は、上から任命されるのではなくて、選挙によって選ばれる。
珍しい形式ではあるのだけど……
以前、国が任命した領主が、権力を盾に悪逆の限りを尽くして、治安は悪化。
あわや、反乱一歩手前という事態になった……という汚点がある。
その反省を活かして、領主は民衆の投票で選ばれることになった。
たとえ、それで愚かな領主が誕生したとしても、投票したのはあなた達だよね? と、上層部は言い訳ができるわけだ。
それに、市民達もバカではない。
自分達の生活に関わってくるのだから、領主は慎重に選ぶ。
事実、前回の選挙で当選したエドワード・アスカルトは、善政を敷いていた。
きっちりと法を守り、当たり前のことをする。
たったそれだけのことではあるが、人として、なによりも大事な部分だ。
そういった部分が評価されて……
エドワードは、次の選挙で再当選するだろうと言われていた。
それだけの信頼を市民から得ていた。
そんな彼を疎ましく思うのは、政敵のアイス・ニードルだ。
彼は、前回の選挙でエドワードに大差で敗れた。
その時の屈辱を思い返す度に、激しい怒りがこみ上げてきて、夜も眠れなくなってしまう。
次の選挙は、半年後。
雪辱戦に備えて、着々と準備を進めているものの……
手応えは薄い。
市民達の心はエドワードにガッチリと掴まれていて、誰もアイスのことを見ない。
「くそっ」
自宅の執務室で、アイスは酒を飲み、悪態をこぼしていた。
エドワード、エドワード、エドワード……
街のどこへ行っても、彼の話を聞く。
彼ならば、さらにこの街を発展させてくれるはずだ。
次の選挙も、必ずエドワードに投票しよう。
アイス?
誰、それ?
街の声を耳にして、アイスはひたすらに腹立たしくなる。
前回の雪辱戦として、立候補を誰よりも早く表明したものの……
誰もアイスに期待していない。
「この俺こそが、この街の領主にふさわしいというのに……くそっ、なぜだ! なぜ、誰も俺のことを見ない!?」
街を治めるための学問を専攻して、首席になったことがある。
知識を詰め込むだけではなくて、実際に仕事に携わり、実務経験を十年、積んできた。
斬新なアイディアを打ち出して、学者達を驚かせたこともある。
それなのに、どうして自分が選ばれない?
なぜ、誰も自分を見ようとしない?
この街は、より優れた者が統治するべきなのだ。
堅実だけが取り柄のエドワードになんて任せておけない。
自分こそが、真にふさわしい統治者になることができる。
……とまあ、アイスはそんなことを真面目に考えていた。
その独善的な思考のせいで、市民の心は離れているのだけど、そのことに彼が気がつくことはない。
基本、このような独裁者のようなタイプは、己を省みるということをしないものだ。
「失礼する」
扉が開いて、初老の男……リケンが現れた。
彼は、馴染みの店に足を運ぶような感覚でソファーに座り、勝手に紅茶を淹れる。
「なにやら、話があると聞いたが?」
「……貴様らの力を借りたい」
アイスがリケンと知り合ったのは、少し前のことだ。
どこからともなくリケンが現れて、自分の腕を買わないか? と、取引を持ちかけてきたのだ。
当然、信じるわけがない。
うさんくさい冒険者崩れだろうと判断して、追い返そうとしたのだけど……
彼は、一瞬で警備兵を叩きのめしてみせた。
なにをしたか、まったく見えなかった。
普通なら、とんでもない問題行動なのだけど……
性格に問題を抱えているのはアイスも同じ。
リケンの腕を買い、懐に招き入れることにした。
「ふむ、儂らの力を借りたい……と?」
「今まで、まともな仕事は与えていなかったからな。ここらで、きちんと役に立ってもらうことにしよう」
「構わないが、なにをすればいい?」
「エドワード・アスカルトを知っているな? ヤツを……殺せ」
非常に短絡的な手段だ。
しかし、焦りと苛立ちで平常心を奪われているアイスは、その方法がまずいものであることを理解していなかった。
エドワードを消したい。
ただ、その一心で動いていた。
「相手は、リーフランドの領主……か。そして、神王竜剣術の師範でもある」
「できないのか?」
「できる」
リケンは即答した。
虚勢ではなくて、確かな自信を感じ取ることができた。
「が、やめておいた方がいいな」
「なんだと?」
「非常に短絡的な考えだ。儂は捕まらない自信はあるが、お主はどうだろうか? 下手をしたら、全てを失うぞ?」
「ぐっ……」
リケンのもっともな指摘に、アイスは少しだけ冷静さを取り戻して、うめいた。
「ただ……お主が領主を疎ましく思っているのなら、儂に力になれることがある。どうだ、聞くか?」
「聞こう」
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