奇想小話『中秋の名月に送られる月並み』
中秋の名月の日になったので夕方頃に『耳年増』にかかった女性に教わった丘に行ってみる。
道中様々な人、動物、果ては神や悪霊が登りゆく月を眺め雑談をしているのをそこかしこと見受けられた。
森に入り暫く歩くと、目的の丘に着いた。その丘は一面にススキが揺れており、最近は煩くなくなった鈴虫が心地よい音を奏でていた。
-なるほど絶景か-
と丘の一番上になりそうな位置で腰を下ろし静かに月を見つめる。
場所によっては月から餅が降ってきてきたりする地域が在ったりするし、この地域でも日によっては月をつくウサギが見れたりもするが流石に今日は腰を下ろし普段ついている月を眺めゆっくりしているのかもしれないのかこの日の月はこの世もこの世の外も変わらなかった。
秋風の中にいる冬の匂いも感じつつ、持ってきた少量の酒と適当に買ってきた大福を食べていると。奥の方から大きくススキが揺れた。
待ち人は居ないはずだが。と思ったがそもそも、ここは私有地と思い出し家の者だろうと思い身を起こし着崩していた服装を直し、付着しているススキの穂を払い落とす。
月明かりに照らされて現れたのは、この場所を教えた女性だった。
「「こんばんは」」
顔を合わせた二人が同時に発する。運命的な出会い、逢引、傍から見ている人が居ればそう考えただろう。
しかし、月明かりに照らされた彼女の顔はこの前会ったときより少々老けていた。
「おめでとうございます」
「ありがとうございます」
こちらから少し距離を置き、立ったまま月を眺める。しばらく、お互いが月を眺め、サーと秋風が吹いた後、女性が口を開く
「お相手は月の住民でして」
残った酒を飲み干し言葉を交わさず話を促す。
「うん十年ほど待ちましたが、ある日この中秋の名月の日に迎えに行くと手紙が着て」
「老いていくことも忘れて子供のようにはしゃいでました」
聴く必要はなかったが、迎えが来るまで暇だろうとわかりきったことを聴いてみた。
-老いていく恐怖はもうないですか?-
「老いは望みでした。残りは枯れる前に人生を謳歌するか枯れ果てようとも共にあるかだけで御座います」
声には力強さがあった。きっとこの質問に回答するのと自身の考えに念を押すためでも在ったのだろう。
そうですか。と言い続けて、なにか気の利いた事を言おうとしたが特に良い言葉が浮かばなかったのでお幸せにと月並みの事を言った。
「不老不死の薬でも渡せればよかったのですが、お姫様でも無いですし魔女でもありませんので、本当に申し訳ありません」
と謝られた。世話をした覚えどころか世話になった記憶しかなかったので、少し難しい顔をしていると
「この日の事、私が居た事、そして私がどうしたかを覚えていただけるだけで十分ですよ」
と月から顔を離し顔を会わせた。
瞬間、静かになった。鈴虫の音もすすきの揺れる音も聞こえない。気がつけば彼女の後ろには美丈夫が立っており、静かに彼女を見つめている。
声は聞こえなかったが「それではお元気で」と口がそう言っていた。彼女は振り向き一歩また一歩と美丈夫に近づいていく、その度に彼女は老いて行き最後は倒れそうになっていたが、倒れるよりも先に美丈夫の胸に飛び込んだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆
寒さで目を覚ます。いつの間にか寝ていたか?と月を見上げると真上にあった月は傾き始めていた。
風邪でも引いたらかなわんと、帰路につくために顔を下ろしたが、ふと思いもう一度見上げて
-お幸せに-
と月並みの言葉を言って、顔を月から離し帰路についた。