帰還
王城に帰ってくるやいなや、王子の無事の帰還を喜ぶ者が次々と出迎えてくれた。
元々、幼い頃のリオンは隣国のラウリス国へと数週間ほど長期滞在することがあったため、城の者達は王子の不在をそれほど疑う者がいなかったのも今回の件での幸いとも言えるだろう。
「──ただいま戻りました。父上、母上」
謁見の間へと通されたリオンとアイラは国王夫妻の前で跪きながら、帰還の挨拶をした。
「立ち上がりなさい。無事で何よりだ、リオン。……アイラも我が息子のために、同行してくれてありがとう」
ウォルフ国王がアイラの方へと視線を向けて、穏やかな表情を浮かべながら目を細める。
立ち上がったアイラは、見上げそうになっていた頭を慌てて下げた。
今、国王夫妻の目の前にいるのは十七歳の姿へと戻ったリオンだ。
ソフィアによる試験のことを知っている彼らならば、リオンの姿を見ただけで、試験に合格したと理解しているのだろう。
ウォルフの隣に座っているラミル王妃も嬉しそうに微笑んでいる。やはり、母親としては心配な部分もあったのかもしれない。
「今回の視察については、あとで報告書としてまとめたものを提出するように。それから、二週間後に控えている立太子式の準備があるため、そちらにもさっそく取り掛かってくれ」
「分かりました」
「だが、帰ってきたばかりだ。明日は一日、ゆっくりと休みなさい。身体に無理を強いてはいけない」
「……はい」
まだ身体が元に戻ったばかりのリオンを気遣っているのかウォルフからは優しい言葉が溢される。
試験とはいっても、それでも自らが経験した試験を息子が受けるとなれば、国王としてだけではなく、親としても色々と気にかけていたのだろう。
「それと、お前達が捕まえた盗賊団の件についてだが……」
そこでアイラとリオンは同時に顔を上げた。クロウが先に国王達に伝達していた件についての話へと変わったようだ。
その場に少し、緊張らしきものが生じていく。アイラも思わず、ごくりと唾を飲み込んでいた。
「盗賊団の者達を一度、王都まで輸送し、そして相手国に、禁じられている人身売買についての条約を改めて認識させるための交渉を持ちかけようと思うが……その協議の際にはリオン、お前が国の代表として出席してもらいたい」
「……私が、ですか?」
「盗賊を捕らえた現場にいたのだろう? これから国を担うためにはやはり場数を踏まなければならないし、それに……」
そこでウォルフの瞳がすっと細められる。まるで狼が獲物を狙っているような鋭い瞳に見えて、アイラの背中には冷たいものが流れていった気がした。
「──お前にも、盗賊団の者達に対して、色々と思うところがあるだろう?」
その言葉に含められている意味を察したのか、リオンは静かに頷き返す。
「……そうですね。では、協議の際にはぜひ、現場を目にした私からも色んな意見を伝えさせて頂き、有意義な話し合いにしたいと思います」
「うむ、頼んだぞ」
返事をしたリオンはにっこりと王子らしい爽やかな笑みを浮かべているが、アイラの瞳にはその表情がかなり冷たい氷を張りつけているように見えた。
どことなく、怒っていることを隠しているように見えるのは気のせいだろうか。
そう思っていると、背後から忍び笑いが漏れ聞こえて来る。この声はクロウだ。
国王夫妻には届かない声量だが、それでもアイラとリオンがいる場所には届いている。クロウもリオンの様子に気付いているらしい。
「では、報告書を楽しみにしているぞ」
「はい」
ウォルフの言葉の中には、旅の過程を詳しく教えて欲しいという意味が含められている気がして、アイラは心の中で小さく笑っていた。
恐らく、リオンが仕上げる報告書だけではなく、クロウが個人的に仕上げた報告書も後々に提出されるのだろう。
それはもう、事細かに。
帰還の報告を終えたリオンは国王夫妻に頭を下げて、その場から下がっていく。
アイラもリオンに倣って、頭を下げたが再び視線を国王夫妻に向けた際に気付くことがあった。
国王夫妻は言葉にはしなかったものの、アイラに優しい眼差しを送ってきていた。
きっと、心の中では盗賊団にその身を捕らえられたアイラのことを心配してくれていたのだろう。
将来の義父母に対して、アイラは温かな気持ちになったと同時に、今後は一切、自分勝手な行動を取って、周囲にいらぬ心配をかけないように気をつけようと改めて心に誓った。
彼らの穏やかな感情を受け取りつつ、アイラはもう一度だけ頭を下げて、先に下がっていったリオンを追いかけるために、その場から立ち去った。




