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幼い熱情

 


「さて、それじゃあ帰るか。魔法でフォルストまで送るよ」


「え、あ……」


 どうやらリオンは自分がラウリス国の中央都市、フォルストから歩いてきたと思っているらしい。もしかすると、迷子だと思われているのかもしれない。


 すると、その場に聞き慣れた声が響き渡った。


「アイラぁーっ!」


 まるで猪が唸っているような野太い声にアイラはぱっと顔を上げる。


 森の草木を薙ぎ倒すように、獣道の奥からこちらに向かって突進してくるのは父のディオスだ。迷子になった自分のことを相当、心配していたのだろう。


 ディオスは獅子のような剛毛な髭を生やしている厳つい顔だというのに、アイラの姿を目に映した瞬間、瞳を大きく見開いてから、ぽろぽろと涙を流していた。

 しかし、こちらへと向かって来る様は猪そのものだ。


「アイラ、アイラ、アイラぁっー! 心配したぞ! 勝手にどこか行きおって……!」


 ディオスに突撃されるように抱きかかえられたアイラは、髭が生えているディオスの頬によって勢いよく頬ずりされてしまう。

 普段から、抱きかかえられることはよくあるが、頬ずりされると硬い髭が当たって、少しだけ痛い。


「と……とうさま……。おひげ、痛いです」


「おっと、すまない。……む? こちらは……?」


 ディオスはアイラを地面の上へと下ろしてから、すぐ傍に立っていたリオンに改めて向き合った。


 どうやら彼は、アイラのことが心配で仕方がなかったらしく、見知らぬ少年の存在に今、気付いたらしい。


 アイラがリオンのことを紹介する前に、リオンは真っすぐと背を伸ばしてから、ディオスに向けてにこりと笑った。

 まるで彼が纏う空気が一変してしまったように別人に思えた。


「お初にお目にかかります、ラウリス国のディオス王。……カルタシア王国、第一王子のリオンと申します」


 リオンの畏まった挨拶に、アイラは目を瞬かせた。


 カルタシア王国、王子──。

 つまり、ラウリス国の隣国、カルタシア王国の王家の人間ということだ。


 意味を理解したアイラはしばらくの間、驚きによって口が開いてしまう。


「おおっ!? 貴殿がリオン殿下か! ようこそ、ラウリス国へ! ……しかし何故、このような場所へ……?」


「本当は昼頃にこの国へ到着する予定でしたが、思ったよりも早く着きまして。ディオス王が狩りから戻られる前にこの国を眺めておきたかったのです。なので、少しの間、森の中を散策させて頂いていました」


 歳はそれほど変わらないように見えるリオンは大人相手にはきはきと話し、自分の意見を真っ直ぐと伝えることが出来るようで、アイラの瞳には大人びて見えていた。


「すると、あの熊……貴殿が倒したと言うのか!」


 ディオスは仰向けに倒れている熊に視線を向けつつ、驚きの声色を含んだ言葉でリオンへと訊ねる。


「魔法で、ですが」


 ディオスは興味深そうな瞳でリオンをじっくりと眺めている。アイラは思い切って、先程の出来事を口にすることにした。


「……と、とうさま。こちらの方が、熊に襲われそうになったわたしを助けてくれたの……」


「何と……! そうでありましたか! 我が娘を見つけて頂いただけでなく、助けてくださったとは……」


 ディオスが頭を下げようとするのをリオンは右手で慌てて制し、首を横に振ってからアイラの方へと視線を向けて来る。

 彼の視線は先程までとは違い、少しだけ戸惑っているようにも見えたが、気のせいだろうか。


「いえ、自分に出来る事をしただけですから。……それより、そちらの……」


「ああ、この子は我が娘のアイラです。……ん? お前、そのリボンはどうしたのだ?」


 ディオスに訊ねられたアイラは恥ずかしくなって、身体を小さくした。

 するとアイラの様子から何かを察したのかディオスはリオンとアイラを交互に見やり、やがて満足そうな笑みを浮かべてから、ただ頷いた。


「そうか、そうか……。良かったなぁ、アイラ」


「……うんっ」


 頭を飾っている赤いリボンがリオンに貰ったものだとディオスは察してくれたようで、深いことは聞かずにアイラの肩を優しく、ぽんっと撫でてくれた。


「では、リオン殿下よ。礼は改めてするとして、とりあえず今は城へ戻りましょうか。この森にはあの熊のように人を襲う獣が多いですからな」


「そうですね」


 三人で移動しようかと話していると、木々の隙間から若々しい声がやがて聞こえ始めてきた。


「あーっ! 隊長、ディオス様が居ました!」


「居たぁぁぁっ! やっと見つけたぁぁぁ!」


「おーい、こっちだ! こっちに居たぞ!」


 その声の主達は狩りのために森へと入っていた城の仲間と狩人達のもののようだ。


 次々と、茂みの中から顔を出してくる男達は誰しもが厳つい顔をしているが、それでもアイラの姿を見つけるやいなや、どこか安堵したような柔らかなものへと変化していた。

 やはり、彼らも森の中で迷子になった自分のことを心配していたらしい。


「おお、良く見つけたなぁ」


「見つけたなぁ、じゃないですよ! ディオス様、あなたの通った後は草木が薙ぎ倒されているので分かり易いくらいです!」


 一国の王に対してこのような軽い口調で叱る事が出来るのはこの国だけだろう。


 狩りで獲ったものは皆に分け与えて食べることが習慣として根付いているため、血が繋がっていなくても、自分達は大きな家族のようなものなのだ。


「ああ、アイラ様もご無事で……! 本当に良かった……」


「全く……。好奇心があるのは良いことですが、周りの者の事も考えてくださいよー! 俺、もう心配で、心配で……」


「こりゃあ、城に帰ったらイグリスに怒られるぞー」


 彼らは自分が姫君という身分だから心配をしているのではない。家族だからこそ、本当に心から心配してくれているのだ。


 ここに居る者達はそれぞれ年齢が違うが自分のことを娘か妹のように思って、いつも接してくれる。

 それが分かっているからこそ、アイラは自分の軽率な行動を改めて恥じるしかなかった。


「ご、ごめんなさい……」


 アイラは自分を探してくれていた仲間達に真っすぐ向き合ってから、頭を下げた。


 もう、二度と自分勝手な行動はしないように気を付けたい。でなければ、また仲間達に迷惑をかけてしまうだろう。


「まあ、それくらいにしてやってくれ。ほら、それにカルタシア王国のリオン殿下の前だぞ?」


 ディオスが苦笑しながらリオンの方に目を向ける。


「ふぇっ!?」


「うおっ!? わっ……ほ、本物のリオン殿下!?」


 それまでアイラのことに集中しすぎてリオンの存在に気付いていなかったのか、若い狩人達は背を伸ばしてから、急に態度を改めた。


 普段はディオスやアイラのような国王一家を相手にしているため、畏まった雰囲気や態度を取ることが苦手だと自覚しているようだ。

 リオンは他国の王子であるため、彼らなりに失礼がないようにと真面目な顔を取り繕っているらしい。


 そんな狩人達を見て、リオンは小さく笑った。


「自分はただの子どもです。どうか、そのように畏まらないで下さい」


 本当に同世代の子どもなのかと疑ってしまうほど、リオンは自分と違って言葉も態度もしっかりしているようだ。


「では、城までお連れいたしましょう。──ヒュトス、ホルン。お前達はあの熊を城まで運んできてくれないか」


「はっ! 畏まりました! ……って、ええっ!?」


「これ、リオン殿下がお一人で倒したんですか? 魔法で? 凄いなぁ……」


「ほう、これは良い毛皮になりそうだな」


 仲間達が思わぬ収穫に喜びの声を上げる中、緊張が少しだけ解けたアイラはふっと溜息を吐く。

 すると、隣に立っているリオンがアイラだけに聞こえるような声で囁くように笑った。


「あー……。おれも後でクロウに怒られるかもな……」


 リオンの口から零れたのは先ほどとは違う、そこらにいるような子どもらしい口調だ。


「クロウ……?」


「おれの護衛だよ。おれのことをずっと見張っている子守り係みたいな奴がいるんだ。……せっかく、空気が綺麗で自然が豊富な土地に来たんだから、少しくらい自由にさせて欲しいよなぁ」


 盛大に溜息を吐くリオンを見て、アイラは困ったような顔で疑問に思ったことを訊ねた。


「……王子様って、大変ですか?」


 アイラは一応、ラウリス国の姫という立場だが、自分もその周りもあまり「立場」については気にしておらず、誰もが気さくに話しかけてくるし、接してくる。


 この国の王が民族をまとめた(おさ)のようなものであるため、格式張っている王国がどのようなものなのか知らずにいた。


 だからこそ、「本物」の王家の人間であるリオンに話を少し聞いてみたいと思ったのだ。


「うん? んー……。まぁ、そうだな。何たって、おれが第一王子だし。……でも、この国には面倒事は持ってこないから安心しろよな?」


 そう言われた時、最初はその意味が分からなかった。

 でも、きっと自分がこれから大きくなれば、真意を知ることが出来るのだろう。その答えに、リオンが頼もしい表情で笑っていたからだ。


「……リオン、様」


「何だ?」


 人懐こそうな瞳が自分だけを映す。


 今日、初めて会ったというのに、どうして胸の奥がくすぐったい感じがするのだろうか。


 このような気持ち、今まで味わったことがない。だからこそ、この感情をどのように呼べばいいのか分からずにいた。


 それでも、アイラは伝えたいと思ったことを思い切って伝えることにした。


「わたし……。わたし、いつか……。いつか、リオン様の──」


 まだ、アイラが六歳になったばかりの柔らかな春。

 爽やかさと甘さが混じった淡い感情が生まれて初めて宿った瞬間だった。


  

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