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闇夜の襲撃

  

 アイラ達が王城を出発してから、四日程が過ぎた。

 北の大地までの距離はすでに半分は越えているらしく、あと数日もすれば大魔女ソフィアの元に辿り着くだろうとクロウが言っていた。


 その日はエギリンと呼ばれている村に泊まることになった。小さな村だが街道沿いの村で、旅人の多くが立ち寄るため、主に宿泊や観光業を生業としている村らしい。

 旅人向けの料理屋や武器、防具を売っている場所、魔具専門店などが立ち並んでいた。


 それなりに繁盛しているようで、どこかの酒場では夜遅くまで飲んでいるのか賑やかな声が風に乗って、宿屋まで流れてくるほどだ。


 今日は部屋を一人一部屋ずつ取ってくれたらしく、リオンは心底安堵した表情で溜息を吐いていた。

 本当は一緒のベッドで寝たいのだが、リオンの精神的な面を考えて別々の部屋に寝ることになってしまったのだ。


 アイラはリオン達に就寝の挨拶をしてから、一人部屋へと戻る。

 そして、荷物から先日、魔具専門店で買った「月の女神の涙」が入った小袋を取り出した。


 首飾りを窓辺の縁へと持って行き、月明かりが射し込む場所へとそっと置いた。


 ……また、今日もリオン様に渡せなかったなぁ。


 指先で乳白色の雫を軽く突いてみる。

 月明りが雫の中に吸い込むように収まっていくのはいつ見ても不思議な光景だと思うが、魔力の保有量が少ないアイラにはこの首飾りに清浄なる力が宿っているのかまでは判断出来なかった。


 ……明日こそ、ちゃんと渡そう。


 クロウの確認によって、リオンは月の光を浴びることで、その間だけは十七歳の姿に戻ることが出来ると判明している。


 夜の間だけ成人に戻ることが出来るならば万が一、姿が元に戻らなくなったとしても、王家は安泰だと笑っているクロウをリオンが凄い勢いで腹に一発入れていたが、何故怒っていたのかは理解出来なかった。


 イグリスはそんな二人に何かを察したのか、かなり嫌悪するような表情でリオンを見つめていたので、彼らの間で理解出来る言葉なのだろう。


 ……でも、リオン様は元に戻りたいだろうな。


 アイラは窓辺から離れて、靴を脱ぎ、ベッドへと入った。一人で寝ることに慣れているが、やはり温かな熱は恋しいものだ。


 ……あと少し。あと少しで、北の大地に辿り着く。


 きっと今頃、リオンの身体は元の姿に戻っているのだろう。


 それでも、アイラは会いに行きたい本心を押し留めて、リオンが寝ている部屋に突撃するようなことはせずに静かに眠ることにした。


 夢の中でも会えるとそう信じて、目を瞑ってしまえば、あっという間にアイラの意識は遠のいていった。



・・・・・・・・・・



 夢の中へと落ちていたアイラの耳に入ってきたのは不快な音だった。酒場の騒ぎが風に乗ってここまで届いているような、そんな賑やかな音ではない。


 嫌な予感がすると咄嗟に判断したアイラはすぐさま、ベッドから跳び起きて、窓辺へと近づいた。


「……」


 ここは二階だ。だが、窓の外の家々の間を黒い影が駆け抜けていったような気がして、アイラは更に目を凝らす。


 今、月は雲によって隠れているが、それでもアイラの目には確かに黒い影が動いた瞬間が見えた。


 それも一つや二つではない。かなり多くの数の影が動き、そしてその影のいくつかがアイラ達が泊っている宿屋の方に向けて走って来ている。


「っ!?」


 瞬間、アイラはその影の持ち主が良からぬことを企んでいる者達ではないかと覚った。


 これはただの勘だ。外れるなら構わないが、もし今、自分が見た黒い影が例の盗賊団だったならば──。

 そう考えるよりも先にアイラは動いていた。


 脱いでいた編み上げブーツに足を滑り込ませて、靴紐を結び、腰に長剣と短剣をすぐさま下げた。


 そして、扉をそっと開いてから廊下へと出る。

 夜の狩りですっかり慣れたことで夜目は利く。たとえ薄暗い廊下だったとしても、アイラの瞳にははっきりとした光景が見えていた。


 他の三つの部屋で眠っているはずの三人は起きていないようで、物音は聞こえては来ない。


「……」


 それでも、床が軋む音が次第に近づいてくる。この音は階段を上ってくる音だ。重く、静かな足音。明らかに、夜に歩くことに慣れている音だ。


 そして、階段を上ってきた影が視界に映った瞬間、アイラは短剣をすぐさま抜いて、その影に向けて一閃を薙いだ。


「んがっ!?」


 返ってきたのは、何かが潰れたような唸る声だった。


 アイラの短剣が接触したのは金属だ。黒い影が持っている剣を弾き返したことは明白で、そしてその持ち主は体勢を崩したのか、背中を大きく仰け反らせていた。


 黒い影は後ろへと倒れるように階段下へと転がり落ちていき、鈍く大きな振動と共に床が割れたような音が響いた。


「……まずは一人」


 夜に動くことも得意なアイラは階段をゆっくりと下りて行き、そして倒れている黒い影に短剣を向けながら馬乗りになり、息があるかどうか確かめてみる。


 ……気絶しているみたい。


 つい、容赦なく剣を振るってしまったが死んでいないようで安心した。

 そう思っていると階上の部屋から足音が一斉に聞こえ始め、そして同時に三つの扉が開かれる。


「何だ!?」


「何事です?」


 見上げれば、息を荒くしながら階段下を見下ろしてくるリオン達が居た。リオンは雲が月を隠していることもあり、姿は七歳児へと戻ってしまっているようだ。


「あ、アイラっ!?」


「わぁ……。アイラ姫が大男に剣を向けつつ、馬乗りしていらっしゃる……」


「お嬢、そいつの息の根、止めましたか」


 リオンは目を瞠り、クロウは苦笑しつつ、イグリスは平然とした表情でアイラが倒した男の生死を訊ねてきた。


「生きていますよ? ちょっと気絶させただけです。でも、宿屋の外にはどうやらこの方のお仲間がいるみたいですね」


 アイラは大男の上から下りて、短剣を鞘へと収めた。


「え、もしかして……」


 そこでクロウが何かに気付いたようで、アイラは同意の意味を込めて頷き返す。


「窓の外で、灯りも持たないまま怪しく蠢いている人達がいました。もしかすると、噂の盗賊団なのかもしれません。私はとりあえず、盗賊団を叩きのめして来ますので、この方を縛り上げておいてください」


「なっ……。おい、アイラ!」


「あ、もちろん、リオン様はお留守番ですよ? 出てきては駄目ですからね」


「はぁっ?」


「それじゃあ、村の方に被害が出ていないか見回って来ますので。……イグリス、準備が出来次第、付いて来て」


「了解致しました。剣を持って参ります」


 真面目な顔で頷き、イグリスはすぐに部屋へと戻っていく。

 体術で相手をねじ伏せることも可能だが、もし盗賊団が相手だった場合、武器を持っている可能性があるので念のために剣を装備しておいた方がいいだろう。


「では、私もお供しましょうかねぇ。リオン様は部屋で待機していて下さいね。宿屋から出てはいけませんよ。盗賊達が室内に入って来られないように結界を張っておくので」


「はぁ!?」


 そう言って、クロウはリオンを部屋の中へと追いやった。正しくは閉じ込めたと言った方がいいのかもしれない。

 今のリオンはクロウよりも持っている魔力が少ないので、クロウが作った結界を破ることは出来ないと踏んでいるらしい。


 ……リオン様はカルタシア王国の唯一の王子だし、怪我をさせるわけにはいかないもの。


 クロウの判断にアイラは安堵しつつ、先に宿屋を出た。

 宿直しているはずの宿屋の主人の姿を見かけないが、彼は無事だろうか。恐らく、その辺りもクロウが確認してくれるだろう。


 宿屋に侵入しようとしていたのは先程の大男だけだったらしい。

 だが、こちらに向かっていた影は一人ではないはず──。


 そう思うのも束の間、背後から気配がしたアイラは素早く長剣を引き抜き、振り返りざまに両断するように一閃を薙いだ。


「がっ……」


 長剣を介して、手に残った感触は金属を跳ね返したものと同じだ。出来るならば殺生はしたくはない。


 アイラが冷めた瞳で、自分を襲おうとした人物を見ると、そこには長身で身体つきの良い男がいた。

 素顔が知られないようにと口元には布が巻かれているが、目元は苦々しく歪められており、アイラの行動が彼に対して油を注いだことは確かだろう。


「この女……っ!」


 男は長剣という得物が手元から放れてしまったため、腰に差していた短剣を素早く抜いた。


「うーん……。なめられていますねぇ」


 アイラが女だからという理由もあるのだろう。溜息を吐きつつもアイラは長剣を構え直した。


「名前を名乗る前に剣を振り下ろすなんて、礼儀がなっていませんよ?」


「うるせぇ! ……おい、見張りの奴はどうした!?」


「大男さんのことを指しているならば、先程、階段から突き落として私が気絶させました」


 さらりと述べるアイラに対して、長身の男の瞳がぎらりと光る。


「くそっ、あいつ……しくじったのか……!」


 アイラは長剣の刃先を男に向けつつ、首を小さく捻った。


「世間で噂の盗賊団の方々だとお見受けしていますが……訂正はありますか?」


「はっ……。誰が自分の身元を明かすようなことをするかよ」


「そうですか。まぁ、良いです。捕まった後にでも問い詰める時間はたっぷりあるでしょうから。……私がやるわけではないですが」


「なっ──」


 男が言葉を発するよりも早く、アイラは男の間合いへと入り、持っていた長剣で相手の短剣を弾き飛ばした。

 男は不意を突かれたことにより、体勢を整えるのに時間がかかっているようだ。


「……──イグリス!」


「はぁぁっ!」


 アイラの呼び声に反応するように、頭上から気迫のこもった声が響いて来る。


 宿屋の二階の一室の窓から飛び降りてきたのは装備を身に纏ったイグリスで、彼女はアイラが対峙していた男に向けて、頭上から強烈な跳び蹴りを一発お見舞いしていた。


「ごふぉっ……」


 イグリスの跳び蹴りにより、想像以上に男の身体は吹っ飛んで行く。身体は数回ほど回転しながら地面の上を転がっていったが、彼の首がしっかりと付いているか心配だ。


「お嬢、ご無事で!?」


 跳び蹴りをした後だとは思えない程に、イグリスは音を立てることなく、その場に綺麗に着地した。


「大丈夫です。でも……あれは少しやり過ぎでは……」


「お嬢に近づく不埒な野郎は私が一人残らず、ぶっ飛ばすと決めているので」


「リオン様はその中に入れないでね」


「……善処します」


 イグリスは苦いものを食べたような表情で返事を返してくる。心の中ではリオンのことを一発くらい殴りたいと思っているようだ。


「とりあえず、クロウさんが宿屋の守りを固めてくれるならば、リオン様の身は安全でしょう」


「クロウが結界を張って、この宿屋を村人達の避難場所にすると言っていました。村人がいたら、宿屋へ逃げるように伝えて欲しいと言付けを貰っています。……それと、お嬢。お嬢も身分ある姫君で、そしてリオン殿下の婚約者であることをお忘れなく」


 まさかイグリスからリオンの婚約者という言葉が出て来ると思っていなかったアイラは思わず、ぽかりと口を開けてしまいそうになるのを何とか抑えつつ、苦笑いした。


「自分の身くらい、ちゃんと守れるから大丈夫。それよりも村の人達が心配だし、早く助けにいかないと……」


「……もし、例の盗賊達が狙うならば、魔具専門店なのでは?」


「それだっ! それじゃあ、私は魔具専門店の方に向かうから、イグリスは……」


「私が向かいますので、お嬢はその辺りで村人の家を狙っている輩を叩きのめして下さい」


「ええー……?」


「駄目です。……お嬢がお強いことは分かっていますが、私の役目は本来、お嬢を護衛することです。……つまり、何が言いたいか分かりますね?」


 イグリスがすっと目を細めて、アイラを脅してくる。どうやら、言うことが聞けないならば、動くなという意味が含められている視線のようだ。

 アイラは盛大に肩を竦めながら頷き返す。


「ちゃんと守りますっ! ……でも、相手を殺してはいけませんよ? これは狩りではないのですから」


「心得ています」


 そう答えるやいなや、イグリスは村の中心と思われる広場に向けて駆け出していた。


 ……イグリスも私に甘いなぁ。


 だが、自分の剣術の腕を信用している証拠だろう。アイラは緩みそうになる唇を結び直しつつ、家々が建っている方向に向けて駆け出した。


 ……待っていてくださいね、リオン様。すぐに片付けてきますから。


 長剣の柄を握り直し、アイラは音を立てることなく闇夜へと紛れた。


  


いつも読んで下さり、ありがとうございます。

実は、特大で重大なお知らせがございまして、詳しくは活動報告を御覧頂ければ、と思います。

どうぞ宜しくお願い致します。

 

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