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試験

  

 通された一室は客間のようで、柔らかい素材のソファと木製の長い台が置かれている部屋だった。

 アイラ達は二人掛けのソファにそれぞれ主と従者で分かれて座り、一人分のソファにソフィアが座った。


 ソフィアが空中に向けて、指をくいっと動かせば、壁に隣接するように並んでいる戸棚が開き、そこから茶器や茶葉が入っている缶、そしてお菓子が盛られた皿が自意識を持っているように宙を泳ぎつつ、長い台の上へと並べられる。


 あまりの凄さにアイラの瞳は丸くなり、並べられた茶器とソフィアを交互に見てしまう。

 

 ソフィアはまたも指をひょいっと動かしては、まるで人の手が茶器を扱っているのではと思えるほどに滑らかな動きで、お茶の準備を進めていった。


 ポットの中にはいつの間にか沸かされたお湯が入っており、どれほどの魔法をこの動作に詰め込んでいるのだろうかと考えていたが、やがて思考が追い付かなくなっていった。


「さぁ、飲むと良い」


 そうして、目の前に出された紅茶は色も香りも良いもので、アイラはいただきますと一言告げてからカップを手にして、口へと紅茶を含んで行く。

 口の中に広がっていく上品で優しい味に、アイラは思わず小さな息を吐いた。


「……美味しいです」


「ふふっ。それは良かった。……何せ、自分以外の人間にお茶を淹れるのは久しぶりだったからのぅ。腕は鈍っておらぬようじゃな」


 そう言って、ソフィアはにっこりと笑うがその笑みは悪意どころか喜びしか感じられない爽やかな笑顔だった。


 リオン達もソフィアが淹れた紅茶を飲んで、少しだけ安堵したような表情になっている。やはり、同じように美味しいと感じているようだ。


「……まず、リオン。わしはお主に謝らなければならない」


「え?」


「初めて顔を合わせた時に、お主を嘲るような言葉を告げたことに関してじゃ。……演技だったとは言え、あのような態度を取って、すまなかった」


「い、いえ、それは……。ですが、ソフィア殿の言葉の言う通り、私は器の小さい子どもでした。あの時は図星を突かれて、憤っていただけです。なので、あなたに謝られるようなことは、何もありません」


 リオンは慌てて首を横に振っていた。

 そんなリオンをソフィアは少しだけ細めた優しい瞳を向けながら、そうか、とだけ呟いていた。


「それでは、どれからお主達に話そうかのぅ……」


 アイラ達の緊張が解けてから、ソフィアは口元に手を当てつつ思案し始める。


「……では、私から聞いても宜しいでしょうか、ソフィア殿」


 リオンが紅茶の入ったカップを長い台の上に一度置いてから、ソフィアの方へと向きなおった。その口調は王子らしいものになっていたが、棘は含まれてはいなかった。


「うむ。申してみよ」


「あなたは何故、私に呪いをかけたのですか」


 静かに問われたのは誰もが気になっていたことだ。何故、リオンは七歳児の姿へと変わる呪いがかけられたのか。


 アイラ達がソフィアの答えを知るために身構えていると、彼女は幼い表情を和らげながら答えてくれた。


「これは王位継承権を持った者が王位を継ぐに相応しいかどうかを見極めるための試験なのじゃよ。立太子式を控えた王子や王女、もれなく全員にわしは今まで呪いをかけてきた」


「……へ」


 ソフィアの言葉に頭が追いつかなかったのか、それまで王子らしい姿勢だったリオンの口からはかなり間抜けな声が漏れ聞こえた。


「わしが課す試験を突破することで、王子と王女達には王位継承権があると初めて認められるのじゃ。もちろん、このことを知っておるのは歴代の国王夫妻と試験を受けた者達だけで、それ以外の者には他言無用となっておる」


「……つまり、俺が呪いをかけられた理由を父上と母上は知っていたということですか」


 動揺を隠しているつもりなのだろうが、口調は普段のものへと戻っている。リオンからしてみれば、まさかの事実だったのだろう。

 視界の端のクロウとイグリスも、まさかの真実に口をぽっかりと開けているようだ。


「うむ。そういえば、お主の父はウォルフだったな。いやぁ、あやつには狼になる呪いをかけたことがあったのぅ……」


 そう言って、ソフィアは懐かしそうに笑っているが、リオンからは殺気に近い何かが溢れている気がした。

 きっと、王都で帰りを待っている国王夫妻に対する感情が沸き上がっているのだろう。


 だが、そんなリオンを眺めつつ、ソフィアは何故か愛おしむように瞳を細めてから言葉を続けた。


「わしは実施する試験内容には、それぞれの者に見合った呪いをかけるようにしている。王となる者に不足している何かを己で自覚し、見つけさせるためにな」


「……」


「リオン。お主の場合は……そうじゃな、己が使う魔法に頼り過ぎている、ということを自覚してもらいたかったのじゃ。魔法は体内に宿る魔力と比例するものだ。だが、身体が退化してしまえば、それまで扱えたはずの魔法を容易に操ることは難しくなったじゃろう?」


「それは……」


 ソフィアの言葉通りだと告げるようにリオンは口を閉じた。


「魔法が使えない自分をどう受け止めるか、そしてお主の周りの者がどのように自分を受け止めてくれるのか。その上で、ありのままの自分を認めて真っすぐと進むことが出来るのか──それを自覚することが試験内容じゃ」


 ソフィアは自身が淹れた紅茶を一口、口に含んでから言葉の続きを話す。


「だが、どんな自分でも等しく愛してくれる者が傍に居てくれるのならば、これほど代えがたい宝はないじゃろう。……お主もこの旅では、それを嫌という程に気付かされたはずじゃ」


 そうだろう、と同意を求めるようなソフィアにリオンは一度、アイラの方を振り向いてから、そして頷き返した。


「力を持つ王とは時には孤独なものじゃ。権力、姿、地位などに溺れず、自身を信じて付いて来てくれる者を見極めよ。自身に何が足りないのかを自覚せよ。……わしから言えるのはそれくらいじゃ」


 最後にそう言い切ってから、ソフィアは紅茶を全部飲み干して、空になったカップを受け皿の上へと置いた。


「……それで、試験の合否はどうなのですか」


 おずおずと切り出すリオンに、ソフィアはにんまりと笑う。


「無論、合格じゃ。お主はわしが危惧しておったことを見事に乗り越え、そして成長した。それは人としてだけではなく、魔法使い、そして王子として乗り越えて見せた」


「……ですが、あなたが指定した期日を過ぎてしまっております」


「もし、あの場でお主が盗賊達からアイラを救出することを選ばずに、己の身を案じて、わしの元へと来ていたならば、その場で消し炭にしておったわ。ふぉっふぉっふぉ」


「えっ……。って、どうして、それを……!?」


 何故、ソフィアはアイラが盗賊団に捕まっていたことを知っているのかと、それぞれが驚いていると、彼女はローブの下から透明な水晶の玉を取り出し、そして長い台の上へと置いた。


 ソフィアは水晶玉を指先でとんとんと二回叩く。

 すると、水晶の中に人影がゆっくりと映り始めたため、アイラ達は目を凝らしながら覗き込んだ。


「あ……」


「これ、カルタシアの王城では……。ほら、謁見の間ですよ」


「本当だ。父上と母上が見える……」


「つまり、この水晶玉は遠方を覗き見するための魔具……」


 ぼそりと呟くイグリスに対して、ソフィアは意地が悪そうな笑みを浮かべてから答えた。


「さすがに常時、覗けるわけではない。魔法で跳ね返される場合もあるからな。……まぁ、この魔具を使って、お主達がちゃんとわしの元へと向かって来ておるのか見守って……いや、見張っておったのじゃ」


 ソフィアはもう一度、指先で水晶玉を叩く。すると、それまで見えていた光景は一瞬にして消えてなくなり、何の変哲もない水晶玉へと戻った。


  

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