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月明り

  

 リオン達は魔法を使って盗賊団の件について書き記した文書を王城へと送り、その後に四人で夕食を食べてから今夜、泊る予定の宿屋へと向かった。


 しかし、宿屋で取れた部屋は三室で、誰かが二人で一部屋を使わなければならない事態となっていた。

 そこに元気よく手を挙げたのはアイラである。


「リオン様! 私と一緒の部屋で寝ましょう! 大丈夫です。二人とも小柄なのでベッドに入りきれますよ」


「だから、俺達はもう子どもじゃないから、一緒のベッドでは寝ないと言っているだろう!」


「でも、婚約者ならば、いつかは夫婦になるではありませんか! 夫婦は同じベッドで寝るものです。その予行練習だと思って、ご一緒しましょう!」


「何の予行練習をするつもりなんだ、お前はっ!」


 部屋の前で、アイラがじりじりとリオンへと迫っていく。


「お嬢に手を出したら、許しませんからね……」


 そこにぼそりと降ってくるのは、冷たさが含まれたイグリスの言葉である。

 彼女としてはアイラがリオンと寝ることを止めたいのだろうが、口にすることを我慢して、一室へと入っていった。


「明日も早い時間に出発しますからねぇ。それでは、お二人ともお休みなさいませー」


 イグリスに続くようにクロウも別の一室へと迷うことなく入っていく。


「おい、お前ら! 諦めるな! アイラも連れていけっ!」


 しかし、従者達はすでに聞く耳を持っていないようで、返事は返って来なかった。


「くそ……。何でこんなことに……」


「ほら、寝ましょうよ、リオン様。……あ、見て下さい。この部屋、街並みが綺麗に見えますよ。さすがは三階のお部屋ですねぇ」


 アイラはリオンの呟きを無視して、部屋の窓から外を眺める。

 ぽつりぽつりと見える灯りと、煙突からゆっくりと上っていく白い煙を見ながら、ここは王都ではない場所なのだとアイラは改めて実感した。


 リオンも一緒に寝ることに対して諦めたようで、部屋の扉を閉めて入ってくる。


「アイラ、いいか。俺は絶対にお前には触れないようにするから、お前もベッドの中央から俺が寝ている場所には入らないようにしてくれ」


 かなり真面目、というよりも顰められたリオンの表情に、アイラは小さく唇を尖らせる。


「ええっ? せっかく添い寝が出来ると思ったのに……。あ、寝相は気にしませんよ! 私も寝相は良い方ですし」


「そういう問題じゃない! ……お前は気にしないかもしれないが、俺は気にするんだよ。それに姿は子どもだが、俺自体は何も変わってはいない。一緒に寝て……我慢出来なくなったらどうするんだ」


「え? どういうことですか?」


 リオンが言っている言葉の意味があまり理解出来なかったアイラは呆けた表情で首を傾げる。


 そのことをあまり快く思わなかったのか、リオンは子どもらしく頬を真っ赤に膨らませてから、ベッドへと飛び込んでいた。


「知らん! 俺はもう、寝る!」


 そう言って、アイラの方に背を向けながら布団の中へと潜り込んでいく。

 拗ねているのか、それとも怒っているのか分からないが、アイラは小さく苦笑してからリオンに向けて就寝の言葉を呟いた。


「……お休みなさいませ、リオン様」


 リオンから返事は返ってこなかったが、アイラは特に気にすることなく、同じベッドへと身体を滑りこませていく。

 目を閉じれば、すぐ傍でリオンの気配と匂いが感じられた。


 ……今日は良い夢が見られそうかも。


 そんなことを考えては小さく笑っていたが、身体は思っているよりも疲れていたらしく、アイラは瞬時に眠りの中へと落ちて行った。



・・・・・・・・・・



 眠っていたアイラは、何かの気配を感じたため、瞳をゆっくりと開けた。

 この部屋の窓には、窓掛けがないので月明りが直接、射し込んできたことで少しだけ眩しさを感じてしまう。


「ん……?」


 何となく、寝る前よりもベッドが狭く感じたアイラは寝返りを打つようにリオンの方へと顔を向けてみる。


「あれ……?」


 瞳に映ったのは、小さなリオンではなく、十七歳の姿をしたリオンだった。


 整った顔立ちだが、顰めた表情のままで眠っており、そして何故か着ているシャツのボタンが数個ほど取れたのか、はだけていた。


「リオン様……お身体が、元に……戻って……?」


 身体を少し寄り添わせて、確認しようとしたが眠気の方が勝ってしまい、目が開けていられない状態になってしまう。


「夢、かぁ……。えへへ……。夢の中は便利ですねぇ……。夢の……中でも、リオン様と……」


 最後は言葉にならなくなってしまったが、アイラはリオンの匂いを嗅ぎつつ、そのまま身体を寄せて再び目を閉じた。


 柔らかな温もりは小さい頃、リオンと共に昼寝をした時に、寄り添った際に感じた温度と同じだった。



・・・・・・・・・・



 翌朝、リオンと抱き合うように寝ていたアイラを起こしたのはイグリスの怒号だった。

 彼女はアイラをリオンから引っぺがして、そして腰に手を当てながら、目を吊り上げつつ怒鳴った。


「どうして、服がはだけているんですか、リオン殿下! さてはうちのお嬢に手を出しましたね……!?」


 リオンはすぐさま飛び起きて、自身の状態を確認し、そして青ざめながら首を横に振った。


「うあぁっ……! 誤解だ! やめろ! 俺はアイラに何もしていない! その拳を収めろ、イグリス!」


 全力で反論するリオンに、イグリスは袖を捲り上げてから、一歩ずつ近づいていく。


 同様に叩き起こされたアイラはまだ寝ぼけているため、あくびをしながら、ぼんやりとその光景を眺めていた。


「リオン様……。子どものお姿だと言うのに、アイラ姫に手を……中々やりますね」


「誤解を招くような発言をするな、クロウ! いいから、話を聞けっ!」


 普段よりも荒々しい言葉で吐き捨てつつ、リオンは何とか従者二人を大人しくさせた。


 何の話をするのだろうかと首を傾げていると、リオンは一つ咳払いをしてから、はだけた服のボタンを留めていく。


「実は、昨夜……俺の身体が元の年相応の状態に戻ったんだ」


「何ですと?」


「え?」


 それでは夜中、目が覚めた時に見たリオンの姿は夢ではなかったということだろうか。


「夜中、妙な感覚が身体中を駆け巡った気がして、何となく目を開いたんだ。すると、身体が元に戻っていて……。でも、眠気に勝てずにそのまま寝て、朝になってみたら、七歳児に戻っていた」


 腕を組みながら、唸っているリオンの身体をアイラ達は上から下まですみずみと見つめる。

 今の姿は七歳児のままで特に変わった様子は見られないようだ。


「これはあくまで推測だが……。多分、窓から月が射し込んでいたから、その光が身体に当たったことで元に戻ったんだろうな。月明りには清浄なる力が宿ると言うし、もしくは浴びることで魔力が高まるとも言われているからな」


「まぁ、確かにそういう話はよく聞きますよねぇ。魔獣の中には人間の姿に変身出来る者がいて、月の夜の際には本来の恐ろしい姿に戻るというおとぎ話などもありますから」


 リオンに同意するようにクロウはおっとりと補足する。


「まぁ、月明かりが関係しているかどうかは、今夜試してみるか。クロウ、今日はお前、月明かりを浴びた俺が元の姿に戻っているか、確認してくれ」


「えぇー? アイラ姫と一緒に寝ればいいじゃないですか」


「精神が削れるから勘弁してくれ」


「そうは言っても、今朝は抱き合って寝ていたくせに……」


 恨みがましく呟くのはイグリスである。リオンによる弁明を聞いたあとでも、怒りはまだ収まっていないようだ。


「だから、俺はアイラに何もしていないと言っているだろうがっ!」


 リオンの情けない声がその場に響き渡る。それでも、従者二人は打ち合わせをしたようにリオンに対する精神攻撃をやめることはなかった。


 

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