先祖
「それでは、試験を突破した証として、そろそろお主の姿を元に戻してやらぬとな」
「……ありがとうございます」
ソフィアはソファから立ち上がり、リオンの額に指先を添えてから、そっとなぞっていく。
「楽にしておけよ。……──呪いは終い、元に戻られよ」
呪文らしき言葉が綴られた瞬間、リオンの身体が徐々に内側から光り始める。まるで月明りのような眩しさにアイラは一瞬、目を瞑ってしまった。
呼吸を二つ程してから、目を開ければ、隣にいたはずの小さな影はいつの間にか大きな影へと変わっていた。
瞳を大きく開けたまま、アイラはその姿を凝視する。それまで、七歳児の姿だったリオンが本当の姿へと戻っていたからだ。
「リオン様……」
驚きのあまり、アイラが小さく呟けば、同じように目を瞑っていたリオンも瞳を開き、そして振り返る。
「……視線が高くなっている気がする」
姿が元に戻ってからの最初の一言がそれだったため、従者二人は顔を背けつつ、同時に噴き出していた。
リオンは従者二人の方をちらりと睨み、いつか身長を追い越すからなと低く呟いていた。
それまで、腕まくりされていた袖はリオンにぴったりの丈となっており、重ねるように捲り上げていた足元の裾は十七歳の状態からすれば短すぎるものになっていた。
リオンは成人用の服を子ども姿に合わせていたが、身体が元通りになっているため、袖と裾を通常の丈へと戻しながら今の状態を確認しているようだ。
服装を整えたリオンは、ソファに座り直していたソフィアへと視線を戻した。
「呪いを解いて頂き、ありがとうございます」
「うむ。……お主が玉座に就く頃には今よりも、更に心が成長することを祈っておるよ」
「はい、これからも己の力に慢心せずに精進していきたいと思います。……ところで、ソフィア殿から魔法を受けた際に感じられた魔力の波動についてなのですが、少しお聞きしても宜しいですか?」
「ふむ? 何かな」
「最初に呪いを受けた際には自分も慌てていたので、気付かなかったのですが……。今このように直接、ソフィア殿の魔法を受けた際に、自分が持っている魔力の波動と少し似ているものを感じたのです。何故でしょうか」
リオンの疑問に対して、ソフィアはこれまた愉快そうな表情を浮かべた。
「そりゃあ、わしはお主達カルタシア王国王家の先祖だからのぅ。持っている魔力の波動が似ていてもおかしくはない」
「……え」
本日、二度目となるリオンの間抜けな声が口から漏れる。
しかし、驚いているのはアイラを含めた他の三人も同様なようで、クロウは細い瞳をこれでもかと言う程に開いていたし、イグリスに至っては石のように硬直していた。
「ソフィア殿が……俺の……先祖、ですか」
再度、確認するようにリオンが呟けば、ソフィアはその通りと言わんばかりに頷き返す。それでもリオン達の反応が面白かったようで、彼女の口元は緩んだままだ。
「見た目は少女のような形だが、これでも精神と実年齢は大人の女性だぞ? それはもう、色んな経験をしてきておる。それこそ、お主が知らないようなこともな」
「なっ……」
ぼすんっと何かが膨らんでしぼんだような音がリオンから聞こえたため、アイラが様子を確認すれば、彼は顔を真っ赤にしたまま固まっていた。
一体、どうしたのだろうか。
「ふぉっふぉっふぉ。まだまだ青いのぅ、リオンよ」
「……からかわないで頂きたい」
頬を赤く染めているリオンをひとしきり笑ってから、ソフィアは話を戻した。
「カルタシアの王家は、わしと初代国王から始まっておる。……わしは生まれた時から力が強すぎる身だったため、どこに行っても孤立しておった。だが、そんなわしを受け入れ、居場所を作ってくれたのが初代国王だったのじゃ」
初代国王、それは数百年以上も昔に生きていた人物だ。その当時から、ソフィアは魔女として生き続けているらしい。
カルタシアでは魔力持ちが普通の人間よりも長生きすることは周知の事実だが、それでもソフィアの魔力の容量が他の魔法使いに比べると半端ないため、数百年も生きていることが出来るのだろうかと、何となく思った。
「初代国王が死んだ後も、わしは自らの子らを見守り続けた。静かに、穏やかに、たまに厳しく。……そうしているうちに時間が経っていた」
一瞬だけ、ソフィアが寂しいような、悲しいような瞳をしたのは気のせいだろうか。だが、瞳を瞬かせた時には何事もなかったような表情へと戻っていた。
「そのうち、わしは子孫達に王としてふさわしい力量や器を持っているかを試すために、今回のような試験を始めることにしたのじゃ。最初は力試しのような、遊び半分の試験だったが、それはやがて時代とともに正式なものへと変わっていった。さしずめ、わしは王家の監視者でもあり、試験官ということじゃな。もちろん、王家もそれを了承しておる。むしろ、次の王位を誰に渡すか悩む際には有効活用されている程じゃ」
自身の役割に誇りを持っているらしく、ソフィアは細い腕を組んでから、うんうんと頷いている。
ソフィアから本当の話を聞かされたリオン達はやはり、どこか脱力するような表情で肩を竦めていた。
もしかすると敵対するかもしれないと気を張っていた分、気力が削げたのだろう。
「リオン、立太子式はあと二週間ほど後に行われる予定じゃったな?」
「ええ、そうですが……」
「その際の式典、わしもこっそりと見守っておるから、しっかりと務めるのじゃぞ」
「……はい。歴代の国王達に恥じない姿をお見せしたいと思います」
真っすぐとソフィアに向けて、決意を伝えるリオンの表情は凛としており、覗き込んでいたアイラは思わず見とれてしまっていた。
いつのまに彼はこんなにも大人びた表情をするようになったのだろうか。胸の奥が脈打った気がして、アイラは視線をゆっくりと逸らした。
すると、ソフィアはアイラに向けて、近づいて来るようにと手招きしてくる。
何だろうかと首を少しだけ傾げて、アイラはソフィアの傍へと寄って行った。
「アイラよ。これからもリオンのことを宜しく頼むぞ。あやつにはお主が必要じゃ。支えでもあり、堰となりえるのがお主の存在じゃ。どうか、リオンの心を守ってくれよ」
耳打ちされた言葉にアイラは瞳を瞬かせたが、すぐに了承の意味を含めた笑みを浮かべてから頷き返した。
ソフィアはカルタシアの祖でもあり、そして静かに見守る母親のような存在なのだろう。だからこそ、王家の行く末を影ながら見守り続けるのだ。
ソフィアがアイラへと耳打ちしている内容が気になっているのか、リオンが首を伸ばしながら様子を窺ってきていたため、それに応えるようにソフィアがにやりと笑った。
「早く孫の顔が見たいと申したのじゃ。少しは押しに磨きをかけよ、リオン」
「っ……。余計なお世話です!」
ソフィアに向けて顔を顰めながら悪態を吐くリオンは年頃の少年そのものだ。そんな光景を、アイラを含めた全員が和やかに眺めては苦笑していた。




