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北の大地

  

 結局、盗賊団の後処理について騎士団や町長と話し合い、攫われていた子ども達の具合が良くなったことを確認しているうちに、ピルラカで数日ほど過ごすこととなり、大魔女から指定されていた二週間という期日の最終日を迎えてしまっていた。


 それでもリオンは自身の呪いのことを後回しにしているというのに、彼の表情は以前と比べて淀んでおらず、何故かすっきりしているようにも見えた。


 携帯食料などの準備が整ってから、騎士団と町長に別れの挨拶を交わしたアイラ達は、今回の旅の本当の目的地である北の大地に向かって、とうとう出発した。




 北の大地と呼ばれているだけあって、春先であるというのに広々とした草原に吹く風は雪を含んでいないものの、かなり冷たく感じられた。


 見上げれば、並ぶようにそびえ立つ山々が視界いっぱいに広がっている。山頂付近には雪がまだ残っているようだ。


「ひょあ……。山間部の寒さとはまた一味違う寒さですね……」


 防寒具を身に纏ったアイラは同じ馬に乗っているリオンの身体を後ろから強く抱きしめつつ、暖を取った。


「おい、抱き着くな!」


「だって、リオン様の身体、暖かいんです。そして何とも言えない抱き心地……」


「お前なぁ……」


 リオンは今、七歳児の姿に戻っていた。月の光を浴びる時だけ、彼は十七歳の姿に戻るのだが、昼間である今の時間帯は子ども姿のままだ。


 期日を過ぎてしまったので、呪いを解いてもらえるかは分からないが、それでもアイラとリオンの間に悲観的な感情はなかった。

 リオンも今の自分の姿を彼なりに受け入れているのだろう。


「昼間から仲がよろしいですねぇ」


 そう言って先頭を馬で進んで行くクロウが目を細めながら笑っている。すると、イグリスが進む先に何かを見つけたのか、声を上げた。


「前方に屋敷らしき建物が見えます。あれが大魔女の屋敷ですかね?」


 イグリスの言葉にクロウは片手で地図を開きつつ、確認し始める。


「ええ、そのようです。……はぁ、やっと着きましたねぇ」


 だが、その溜息の中には目的地に着いた嬉しさだけが含まれているのではないと何となく感じていた。

 この旅の最大の目的にして、まだ始まりといったところだろう。


 ……大魔女と戦闘にでもなったら……私がリオン様を守らなきゃ。


 盗賊達の策にはまって気を失った時に、奪われてしまった短剣と防御力を高める魔石が付いた指輪はしっかりと取り戻してある。


 どんな攻撃が来ても大丈夫だとアイラが一人で気合を入れ直しているうちに、目的地まで着いてしまっていた。


 屋敷と言っても、それほど大きいわけではない。二階建ての屋敷は随分と築年数が経っているようだが、それが返って趣があるように感じられた。


 アイラ達は三頭の馬を屋敷のすぐ傍にあった馬留(うまど)めに繋いでおくことにした。

 

 馬留めがあるということは、馬を飼っているのだろうかと思ったが、周囲には厩舎らしき建物は建っていない。

 まるで自分達がこの場に来ることをあらかじめ知っているからこそ、新しい馬留めが用意されたようにも感じられて、アイラは一人、首を傾げていた。


「……よし、準備はいいな?」


 リオンが一つ、咳払いをしてから従者二人とアイラの顔を見上げてくる。


「ええ、大丈夫ですよ。……ああ、子どもらしさを全面に出せば、もしかすると期日が過ぎてしまったことをお許しいただけるかもしれませんねぇ」


「出来るだけ、命取りになるような粗相はしないでくださいよ、リオン殿下」


 軽口を叩いてくる従者二人に対して、リオンは顔を顰めてから溜息を吐く。そして、アイラの方へと向きなおった。


「アイラ。……ついて来てくれるか?」


 その言葉の意味はきっと、色んな感情が含まれているのだろう。

 だからこそ、アイラはにこりと笑ってから、リオンの左手にそっと自分の右手を重ねた。小さくても、彼の手は温かいままだ。


「はい、リオン様。リオン様が向かうならば、私はどこへでもお供しますよ」


「……そうか」


 その一言を呟くリオンの表情は、安らぎを得たように緩やかなものだった。


 しかし、それも一瞬だけで、彼は表情を引き締めてから、両開きとなっている大きな扉を右手で数回ほど叩いた。


 返事は返って来なかったにも関わらず、扉は勝手に開かれてしまう。どうやら中へ入れと言っているようだ。


 アイラはごくりと唾を飲み込みつつ、そしてリオンの左手を握る手に力を込めた。


「──失礼します。カルタシア王国第一王子、リオン・ディル・ハイドライルと申します。遅ればせながら、到着いたしました。大魔女、ソフィア殿はおられますか」


 リオンは開かれた空間に向けて、声を張る。


 屋敷の中は特に変哲な部分はないように見える普通の内装だった。壁は年代が経っているが、それでも汚れは付着しておらず、床には塵一つ落ちていない。

 常に清潔さが保たれている家だとすぐに分かった。


 アイラ達は気を張りながら、屋敷の中へと足を進めて行く。


 すると、静けさの中に子どもが笑うような声が混じり始め、そしてその声の主だと思われる影がアイラ達の目の前へと突然現れた。

 まるで、最初からその場に居たのに姿を隠していたような登場の仕方にアイラ達は一瞬だけたじろいでしまう。


「っ……」


 驚きのあまり、アイラは腰に下げている剣に手をかけたが、ローブを纏った小さな影は軽く右手を挙げて、剣を収めろと示してくる。


「安心しろ。わしからは手をあげたりはせぬ」


 声は年頃の少女であるにも関わらず、口調は老人のようだ。


「……あなたが大魔女、ソフィア殿か」


 リオンは一歩、前へと出てから訊ねると、小さな影はこくりと首を縦に振り、頭に被っているローブを脱いだ。


 ローブから零れ落ちたのは、光るように艶やかな黒髪だ。頬は柔らかく張りがあり、そして少女の瞳は太陽のような金色だった。


「よくぞ参った、リオン。そして、アイラ姫と従者達よ。わしこそが北の大地を守りし魔女、ソフィアだ」


 最初に会った時よりも、ソフィアは丁寧に挨拶をしてから笑みを浮かべる。


 初対面時が衝撃的過ぎて、悪い方向に印象を捉えがちだが、それでも目の前にいるソフィアからは敵意が見られなかったので、攻撃を警戒していたアイラ達は構えを解くことにした。


「いやぁ、中々来ぬから、どこかで倒れ込んでいるのではないかと思っておったぞ」


「……遅くなりまして、申し訳ありません」


「良い、良い。お主達が期日を過ぎた理由はちゃんと分かっておる」


 ソフィアの言葉にアイラとリオンは思わず顔を見合わせてしまう。


「まぁ、詳しい話はお茶でも飲みながらにしようか。長旅でここまで来たのじゃ。疲れておるじゃろう?」


「は、はぁ……」


「なに、心配せぬとも毒など入れたりせぬよ。ふぉっふぉっふぉ……」


 まるで遠くから遊びに来た孫を歓迎するような態度でソフィアは屋敷の奥の部屋へと案内し始める。

 アイラ達は警戒を解いたものの、緊張したままソフィアの後を付いていった。


 

 

ついにこの日がやってきました。

詳しくは活動報告を読んでいただければ、と思います。

どうぞ宜しくお願いいたします。

 

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