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反抗期な王子

  

 謁見の間へと通されたアイラを待っていたのは、満面の笑みで両手を広げるリオンの母──ラミル王妃であった。


「まぁ、まぁ! 来てくれて、嬉しいわ! 久しぶりねぇ、アイラ!」


 そう言って、ラミルは玉座が置かれている場所から少しだけ小走り気味にアイラへと駆け寄ってきて、広げていた両手で思いっ切りに抱きしめてきたのである。


「ごふっ……。お、お久しぶりでございます、ラミル王妃様」


「もうっ、王妃様なんて呼ばないでっ! お義母様と呼んで欲しいと言ったでしょう?」


 ぎゅっとアイラを抱きしめつつ、ラミルはすりすりと頬ずりしてくる。ふわりと香る女性らしい匂いにアイラは頬を赤らめてしまいそうだった。


「……母上、アイラが困っているのでそろそろ離して下さい」


 そこへ割って入ってきたのはリオンの鋭い声だった。


「あら、リオン。そこにいたの? 気付かなかったわぁ」


「っ……」


 リオンとラミルの仲は悪いわけではない。ただ、ラミルはアイラが来ている時には、これ見よがしにリオンの前でアイラを抱きしめては甘やかしてくるのだ。

 そのことをあまり快く思っていないようで、リオンの額には青筋が浮かんでいるようだった。


「えっと、お義母様……。ご挨拶を……」


「あ、そうだったわね。お邪魔してしまって悪かったわ」


 ラミルは満足したと言わんばかりの表情でアイラを抱きしめていた腕を離すと、それまで彼女が座っていた玉座の隣の席へと腰かけなおしていた。


 謁見の間はアイラ達と国王夫妻、そして従者達以外の者は人払いされているらしく、静かで穏やかな空気が漂っていた。

 何度も来たことがある場所とは言え、やはり緊張するものである。


 アイラが玉座に座っているカルタシア王国の国王、ウォルフの前までやってくると、彼は厳格そうに見えた表情をふっと和らげた。


「アイラ、よく来たな」


「お久しぶりでございます、ウォルフ国王陛下。この度は、リオン様の立太子式に参列することをお許しいただき、ありがとうございます」


「ああ、畏まらなくていい。それに私のこともお義父様と呼んで欲しいんだが」


 どこか茶目っ気がある表情でウォルフがそう言ったため、アイラはおずおずと呼ぶことにした。

 どうもこの国王夫妻はアイラのことを本当の娘のように思ってくれているらしく、接し方がかなり親密なのだ。


「お、お義父様……」


「うん、うん。やはり、その響きはいいねぇ」


 満足そうにウォルフは頷いているが、アイラの隣ではひゅっと冷たい空気がその場に吹き抜けていった気がした。

 発しているのは恐らくリオンだろう。


「……どうやら、父上と母上はアイラが来ることを最初から知っていたようですね。わざわざ、私に秘密にして」


 地を這うような声色に対して、国王夫妻は愉快げに笑っているだけである。


「クロウから報告を受けているぞ? お前が立太子することが憂鬱で、毎日溜息ばかりを吐いているとな」


「なっ……」


 ウォルフから知らない話を聞かされたリオンはすぐに背後に控えているクロウの方へと視線を向けたが、密告者であるクロウはどこ吹く風で素知らぬ顔をしているだけだ。


「それにアイラはお前の婚約者でもあり、未来の王太子妃だ。立太子式に参列しても、何の問題もないし、そろそろアイラの存在を他国へとお披露目するいい機会だろうからな」


 リオンの立太子式にはカルタシア王国の大臣や貴族達以外に、他国からの要人も出席するらしい。


 その場にアイラが参列しなければならないのは少しだけ気が引けるが、それでもリオンが立太子される姿を見たいという願望のためだけにセーラの容赦ない礼儀作法の特訓を耐え抜いてきたのだ。


「それは……確かにそうですが……」


 どこか歯切れ悪く答えるリオンに対して、王妃のラミルが口元を扇で隠しつつ、肩を震わせていた。どうやら笑っているらしい。

 ウォルフは柔らかい表情のままで、アイラの方へと再び視線を向けて来る。


「アイラ。立太子式までの数週間、どうかリオンの傍に居てやってはくれぬか。そなたが傍に居てくれれば、リオンも少しは気が安らぐだろう」


 確かに王太子となれば、今まで以上に責任や周囲からの期待、そして不安が重くのしかかってくるのだろう。

 そのことを国王としてすでに知っているウォルフの気遣いが彼の言葉に含まれている気がした。


「はい、お義父様。このアイラ、精一杯リオン様のお相手をさせて頂きたいと思います」


 リオンの気持ちが少しでも気楽になるように、話し相手になろうとアイラは心の中で決意する。


「なっ……」


「まぁっ!」


 リオンは顔を真っ赤に染めたが、その一方でラミルは喜々という言葉が似合う程に喜びに満ちた表情で声を上げていた。


 ……私、何か変なことを言ったかな?


 首を傾げるアイラに対して、背後のクロウからは小さく噴き出すような音が漏れ聞こえた。


「うむ。その心遣い、感謝する。……さて、ラウリス国から長旅で疲れただろう? 滞在中の部屋はいつもと同じ部屋を用意しているから、そこで身体を休めるといい。ああ、夕食は皆で一緒に食べようか」


「あら、いいですわね。アイラ、ラウリス国でのお話をたくさん聞かせてくれるかしら。セーラとはよく手紙をやり取りしているけれど、やっぱりあなたの口から色々とお話を聞きたいわ」


「は、はい」


 アイラが少し照れながら頷き返すと、国王夫妻はご機嫌そうににこやかな笑みを返してくれた。


「……それでは、俺が──私が、アイラを部屋へと案内してくるので」


 その空気をわざと切り裂くようにリオンが言葉を発する。口調だけではなく、表情もどこか不機嫌そうに見えるのは気のせいだろうか。


「うふふ……。リオンってば、一時(ひととき)もアイラと離れたくはないのねぇ」


「っ……」


「これ、ラミル。今、リオンは思春期で、さらに反抗期なんだから、あまり気を立てるようなことを言ってはいけないよ」


「あら、だって可愛いではありませんか。リオンの反抗期なんて、そこらに居る気まぐれな猫と一緒ですわ」


 国王夫婦の話によるとリオンは只今、反抗期真っ最中らしい。


 そんな話をアイラの耳に入れたくはなかったのか、当の本人であるリオンは顔を真っ赤にしながら、再びアイラの手首を思いっ切りに掴み取ると、踵を返しつつ叫んだ。


「失礼致します!」


「わっ。……え、えっと、失礼致します」


 本日二度目となる、引率のような腕の引き方にアイラは驚くしかなかったが、それでも嬉しさを感じるのは恋心ゆえだろう。

 アイラはリオンに引っ張られつつも国王夫妻に一言、言い置いてから下がることにした。


 背後からは黄色い声ではしゃいでいるラミルとそんな彼女を和やかに諫めているウォルフの声が聞こえていたが、リオンはどうやら無視しているらしい。


 謁見の間を出てからしばらく歩き、そしてやっと立ち止まったと思えば、リオンは嫌そうな深い溜息を吐いていた。


「あの親は全くっ……!」


 からかわれたことを気恥ずかしく思っているのか、耳まで真っ赤だ。


 ……リオン様は可愛いなぁ。


 歳を重ねるにつれて、彼は自分の気持ちを上手く表現出来なくなっているだけだ。

 それでも、彼が考えていることは何となく分かるし、何よりアイラの前では表情にすぐ出てしまう人なのだ。


 背後をちらりと見れば、まだ自分達の従者であるイグリス達は追いついてきていないため、廊下にはアイラとリオンの二人きりだ。


 アイラは右手を掴んでいるリオンの手に空いていた左手をそっと添えてみる。そのことに驚いたのか、リオンが目を丸くしたまま振り返った。


「リオン様。……えへへっ」


「……何、笑っているんだよ」


「だって、嬉しいじゃないですか。数週間も一緒に居られるんですよ。ここ数年は長く滞在するのは憚られたので、凄く嬉しいんです」


「……っ」


 にこにこと屈託のない笑みを浮かべながら本音を口にするアイラに対して、リオンは唇を一度閉じてから、そして何かを決意したように再び開く。


「あのな、アイラ──」


「──あ、やっと追いつきましたねぇ」


 何かを告げようとしていたリオンの言葉を遮ったのは後ろから追いかけてきていたクロウの声だった。

 クロウの後ろからはイグリスも駆け足で向かって来ている。


「えっと、リオン様?」


 アイラは何かを言葉にしようとしていたリオンに続きを求めたが、彼はやるせないような、悔しがっているような顔をしながら、アイラを掴んでいた手をすぐさま離した。


「何でもねぇよ!」


 王子らしい口調はどこかに行ってしまったらしく、リオンはそのままアイラに背を向ける。


「ほら、部屋に行くぞ!」


「へっ? あ、はい」


 追いついてきているクロウ達を無視するように、リオンは荒々しい足取りで先へと進んで行く。


 ……うーん? 何を言おうとしていたのかな?


 途中まで言葉にされると続きが気になってしまう。

 アイラはあとで二人きりになる機会がある際にリオンが先程、言いかけていた言葉の続きを訊ねてみようと密かに思っていた。


 

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