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魔具

  

 クロウが王城の厩舎から連れ出して来ていたリオンの愛馬は栗毛で、人懐こい性格をしており、すぐにアイラでも乗りこなせた。

 アイラが座っている手前にリオンを座らせて、両腕で小さな身体を囲ってから手綱をしっかりと持つ。


「……屈辱だ」


 悔しげにリオンが呟いたがアイラは聞かなかったことにした。彼のことなので、自分の前では格好良くいたいのだろう。

 それなのに婚約者が手綱を握って馬を操っているため、そのことがお気に召さないらしい。


「……リオン殿下と言えども、うちのお嬢に何かしたら許しませんからね……」


 アイラ達の馬の後ろからはイグリスが鹿毛の馬に乗って、付いて来ている。彼女の地を這うような声に向けて、リオンは吠えた。


「するわけないだろうが!」


「さぁ、どうでしょう。何たって昨晩は一緒のベッドで寝ていらっしゃいましたからね」


 冷たい声で切り捨てるように言い張るイグリスだが、やはりまだ今朝のことを気にしたままらしい。


 頭の下では短く唸るような声が聞こえる。

 アイラは小さく笑ってから、右手で前方を指さした。


「ほら、見て下さい、リオン様」


「……何だ?」


「馬に乗って、背を伸ばすといつもの自分の目線よりも高くなって、気分が良くなりませんか」


 視界に広がっている景色は、農地ばかりだ。王都を出発してからすでに二時間ほどが経っており、日がすでに高い位置まで昇ってきている。


 前方から吹いてくる風は春らしく、暖かで柔らかい。

 農地の作物の葉が風で揺れては眩しい緑を生み出していく。

 

 本当に美しい景色だ。


「でも、きっとお互いに見えているものにあまり変わりはないと思うんです。大事なのは見え方なので」


「……」


 アイラ達とすれ違っていく者達は旅の衣装を着ている。そんな彼らに王子一行だと気付かれることがないまま、ゆっくりと前に進んで行く。


 リオンの状況を考えれば、呑気だと思われてしまいそうだが、アイラにとっては幸せだと思える瞬間の一つでもあった。


「えっと、それで……何が言いたいのかというと……。リオン様と一緒に色んな景色を見られて、嬉しいなぁと思っています」


「っ……」


 すると、リオンは身体を何故か小刻みに震わせていた。

 具合でも悪いのだろうかと思っていると、道案内をするように前方を進んでいるクロウがこちらへと振り返り、にっこりと笑った。


「リオン様は怒ったり、喜んだり、色々と大変ですねぇ」


「うるさいぞ、クロウ!」


 クロウに向けてすぐに歯を立てるように反論したリオンだったが、結局アイラがその後話しかけても、曇ったような返事しか返してくれないのであった。



・・・・・・・・・・



 北の大地と呼ばれている場所まで一本道らしいが、それでも建前上は視察であるため、近隣の町や村に寄りながらアイラ達は先へと進んでいた。


 今、アイラ達が立ち寄った町はフラウスと呼ばれている、国内で三、四番目くらいに大きい町である。

 旅人が立ち寄る要となる場所なので宿屋も多く、クロウの提案で今日は休むには早いがこの町で一泊していこうということになった。


 宿屋を決めてから、近場の馬場に馬を預けて、アイラは初めて来た町をさっそくリオンと共に見て回ることにした。


 王都以外の場所を訪れるのは初めてであるアイラはつい、はしゃいでしまいそうになる心をぐっと抑えてからリオンの方へと振り返る。


「王都の城下町とはまた違う賑わいのある町ですね」


 あちらこちらに視線を向けては、アイラは感情の赴くまま足を運びそうになってしまう。

 何故なら、道の両側に並んでいる飲食店から美味しそうな匂いが漂ってくるからだ。


「そうだな。……だが、表から見えないものこそ、自分の目でしっかりと見なければいけないな」


「……リオン様はあまり王都の外に出られたことはなかったんでしたっけ」


「ああ、近隣の町や村なら、行ったことがあるんだが、馬に乗って遠くの場所まで行くのは初めてだな。この町にも随分、前に訪れた以来だ。……まぁ、こういう形にはなったが、またしっかりと計画を立ててから視察をしにきたいな」


「ふふっ。では、その時も私がお供いたしますね!」


「……お前、観光気分で付いてきたいだけだろう」


 リオンは溜息を吐いてはいるものの、気落ちしているようなものではなく、ただアイラのことを仕方のない奴だというような表情をしていた。


「リオン様、せっかく町に立ち寄ったのですから、今の魔力の量と質に合った魔具を購入してはいかかでしょうか」


 見回るための準備が整ったクロウがアイラ達の後を追いかけながら、こっそりとリオンへ耳打ちしてくる。


「……やはり、買わないと駄目か」


「ええ。だって、今のリオン様の魔力は通常の頃よりも半減していますし、出力だって安定していないと仰っていたでしょう? それならば、ちゃんとした子ども用の魔具を買って、装備した方がいいと思います」


「どうせ、リオン殿下のことなので、お嬢の前で格好悪いところなんて見せたくはないという理由で、魔具を使わないだけでしょう。……全く、不満を言っている方が子どものようで、格好悪いというのに」


「うっ……」


 追い討ちをかけるイグリスの言葉にリオンはうなだれているようだ。恐らく、図星だったのだろう。


「分かったよ! 買えばいいんだろう、買えば!」


 リオンは拳を作った両腕をばっと頭上へと掲げてから、まるで宣言するように言い切った。


 どうもリオンを上手く動かす際にクロウとイグリスの息がぴったりな気がするが、気のせいだろうか。

 そう思いつつもアイラは魔具専門店へと向かうリオンの後ろを小走りで追いかけるのだった。




 魔具専門店の中にはアイラが今まで見たことのないものが溢れるように並べられていた。


 宝石にも見える石は魔力が込められた魔石(ませき)なのだろう。首飾りや指輪に加工されているものもあり、女性が身に着けやすいようにと工夫されているようだ。


 その一方で、アイラが最も気になっているのは魔法の力を宿した剣だ。柄の部分の魔石に四大元素となる力が込められており、簡単な魔法が扱える剣となっている。

 初めて見る物に興味津々なアイラは、出来るだけ触れないように注意しつつ眺めていた。


 ちらりと視線を向ければ、リオンとクロウはどの魔具が一番身体に合うのか、装着しては心地を試しているようだ。


 ……でも、魔具って思っているよりも高い物なんだなぁ。


 アイラが使っている長剣や短剣はどれも普通の物だ。ただ、手に馴染んでいるものであるため、お気に入りと言うべきだろう。


「……なぁ、今の魔具の値段の相場ってこのくらいが普通なのか? 前はもう少し抑えられた値段だったように思うんだが」


 数種類の色を宿した魔石が埋め込まれている銀の腕輪を眺めつつ、リオンが店主へと訊ねると店主は目を丸くしてからどこか感心するように頷き返していた。


「おや、魔具の相場が分かるのかい? 何とも賢い子だねぇ」


「俺は子どもじゃない! って、それよりも魔具のことだ。……王都の方ならば、この魔具と同じ物ならあと三千ディルは安いはずだ」


「うむ、君の言う通りだよ。……実は値段を上げなければならない事態が起きていてね」


「何か問題でもあったのか?」


 店主は子ども姿のリオンが見た目そのままの年齢だと思っているらしく、穏やかな口調で話を聞かせてくれた。


「ここ最近、周辺の町や村を襲う盗賊団が出没するようになったんだ。しかも狙っているのは魔石が付いた魔具ばかりだ。道行く旅商人の荷物を襲ったり、魔具専門店を襲ったり……。酷い時では、一般人が持っている魔具を強奪したりしているようでね……。そのせいで、魔具の値段が以前よりも少し高値で取引されるようになったのさ」


「何だと?」


 耳に入れていないと言わんばかりにリオンは顔を顰める。


 念のためにクロウの方に視線を向けてみるが、王子付きの護衛である彼も知らない情報のようで、どうやら本当にここ数日の間に盗賊団が好き勝手しているらしい。


「まだこの町には盗賊団は押し入っていないが、それでも隣町はやられたらしいよ」


「それはいつの話だ?」


「昨日の夜の話さ。君達も今夜、この町に泊まるんだろう? 自警団が夜に見回りしているとはいえ、十分に気を付けてくれよ。……それで、お買い上げはその腕輪でいいのかな?」


「え? あ、ああ」


 リオンは店主の話を聞きながら、自分の財布を取り出して、銀色の腕輪を購入した。


 結局、最後まで店主はリオンのことを子ども扱いしてきたが、すでに諦めているらしく、特に文句を言うことなく魔具専門店から出た。


 四人は道の途中で立ち止まってから顔を見合わせる。


「しかし、盗賊団ですか……。王城にはそのような通達は来ていませんでしたねぇ」


「ここ最近の出来事だと言っていたが、各地方の領主達が私兵や自警団を使って、王城に通達を入れる前に何とか盗賊団を捕まえようとしているのかもしれないな。……だが、魔具の相場に影響が出る以上、放置しておくわけにはいかないだろう。クロウ、この件について父上に報告しておきたいから、あとで伝書を送ってくれ」


「はい、かしこまりました」


 七歳児に見えていてもやはり中身は十七歳のままで、リオンは険しい顔付きでクロウへと指示を出していた。


 ……小さくてもちゃんと、王子様なんだなぁ。


 見た目が小さくても、彼の心は一つも変わらない。それが嬉しくて、アイラはリオンに気付かれないように、ふっと笑みを溢していた。


 

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