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無人の廃屋

 

 リオンはクロウ達に案内され、ピルラカの町の役所へと来ていた。

 すでに仕事終わりの時間であるが、宣言していた通り、王家の権力というものを生まれて初めて行使したことで、役所には町長と騎士団の団員も数名ほど来てもらっていた。


 王家の紋章が入った短剣や、指輪などを見せれば、町長は卒倒しそうな勢いで一度、尻餅をついていた。よほど驚いたらしい。


 だが、騎士団の団員はリオン達がどこかの貴族かもしくは身分が高い者がお忍びでやって来ていると何となく勘付いていたらしく、こちらに特に大きな動揺は見られなかった。


 ただ、双方とも十七歳の王子であるリオンが子どもの姿をしていることに首を傾げていたが、その点についてはとりあえず置いておいて欲しいとクロウが宥めてくれていた。


「……それで、町の外れにある廃屋の持ち主について聞きたいのだが。今は誰か住んでいるのか?」


「調べてみたところ、現在はただの空き家になっているそうです。持ち主も随分、昔に亡くなっている上に相続する人間もいなかったようですね。今は誰も住んでおらず、ただの廃屋となっているはずですが……」


 町長は手持ちの資料に視線を落としつつ、少しぎこちない様子で答えた。子どもの姿ではあるが、王子であるリオンに対して堅くなっているのだろう。


「……つまり、誰もいないはずの廃屋の周辺に結界が張ってあるということか」


「まるで、侵入を防ぐ予防線みたいですねぇ」


 リオンの呟きに同意するようにクロウも溜息交じりに応えた。


「試しに廃屋の中を確認しようと思ったが……。結界が張ってあるならば、魔法で壊すしかないからな……。だが、それだと結界を張った奴に、こちらの動きを知られてしまうだろうな」


 すると、リオン達がいる部屋に数人の騎士団の団員が雪崩れ込むように入ってきた。


「失礼します! 様子を見に例の廃屋へと近づいたところ、遠目でしたが屋敷内からランプの灯りらしきものが確認出来ました」


「また、廃屋へと続く、唯一の道には馬車が通った痕跡が残っていました。しかも、数台分のようです」


 リオンが軽く頼んでおいた案件で戻ってきた団員達が次々に報告を上げてくれる。

 彼らも魔法が使える身なので、廃屋の周辺に張ってある結界に注意しつつ、様子を見てきてくれたようだ。


「数台分の馬車か……。大人数で廃屋に住んでいるのか? 誰か知らないが物好きな奴らだ」


「でも、誰が住んでいるのか確認ぐらいはしたいですよねぇ。何せ、捜索魔法が示した場所がこの廃屋ですから」


 クロウは呑気そうにそう言っているが、目が笑っていないのは明らかだ。その場にひゅっと冷たい風が吹いた気がしたが、気のせいではないだろう。


「とりあえず、この廃屋に入りたいんだが、許可を出してもらえないだろうか」


 リオンが上目遣いで目の前の席に座っている町長に訊ねると、彼は肩を震わせながら、ひっと声を漏らしていた。

 別に睨んだわけではないが、そのように驚かれると少々傷ついてしまいそうだ。


「ま、まさか……。リオン殿下が直接、この場所へ向かわれると?」


 恐る恐るといった様子で町長が訊ねてきたため、リオンは頷き返した。


「ああ。……あまり(おおやけ)にはしたくはないので、この場で聞いたことは一切他言しないと誓って欲しい」


 リオンが半ば命令のようにそう告げれば、町長と騎士団の団員達は大きく首を縦に振り返した。


「──……この場所に、私の婚約者が連れ去られている可能性がある」


「それは確か、隣国の……」


 団員の言葉にリオンは肯定の意味を含めて頷き返した。


「彼女が自分の意思で、誰もいないような廃屋に行くとは思えないからな。恐らく、他者によって連れ去られたのだろう」


 静けさがその場に満ちて行く。誰も想像出来なかった大事に動けないでいるようだ。


 未来の王妃となる者が何者かに連れ去られたとなれば、何か故意的な誘拐も含まれているのではと感じているのかもしれない。


「それは……ここ数日、周辺の村で大勢の子ども達が何者かに攫われた件と同一の犯人が起こしたものでしょうか」


 町長の言葉にリオンは腕を組みつつ、溜息を吐いた。


「そこまでは分からない。確か、攫われた子ども達は魔力を持っている子ばかりなのだろう? 私の婚約者はあまり大きい魔力を持っていない上に、歳は十六だ。子どもの年齢ではないからな」


 だからこそ、アイラを連れ去ったと思われる者の動機が分からなかったのだ。


「……あの、一つ宜しいでしょうか」


 先程、報告するために室内へと入ってきた団員がおずおずと言った様子で右手を挙げて、発言の許可を求めてきたため、リオンは発言するようにと促した。


「実は近隣の村で子どもが攫われた件なのですが……。村の荷馬車ではない車輪の跡が数台分程、残っていたようなのです。それで、その車輪の幅などを測っておいたのですが……」


 団員は一度、息を吸い込んでから言葉を続ける。


「先程、廃屋周辺に残されていた車輪の跡を同じように測った結果、どちらも幅は同じでした。恐らく……同じ荷馬車だと思われます」


「っ……!」


 その報告に、一同はざわつき始める。どうやら、関わりがないと思っていた二つの件が一つに重なったようだ。


「つまり、廃屋に住んでいる可能性があるのは……子ども達を攫った人攫いの可能性が高いということか」


「ええ。……何せ、十人以上の子どもを攫うとなると、荷馬車一台で運べるかどうか……」


「一時的に廃屋の中に隠しておいて、闇夜に紛れて移動するんだろうな」


「では、検問を……」


 言葉を続けようとする団員をリオンは片手で制してから、首を振った。


「いや、人を攫うという大事をやったあとだ。人の目がある場所を通って移動はしないだろう。だが、魔獣が住んでいる危険な森の中を移動するのも一苦労なはず……」


 そして、同じ場所に長居をしていれば、自分達のように奇妙に思った者達から目を付けられると分かっているはずだ。

 それならば、仕事を終わらせた後は準備が整い次第、一刻でも早くこの町から出発したいだろうと、リオンは人攫いの心境を考えつつ思案していた。


 迫りくるのは時間。

 そして、確認しようのないアイラの安否と、繋がった人攫いの情報。


 こういう場合こそ、冷静にならなければいけないと分かっている。それでもリオンはその決意を表した。


「廃屋の場所まで、案内してくれ」


 リオンの発言に、その場にいる全員が息を飲んだ。


「……言うと思いましたよ、リオン様」


「人攫いという非人道的な奴らがこの件に関わっている以上、俺はこの国の王子としても見過ごすことは出来ない。……まぁ、行くなと言われても行くけれどな」


 すっと細めた視線は、遠くを見ているだけだというのに、周囲にいる者達は何故か怯えたような様子で唾を飲み込んでいた。

 すると、騎士団の団員の一人が一歩、前に出てからリオンへと進言してくる。


「……リオン殿下、我々をどうか使って下さい。もし、この廃屋に我々が追っている人攫いがいるのだとすれば、奴らは只者ではないでしょう」


「手伝ってもらえるというならば、助かる。……ただ、周辺を人数で取り囲んだとしても、結界が張ってあるからな……。結界を破り次第、突入することになると思うが、もしかすると攫った子どもを人質として盾にしてくるかもしれない」


「それでは対人魔法が得意な団員を連れてきましょう。いざとなれば相手を眠らせて、人質を救助することを優先したいと思います」


「ああ、頼んだぞ」


 リオンは騎士団の団員達を交えながら、このあと廃屋へと夜襲をかけるための算段を次々と整えて行く。

 その姿に従者である二人は感慨深いような溜息を吐いていた。


「リオン様、ご政務をなさる時は真面目なんですけれどねぇ。でも、今は見た目がどうも……」


「……大男達に指示を飛ばす七歳児って、傍から見れば異様な光景……」


 そんなクロウとイグリスの会話が耳に入ったリオンは、二人の方へと振り返ってから、話に加われと合図を出した。


「お前たち二人には、相手を撹乱してもらう役割を与えよう」


「うわっ。嫌な予感しかしない」


「王子命令だ。上手くやってくれよ」


 リオンの表情は笑っているが、どうやら無茶苦茶な作戦を課されるらしいと、クロウとイグリスは顔を見合わせて、それから仕方なく頷き返す。


 とんとん拍子で作戦の詳細が決まっていく中、リオンは自責する表情を胸の奥底へと隠したまま、静かに呟く。


「……さて、俺の婚約者に手を出したことを相手に後悔させてやらないとな」


 その呟きが聞こえたのは近くにいた従者二人だけで、彼らはリオンの言葉に従うように、従者らしい顔付きで、御意のままにと告げたのであった。


 

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