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婚約者

   

 カルタシア王国の第一王子、リオン・ディル・ハイドライル。

 それが自分の名前でもあり、肩書だ。


「はぁ……」


 しわ一つない王子らしい服を身に纏い、窓の縁に座りつつ、リオンは深い溜息を吐いていた。


 自分ももう十七歳だから、そろそろそんな日が来るだろうと覚悟はしていたがやはり気負うものは気負ってしまう。

 父である国王が立太子式を執り行うと告げた日から、あまり気分はよくはなかった。


 立太子式とは、次の国王になる者──つまり、王太子となるための儀式だ。

 今の自分はただの王子だが、王太子となれば次の国王として振舞わなければならない事柄や状況が増えていくのだろう。


 ……俺は、本当に立派な国王になれるのだろうか。


 もちろん、国王となるために勉学も武術も魔法もありとあらゆるものを身に付けてきたつもりではいる。

 だが、いざ目の前にしてしまえば、重責によって押しつぶされてしまいそうだった。不安と焦燥が入り混じっては、胸の奥を掴まれている心地だ。


 すると、自分の従者であり、護衛でもあるクロウがいつものように目を細めながら声をかけてくる。


「リオン様。いつまで不貞腐れているんですか。いい加減に腹をくくって下さい」


「……別に不貞腐れてなんかいない」


「機嫌が悪いと頬を膨らませる癖は相変わらずなようですね。子どもみたいです。あ、もしくはリスと言った方がいいですかねぇ」


「……」


 主従関係であるというのに、この従者は昔から口が悪く、からかってくる時があるのだ。


 もちろん、畏まった態度を取られる方が好きではないため、このままの状態が常となってしまっているが、傍からみれば弟を窘めている兄のように見えるだろう。


「せっかく、立太子式の日が決まったというのに何が不満なんですか。王太子になれば、アイラ姫を迎え入れやすくなるでしょうに」


「ぐふっ……」


 クロウの突然の発言に、リオンは思わずせき込んでしまう。


「何で、そこにアイラが出て来るんだよ!」


 幼馴染でもあり、婚約者でもある隣国の姫君の名前を出されて、戸惑わないわけがない。


 だが、それを表に出してしまえばクロウは更にからかうと分かっているため、必死に平静を装うことにした。


「え? だって、小さい頃に国王陛下達に言っていたではありませんか。いつになったら、アイラ姫が嫁に来るのか、って」


「……そんな小さい頃のことなんて忘れた」


 本当はそのような言葉をアイラに伝えたことはもちろん覚えていた。


 小さい頃の自分は感情表現が真っすぐだったため、アイラに早く嫁に来いと直接言っていた。

 だが、お互いに成長するにつれて、気恥ずかしさを感じるようになり、本音を心の奥底に隠したまま数年が経ってしまっていた。


 それだけではない。嫁に来い、ということは自分の妻になれ、という意味だ。

 それはつまり、未来の王妃のことを意味している。


 真っすぐで純粋なアイラの自由を奪い、堅苦しい身分に縛ろうとしていると気付いてしまえば、昔のように自分の気持ちに従うまま、本音を伝えられなくなってしまっていた。


「どうせ、あなたのことだから、色々と気持ちをこじらせているんでしょう?」


 まるで心の中を見透かしているようにクロウが呆れた声色でそう告げる。

 図星だが、わざわざ正解を答える必要はないため、リオンはあえて無視をした。


「そんなリオン様に朗報です。気落ちしているリオン様に元気になってもらおうと思い、とある方に来てもらいました」


「は? とある方だって?」


 一体、誰のことを指しているのだろうかとリオンが訝しげな表情を浮かべたまま首を傾げると、クロウは細い目を薄っすらと開いてから、にやりと笑った。


「アイラ姫にリオン様の立太子式に参列していただこうと思い、お呼びしました。先程、王城に到着したと報告を受けたので、今頃は謁見の間に向かっていると思います」


「なっ!? お前、いつのまにアイラに連絡を……!?」


 驚きのまま、リオンは窓の縁から床の上へと飛び降りた。


「せめて俺に一言くらい相談しろよっ! 受け入れる準備があるだろうか、準備が!」


 正確に言えば、心の準備のことだが、それを口にはしなかった。


 本当はクロウに一発蹴りを入れたいところだが、それよりも今はこの王城へと到着しているらしい、アイラに会う方が先だ。

 そう思うと、重たかったはずの身体がいつの間にか、想像以上に動いてしまっていた。


「……全く、いつまで経っても世話が焼けるお方ですねぇ。まぁ、だからこそ仕え甲斐があるんですが」


 クロウがどこか生暖かい目で、急ぐように走り去っていく自分を見ていることをリオンは知らずにいた。



・・・・・・・・・・



 カルタシア王国の王城となる建物はラウリス国の砦のような石城とは違って、空に届くのではと思う程に高く、そして広々としていた。

 久しぶりにこの場へと足を踏み入れたが、気を付けていなければ迷ってしまいそうな程に広い。


「……お嬢、廊下では走らないようにして下さいね。ここはラウリスとは違うのですから」


「わ、分かっています」


 自分が浮かれてしまっていることをイグリスはすでに察しているらしい。


 今はカルタシア王国の国王達が待つ、謁見の間へと向かっている途中だ。リオンに会うのはその後になるだろうと思っていた時だ。


 前方の廊下から少し慌てたような足音が響いてきて、そして曲がり角を曲がってきた人物と真っすぐに目が合った。


「あっ!」


「……あ」


 アイラの視線の先に居たのは、自分が今すぐにでも会いたいと思っていたリオンだった。

 彼は何故か荒く呼吸をしている。もしかすると、廊下を走ってきたのかもしれない。


「リオン様……」


 ふらり、とアイラの身体が前のめりに傾く。


「あっ、お嬢!」


 イグリスの注意する声は耳には入っておらず、アイラは自分の心に従うように駆け出していた。

 この時すでに、母のセーラから言い付けられていたことは頭から抜け落ちてしまっていた。


 リオンもアイラが向かってくると気付いたのか、強張った表情のままで構える体勢を取っている。


「リオン様っー!」


 イグリスが制止しようと彼女の右手がアイラの身体を一瞬だけかすめたが、それよりも早かったのはアイラの走力だった。

 あっという間にリオンとの距離を詰めて、そのまま飛び込むように抱きしめたのである。


「リオン様、リオン様っ! お会いしたかったですーっ! リオン様ぁぁ!」


「んぎゃぁっ!?」


 リオンの首に腕を回して、逃げられないようにと熱い抱擁をしながら、アイラは彼の頬に思いっ切りに頬ずりした。


「リオン様、お元気でしたかっ? 以前、お会いした際よりもまた身長が高くなられているのですねっ! 身体付きもすっかりたくましくなられて……。うぅっ……いつ見ても、本当に凛々しいですー!」


「お、ぁ……。は、離せぇっ!」


 アイラは二度と離さないと言わんばかりにリオンに抱き着いたままだ。

 

 この場所が、人が通る廊下だと分かっているが、数か月ぶりに会う大好きな婚約者と顔を合わせて心が躍らないわけがない。


「──おや……。やはり、いつも通りでしたか」


 リオンの背後からひょいっと現れたのは彼の従者であり、護衛であるクロウだ。

 歳は二十歳半ばくらいに見えるが、飄々としているようでリオン限定で毒舌な男性である。


「あっ、クロウさん、こんにちは! お城に招いて下さり、ありがとうございます!」


 アイラはリオンを抱きしめていた腕をぱっと離してから、淑女らしくドレスの裾を軽く持ち上げて挨拶をした。

 クロウは目を細めながら、にこにこと笑いつつ丁寧に挨拶を返してくれる。


「お久しぶりでございます、アイラ姫。お元気そうで何よりです」


「おい、クロウ! お前、勝手にアイラを呼んでいるんじゃねぇよ!」


 アイラの熱い抱擁から解き放たれたリオンは荒くなった息を整えつつ、クロウをきっと睨んだ。


「リオン様が憂鬱だと言わんばかりに気落ちしていらっしゃったので、しばらくお会いしていなかったアイラ姫に来て頂ければ、元気になるかと思いまして」


「それが余計なお世話だ!」


 リオンは顔を赤らめながら、食って掛かるようにクロウへと反論していた。


「えっ、来てはいけなかったでしょうか……。私、リオン様が立太子なされると聞いて、嬉しくて……。あの、お祝いも持ってきてしまったのですけれど……」


 アイラが上目遣いでリオンへと恐る恐る訊ねると、彼は身体を少しだけ後ろへと仰け反らせてから、顔を背けていた。


「っ……。べ、別に来なくていいとは言ってない! ……わざわざ来てくれて、ありがとうな」


 視線を重ねることは出来なかったが、リオンの言葉には彼の感情がしっかりと込められているものだと分かっているため、アイラはぱっと表情を明るくしてから頷き返す。


 小さい頃は真っすぐな性格だったが、リオンは成長するにつれて少しだけ素直ではなくなってしまっている部分が増えていた。

 恐らく年頃であるため、色々と気恥ずかしいのだろうとアイラは勝手に解釈していた。


「……今から、父上達のところへ挨拶に行くんだろう。一緒に行く」


「宜しいのですか?」


「いいんだよ。……お前の婚約者は俺なんだから」


 ぼそりと最後に何か言葉を呟いた気がしたが、聞き取れなかったアイラが小さく首を傾げるとリオンは顔を顰めてから、アイラの腕を強く握りしめた。


「わっ……」


「ほら、行くぞ!」


 以前、手を握った際よりも大きくなっているリオンの掌に驚きつつ、アイラは少々強引に腕を引っ張られていく。


「……本当にリオン殿下は素直ではないですね」


 呆れた表情でその光景を見ていたイグリスがぼそりと呟くと、同調するようにクロウが目を細めながら頷いた。


「ええ、本当に。特にアイラ姫に関することでは、見ていて面白い程ですよ」


 まるでアイラ達の保護者のように、イグリスとクロウは溜息交じりに同意し合うのであった。


 

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