表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/33

享受

 

 イグリスに教えてもらった場所はピルラカの町で大通りと言われている賑やかな場所だった。


 ほとんどの店が店仕舞いしていたが、料理屋や酒場などの店はこれからが営業本番であるため、扉の外にまで室内の賑わう声が漏れ聞こえていた。


 時間はすでに夕方を過ぎており、辺りは暗くなってきていた。入れ違いでアイラが宿屋に戻ってくることも考えて、イグリスには宿屋で待機してもらうことにした。


 本人はアイラを捜す気満々だったがクロウによって説得され、半ば強制的に宿屋へと連れていかれていたので、あとから恨み言を言われるかもしれない。


「ふむ、ここに露天商があったんですね。……まあ、行き交う人が多い町なので、同じような露天商はたくさん見かけましたが。それにしても、アイラ姫は何を買おうとしていたんでしょうね」


「……さぁな」


 クロウの言葉を受け流しつつ、リオンはその場をじっと見つめて、そして溜息を吐いた。


「捜索魔法が上手く効くといいけれどな」


「ああ、私がやりましょうか?」


 リオンが子どもの身体であるため、まだ上手く魔力を扱いきれないことを察したクロウが一歩前へと出たが、リオンはすぐに首を横へと振った。


「いや、俺がやる。出来ないと決めつけるのは、この身体を受け入れてはいないってことだからな。少しは慣れさせないと」


「……ほぅ」


 クロウにとっては意外な言葉だったようだ。

 だが、いつものようにおどけた調子でからかってくる様子はなく、静かに自分を見守ることにしたらしい。


 ……媒体は……これでいいか。


 リオンは服のポケットに入れていた、乳白色の雫が付いた首飾りを左手に持ち、そして石畳の上へと右手を添えた。


 今から行う捜索魔法は探し物をしている際や、誰かの足取りを見つける際などに行われる魔法だ。

 

 それなりに難しい魔法だが、リオンはこの魔法を何度か試したことがあり、そして全てが成功している。


 この魔法において必要な物は捜す対象に関する媒体だ。

 捜索する対象となるものに関わる情報か代物に触れることで、魔法が目に見える道標を作り上げ、捜し当てることが出来るのだ。


「……導くは黒き影。辿るは白き足跡。求めて、出でよ……。この主たるものに続く道を」


 左手で首飾りをぎゅっと握りしめたまま、リオンは心の中でアイラの姿を思い描いていた。


 歩くたびに揺れる栗色の長い髪。どうして長く伸ばしているのか、自分は知っている。

 最初に会った時に、自分はアイラのことを同い年くらいの少年だと思っていたのだ。それを気にしており、彼女は女の子らしく見えるようにと髪を伸ばし続けていた。


 また、自分を見つけた時に見せる笑顔は何度見ても飽きることはない。

 裏表のない柔らかな表情で屈託なく笑みを浮かべ、そして自分の名前を愛おしく呼ぶのだ。その声が耳に張り付いては、もう一度聞きたいと脳内で再現されるように反響していく。


 ……頼む、アイラの居場所を捜してくれ。


 身体の内側から、右手に集中するように魔力が伝わっていく。

 これは、自分の魔力だ。今の、自分の身体にふさわしい魔力だからこそ、妙な矜持を持っていた自分は受け入れていなかったのかもしれない。


 ……細かさが足りなかった。そういう点ではまだ、俺は子どもなんだろうな。


 我儘を言っているようなものだ。上等な容器となった身体だと勘違いして、大人な自分を何か高尚なものとでも思っていたのだろう。

 本当は張りぼてを作っているとは知らずに。


 ……それでも、アイラは身分や見た目、力に関係なく、俺のことを想ってくれていた。俺が、自分自身を信じられていなかったというのに。


 アイラが自分を嫌うことなんてあるのだろうか。そう思える程に、アイラはリオンのことを好きでい続けてくれるという自信があった。


 自分で自覚すると恥ずかしいので、絶対に誰かに知られるわけにはいかないが、それを自惚れと呼ぶのか、もしくは──両想いと呼ぶのかもしれない。


 気付けば、左手の中に収まっている首飾りから温かな温度が伝わって来る気がした。

 元々、魔力が込められているのか、その温かさは緩やかな春の風が吹くような心地にも感じられた。


 いつの間にか瞑っていた瞳をゆっくりと開いていく。だが、見えるよりも先に聞こえたのは背後で待機しているはずのクロウの呟きだった。


「……成功、みたいですね」


 途切れるように言葉を呟くクロウは驚きと感嘆が混じっているような声で笑っていた。


 リオンは自分が手を添えていた石畳へと視線を落とす。そこには白く光る筋が浮かんでいた。真っすぐには描かれていない光る筋はアイラが辿った道を示すものだ。


 つまり、リオンが使った魔法が成功したことを意味していた。安堵の溜息を吐いているとクロウから次なる言葉がぽつりと呟かれる。


「やはり、愛の力なんでしょうね……」


 その言葉はあえて無視することにした。あまりにも感慨深げに言われると、図星だとしても反論したくなってしまうからだ。


「いいから、辿るぞ」


 消え入りそうな程に淡く光る道筋をリオンは駆け足で辿っていく。そして、光の道筋が入っていったのは細い路地だった。


 大通りから遠ざかっていくこの場所に、アイラはどのような用事があったのだろうか。

 だが、夕陽が入ってこない路地は薄暗く、遠くを見渡すことは出来なかった。


「こんな人気がない場所に……」


 クロウの言いたいことは分かる。リオンも同じように思いつつも、道筋となる光の筋を追っていった。


 しかし、そこで光の筋は立ち止まっており、かき乱されるように散り散りとなっていたのだ。まるでアイラが歩いた跡が、この場で突然として途切れているようにも見える。


「これは……どういうことなんでしょうねぇ?」


「俺にも分からない。……だが、アイラの身に何かしら起きたことは確実だろう」


 自分で言っていて、ぞっとする話だ。

 想像さえしたことがなかった。──アイラの身に何かが起きる。それが自分の知らない、手に届かない場所で。


 背筋に冷たいものが流れて行くのを無視して、リオンはクロウの方へと振り返る。


「クロウ、この霧散していく光の筋の残り火を追えるか?」


「……まぁ、やれないことはないですが、全てを辿るのは大変でしょうね」


「お前、影魔法で鴉を従えさせるのが得意だろう。鴉たちに手伝ってもらえるように頼んでくれないか」


 真剣な表情だが、決して命令口調ではないリオンに対して、クロウは溜息交じりに笑った。


「そこは命にかけてもアイラ姫を捜せ、って言って下さって構わないんですよ」


「俺とお前がそんな柄に見えると思うか?」


「見えませんねぇ。……とりあえず、彼らに頼んでみますか」


 そう言うと、クロウは頭上を見上げつつ、右指を口に咥えてから短い音を鳴らした。その音に反応するように、細い路地の頭上には黒い双翼を持つもの達が揃い始めてくる。


 さて、やりますかとクロウが独り言を呟いてから、魔法の呪文を呟き始めた。


「……──我が影に宿りし意思。散りては、溶けて、他の者にその目、耳、吐息を預けよ」


 クロウが呪文を唱え切った瞬間、彼の足元の影が暗闇を纏ったような色となり、やがて頭上で待機している鴉たちへと真っすぐに伸びて行った。

 その影は鴉たちの身体に接触してから、染み込むように溶けていく。


 これらはクロウが持っている影魔法の一つだ。自身の影を配下となるものに仕込むことで、情報や感情を共有することが出来る難易度の高い魔法なのだ。


「皆さん、この光の筋が辿っていく場所を探してくれませんか。ああ、もちろん、ご褒美はありますからね」


 クロウの言葉を理解しているのか、鴉たちはひと鳴きしてから、方々に飛び去っていく。


 どうやら、アイラの居場所へと続いている光の筋はかなり不安定な道標として霧散しているらしい。


「……さすが、鴉に育てられた男」


 ぼそりとリオンが呟けば、クロウは肩を竦めながら笑っていた。クロウの出自ははっきりとしておらず、幼少期の彼は大きな鴉の巣で育ったらしい。


 もちろん、この鴉、ただの鴉ではない。人の言葉と考えを理解することのできる、いわゆる使い魔と呼ばれる類の鴉だった。

 そんな鴉が使い魔という現役を引退して余生を送っていた鴉の巣に、赤子のクロウが捨てられていたのだという。


 しばらくの間、鴉と共に過ごしたことで、クロウは鴉の言語を理解出来るようになったらしい。


 それから使い魔の鴉が気を利かせて、元主人である魔法使いに相談し、彼が引き取って育てたことで、クロウは魔法の才能が開花し、やがて王子の護衛としての腕を認められる──というのが世間で知られている話だ。

 もちろん、脚色された美談や出世話などではなく全て事実である。


「彼らは頭がいいですからねぇ。きっと、すぐに連絡を寄越してくれると思いますよ。……情報を共有次第、お伝えしましょう」


「ああ、宜しく頼む」


 リオンは遠くへと離れて行く黒い双翼の影たちを見送りながら、奥歯を噛み締める。


 だが、頼ることは悪いことではないと分かっていた。何でも自分一人で、全て魔法で解決しようと思うことこそが傲慢だと、つい最近気付いたのだから。


 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ