不機嫌の理由
それから、村を荒らして回っていた盗賊達が捕まったのは一時間後のことだった。
単独で魔具専門店へと向かったイグリスだったが、案の定、そこには深夜の店で魔具を盗もうとしている盗賊達と鉢合わせすることになった。
彼女は一人で三人の盗賊と剣を交えては圧倒し、店の商品である魔具を一つも傷付けることなく奪い返したらしい。
一方でアイラは村人の家を襲おうとしていた盗賊の隙を突くように、背後から襲撃しては問答無用で気絶させていった。
外での騒ぎを聞きつけた村人達も加勢してくれて、農作業などに使う縄を用いて、アイラが気絶させた盗賊達を縛り上げてくれたのには助かった。
また、宿屋を村人達の避難場所として守っていたクロウも時折、突撃してこようとする盗賊を出入り口の扉の前で迎撃しつつ、村人を誰一人怪我させることなく守りきったらしい。
こうして、アイラ達の手助けにより、村人は怪我をすることなく全員が無事で、大きな被害はそれ程出なかったようだ。
しかし、村を荒そうとしていた盗賊を全員捕まえたわけではないらしい。イグリスいわく、馬を使って逃げて行った影をいくつか見たと言っていた。
捕まえて縛り上げている盗賊に関しては、この周辺の地域に駐在している騎士団に引き渡すと村長達が言っていたため、任せておいても良さそうだ。
きっと、仲間を置いて逃げた盗賊も騎士団が探して捕まえてくれるだろうとクロウが言っていた。
恐らく先日、リオンが国王のウォルフ宛てに盗賊団についての手紙を出していたので、アイラの知らないところで、色々な手筈が整えられているのだろう。
全てが綺麗に片付いた頃には夜がそろそろ明けようかとしている時間で、アイラ達は村人達からお礼の言葉を受けつつも、朝になるまで少し休むことにした。
体力はある方だが、それでも眠いものは眠い。
アイラは部屋へと戻る前にリオンに無事だということを報告しようとしたが、今は顔を見せない方がいいとクロウに苦笑しながら言われてしまい、結局はそのまま言葉をかけることなく就寝した。
・・・・・・・・・・
リオンはふと、それまで騒がしかった村内に静寂が戻りつつあることに気付く。アイラ達が怪しい者達を無事に制圧したのだろう。
村人達の喜ぶような声が窓の外から微かに聞こえてきたため、荒事が終わったのだと察していた。
「……」
ずっと、部屋の窓から外を眺めることしか出来なかったリオンは自分の小さな右手をぎゅっと握りしめてから、窓の横の壁を叩いた。
「くそっ……」
今の自分は七歳児の姿だ。それゆえに、魔力も魔法を制御する力も半減以下となっている。
簡単な魔法ならば何とか扱えるが、相手を制する魔法は扱いが難しくなってくるため、今の自分がどれほど足手まといな人間なのか自覚していた。
それでも、自分は王子だ。王子は、国王は、民のために存在している。
だが、現状の自分はどうだろうか。
魔法もろくに扱えず、戦力にもならず、守られるだけの存在となってしまっているではないか。自分はそれを何と呼ぶのか知っている。
……こんなの、ただの役立たずじゃないか。
情けなくて、不甲斐なくて、自分自身が嫌になってしまう。
十数年、鍛えてきた魔法が自分の思い通りに扱えないことがこれほどもどかしく、苛立つことだとは知らなかった。
この小さな身体は一体、誰だ。まるで、自分の魂が別の入れ物となる身体に入っているような感覚がするのは気のせいだろうか。
……俺は、魔法が扱えなければ、ただの子どもに成り下がってしまうということか。
嫌なことに気付いてしまったリオンは更に顔を顰めてから舌打ちした。心さえも狭くなっているようで、紛らわせるために唇を強く噛んだ。
こんな身体、嫌いだ。
惨めで、恥ずかしくて、情けない。
アイラの傍には、十七歳としての自分が傍に居たいと思うのに、それさえもままならない。本当に憎らしい身体だ。
……でも、一番嫌いなのは……今の自分を認められない俺自身だ。
アイラは今の自分をどう思っているのだろうか。小さい自分のことを心の中で、蔑んではいないだろうか。
彼女ならば、そんなことはしないと分かっているのに、悪い方へと考えてしまうのだ。
……アイラに拒絶されたら、俺は──。
それ以上を考えることから逃げるように、リオンはもう一度、窓の外へと視線を向ける。
もうすぐ、空が白んでくる時間だ。それでも心に淀みを溜めたまま、リオンは抑えきれない感情を溜息へと変えて、静かに吐くしかなかった。
・・・・・・・・・・
翌朝、顔を合わせた際のリオンは明らかに不機嫌だった。
本人は不機嫌なことを隠しているつもりなのだろうが、長年傍に居るクロウやリオンの表情を見ることが好きなアイラにはすぐに察せられた。
そこでアイラは次の町へと出発する前にクロウが泊っていた部屋へとこっそり訪ねてから問いただしてみた。
「……リオン様、どうして今日は機嫌が悪いのでしょう」
「ああ……。それはきっと、昨晩の盗賊達を返り討ちにする際に仲間外れにされたあげく、放置されたからでしょうねぇ。リオン様は正義感があるお方ですから。……村人達が危険な目にあっているのに自分だけが安全な場所で高みの見物はしたくはないと仰っていましたが、無理矢理に部屋に閉じ込めて、出られないようにと結界を張っておいたことで、さらに機嫌が悪くなられてしまって」
「それは……」
怒りたくもなるに決まっている。リオンは困っている人間がいれば、なりふり構わず突っ込んでしまう真っすぐな性格をしている。
もちろん、王子だという責任からきていることもあるだろうが、半分以上は彼が人に対して優しい性格をしているからだろう。
それゆえに、昨晩の件で手助けが出来なかったことを相当悔しく思っているに違いない。
「まあ、あまり気にしなくてもいいですよ。今、リオン様は絶賛反抗期中ですから」
にこりと笑ってから、クロウは軽く手を横に振っている。十年以上、リオンの従者をやっているだけあって、手慣れているらしい。
「大体、これから国王となれば、自分の意思で思い通りに動くことが出来なくなる状況が増えるんです。そのことを自覚させないと、いつまで経ってもあの方は人の上に立つ王にはなれませんからね。……もっと、我々の存在を上手く使ってもらわないと」
「……つまり、リオン様の成長のため、ということですね」
アイラが真顔で訊ねるとクロウは小さく噴き出しながら頷き返した。
「そういうことです。……ですが、この件に関してはあなた様にも言えますよ、アイラ姫」
「え……。私も?」
つい首を傾げてしまうと、クロウは肩を竦めながら答えた。
「恐らく、イグリスにも言われていると思いますが、アイラ姫はリオン様の婚約者でもあり、未来の王妃でもあります。あまり荒事には突っ込んで欲しくはないのが本音ですねぇ」
「うっ……。き、気を付けます」
「と、申しましてもアイラ姫はリオン様と通じるところがあるので、お止めする方が大変そうですが」
そう言って、クロウは面白そうに笑っている。無理を強いてまで、アイラの突発的な行動を止める気はあまりないのだろう。
「……自由にして頂き、ありがとうございます」
狩猟と自由を好むラウリス国の姫だからという理由で、アイラは特にカルタシア王国の細やかな規則や型にはめられるようなことは強いられてはいない。
それでも、リオンと結婚する日がくれば、そんなことを言っていられなくなるのだろう。
「……ちゃんとした王妃様になれるように、頑張ります」
アイラが両拳を作り、意気込むとクロウからは漏れるような笑い声が返って来た。
「きっと、リオン様もアイラ姫のそういう素直なところに惹かれているんでしょうねぇ」
「え?」
「いいえ、独り言です。……さて、そろそろ出発の準備をしましょうか」
「あ、そうですね。お邪魔してすみませんでした」
ぺこりとアイラはクロウに頭を下げてから、部屋を出る。宿屋の廊下には自分以外は誰もおらず、静かなままだ。
ちらりとリオンの部屋に視線を向けたが、まだ出て来る気配はない。
アイラはこの後、どうやってリオンの機嫌を直そうかと考えつつ、出発の準備をするために自分の部屋へと戻るのであった。
昨晩、盗賊達を撃退したことで、アイラ達は村人達にお礼の言葉を雨が降るように浴びせられていた。
中にはお酒やお菓子をお礼として差し出そうとする村人もいたので、偶然居合わせただけで、たいしたことはしていないからと言葉だけ貰っておくことにした。
彼らは自分達が身分ある者だと気付いていないため、ただの旅人だと告げただけで、名前を明かすことはしなかった。北の大地を目指すこの旅は世間には極秘とされているからだ。
足がつくようなことをすれば、色々と詮索されかねない。そうなってしまえば、気苦労を受けるのはリオンだ。
村長だけではなく宿屋の主人や、魔具専門店の店主達からもお礼と労いの言葉を受けつつ、そろそろ出発しなければならないからと、アイラ達は準備を整えて村を出ることにした。
捕まえた盗賊達は現在、村の屈強な男達が見張っているらしく、このあと馬車に乗せて、近くの騎士団まで運ぶらしい。
騎士団の人間には後処理を任せるようで申し訳ないが、リオンの時間は限られているため、アイラ達は見送りに来てくれた村人達に手を振り返しながら、エギリン村を出発した。




