共に未来へ
立太子式の当日を迎え、王城内は賑わいと緊張が交じり合った雰囲気に包まれていた。
式典にはカルタシアの大臣や貴族、他国の外交官達が参列するらしい。その中にクロウとイグリスも後ろの方の席になるが、こっそりと参加すると教えてもらった。
一方でアイラは国王夫妻の隣の席に座ることになっている。それは自分がリオン王子殿下の未来の妃であるからだろう。
そのため、今日ばかりは動きやすい服ではなく正装となるドレスを着せられていた。
普段は着飾るのが苦手だが、そうは言っていられない。侍女達にドレスを着せられ、髪を結われ、装飾品を着けられ、そして化粧まで施してもらった。
栗色の髪は綺麗に編み込まれており、そこに真珠や水晶を散りばめた髪飾りが飾られている。
着ているドレスは白に近い銀色で、ドレスの膝辺りの部分にはカルタシア王家の紋章が艶のある青い糸で刺繍されていた。
……凄く綺麗だなぁ。私じゃないみたい。
鏡で自分の姿を確認してみたが、森の中で獲物を追いかけて、自らの手で肉を焼いていたような狩人はそこにはいない。
立っているのはお姫様のように着飾っている自分だけだ。
今日は頭を飾っているのは赤いリボンではないため、思い出の品が身に着けられないことだけが、少し残念に思えた。
アイラは最終確認を侍女達にしてもらってから、了承を得て、リオンが待機している部屋へと向かった。
扉を叩けば、少しだけ緊張した声色の返事がすぐに返ってきた。
「リオン様、アイラです」
「ああ、入ってくれ」
アイラは失礼しますと一言、言い置いてから部屋の中へと入った。
リオンが式まで待機している部屋には彼一人しかおらず、長い台の上には茶器やお菓子が並べられている。
扉を閉めたアイラはゆっくりと視線をリオンへと向けて、そして一瞬だけ固まってしまった。
黒髪に映えるのは白い外套で、背中にはアイラのドレスと同じ紋章が金色の糸で刻むように刺繍されている。
着ている上着は濃い青色で、黒いベルトが腰回りを締めていた。腰に差している剣は金色の鞘に収められており、鞘と柄には細やかな細工が施されている。
そして、いつもは整えられることはない黒髪は額の右辺りがかき上げられており、想像するだけで手触りが良さそうなほどに梳かれている。
「わぁ! 素敵です、リオン様! いつも素敵ですが、今日のお姿も格好良いです!」
アイラは笑顔のまま、リオンへと近付いた。ドレスなので、乱れないように歩くのが少し難しい。
だが、今日は己を律して、リオンに抱き着くようなことはしなかった。これから大事な式典が控えているというのに、正装にしわを付けてはいけないからだ。
「アイラがそれを先に言ったら、俺がお前を褒める言葉が少なくなるだろうが」
リオンはそう言って唇を尖らせていたが、容姿が褒められたことを満更ではないと感じたようで、すぐに小さく苦笑し始めた。
だが、リオンに近づいたことで、アイラは一つのことに気付く。それは彼の首元に下がっている首飾りが以前、アイラがリオンへと渡そうとしていた「月の女神の涙」だったからだ。
アイラの視線がどこに向いているのか気付いたようで、リオンは一つ咳払いをしてから、首飾りを上着の下へと仕舞った。
「服の下に仕舞っておくから、外からは見えないだろう。……今日は身に着けておきたい気分なんだよ」
ぶっきら棒にそう告げて、リオンは上着のポケットから何かを取り出す。
「ちょっと、動くなよ」
「え?」
リオンの両手が自分の首元に触れるように通り過ぎて行く。一体、どうしたのかと思っていると、何故か首元に冷たいものが接触してきた気がした。
「よし、色は似合うな」
目の前のリオンは腕を組みつつ、満足そうな笑みを浮かべながらアイラを見ている。
アイラはゆっくりと自分の胸元へと視線を落とし、そしてそこに見知らぬ首飾りが下げられていることに気付いた。
「あ……。あの、これは……?」
アイラの胸元には黒いようで、七色に光っている雫型の首飾りが下げられていた。
宝石というよりも石のように見えるが、どうしてリオンはこれを自分に着けたのだろうかと、つい首を傾げてしまう。
「その石には俺の魔力が込められている。……これを身に付けておけば、お前がどこに居ても、その居場所が俺に分かるようになっている」
魔力を物に込めれば、本人がその魔力を辿ることが出来る魔法があると聞いているが、現物を見たのは初めてだ。
アイラは黒い雫を指先で触れつつ、リオンの顔を仰ぎ見るように見上げた。
「あと、この国の習わしみたいなもので、自分の魔力を込めたものを想い人に贈ることは……相手を一生かけて守るということを意味していてな。つまり……」
見上げた先のリオンの表情は今まで見た中で、一番大人びて見えていた。少年という年頃の姿を通り越した今の面立ちは、眩しささえ感じてしまう。
「俺の傍に、一生居て欲しい」
告げられたのは、誓いとも言うべき言葉。
いつか、いつかと夢を見ていた。
王子であるリオンの傍に、どうすればずっと居られるのだろうかと。
どうすれば、不安で表情を曇らせる彼の笑顔を守るために、支えることが出来るのだろうかと。
だから、追いかけるように、手を伸ばしてきた。
きっと、今までの全てがこの瞬間に詰まっているのだろう。そう感じるほどに幸福だと思えたのだ。
アイラが思わず、くしゃりと表情を歪めれば、リオンが慌てた様子で両手を上下に動かした。
「わっ……。おい、泣くな……。……アイラの泣き虫は昔から変わらないな」
「な、泣いてなんかいません! この後は大事な式典が控えているんですよ! それに私だって、いつでもどこでも泣くような子どもじゃないんですから!」
「ははっ……。それは悪かったな」
リオンは口元を右手で押さえながら苦笑しているが、悪びれた様子は一つもない。
アイラも少しだけ唇を尖らせて、反論の意を示していたが、すぐに表情を戻してから、リオンへと一歩近づいた。
「リオン様」
「何だ?」
アイラはにっこりと笑ってから、いつものようにリオンへと自身の感情を躊躇うことなく告げた。
「私もリオン様のことが大好きです」
「……そのうち、聞き飽きると思っていたが、何度言われても嬉しいものだな」
苦笑していたリオンの表情は、優しげなものへと変わる。少しだけ大人びたリオンの表情にアイラの心臓は一瞬だけ跳ねた気がした。
「さて、そろそろ時間だ。行こうか、アイラ」
リオンは優雅な動作で、左手をアイラへと差し出してくる。その左手にアイラも自身の右手をゆっくりと添えた。
「ええ、どこまででも」
手を取り合った二人は立太子式が行われる広間に向けて同じ速度で歩き出した。
重ねている手の中から生まれる新たな温度を確かめては、これから感じて行くものを胸の奥に刻み、そして様々な感情を和やかに、時には激しく思い出すことになるのだろう。
もちろん、楽しいことや幸せなことだけが降ってくるとは限らない。
それでも二人ならば、どんな自分達がこの先の道に待っているのだとしても、お互いを認め合って進んでいけるはずだ。
きっと、そう出来ると信じている。
アイラとリオンの背はどこまでも真っすぐで、二人分の瞳は揺らぐことなく、先だけを見つめていた。
(完)
「カルタシア王国物語」、これにておしまいです。
読んで下さり、ありがとうございました……!
実は、「銀花の姫」や「雨謳う姫」と同じ世界のお話だったりします。
銀花の姫だと、カルタシアの名前がちょこっとだけ、出てきますね。
特に深い関わりがあるわけではありませんが、もし他のお話も気になる方がいらっしゃったら、どうぞです。
長文となりましたが、ここまで読んで下さり、ありがとうございました。
また、皆さまのお目にかかれるように精進致します。
伊月ともや




