奇想小話 『入国審査と言う名の始まりの地』
この『この世の外』にも始まりと言われる地がある。
正確にはそう言われているだけで本当にそこがそうかわからないのだが、そう言われる所以は、この世界に初めて来る時にどんなモノでも必ず最初に訪れ、かつ一度しか訪れることができないからである。そこは、小さな草木が生い茂る誰もない丘で、
私が初めて訪れたときは、真っ白な雲がゆったりと動く空に、静かに優しい風が吹いていた。
その時の私は暫く立ちすくんだ後、唐突に丘に寝転がり暫くゆったりと動く雲を眺め、何故か涙を流し
流れる涙が止まるまで青空を見つめた後、丘を降りこの地に降り立った。
骨董品屋で働く顔馴染みの店員は、丘に片時雨が降っていたらしく
ただ、本人は濡れることを気にすることもなく降ってない場所と降っている場所を互い違いに散歩し気がついたら丘を降りていたと言っていた。
黄泉の境界で働く友人の時は星がよく見える夜で星を見つつ朝焼けが見えるまで眠り、朝焼けを見ながら丘を降りたらしい。
猫又を連れ家によく来る少年は、夕日とそれを追いかけるように浮かぶ月が印象的だったと呟いた。
何人かはある種の入国審査とも言っているのを聞くが、あながち間違いのかもしれない。
私も時折もう一度行ってみたいと思いつつも、そういう日に限って
真っ白な雲がゆったりと動く空に、静かに優しい風が吹くあの丘の夢を見るので
目覚めた後、神妙な顔をして「かくあれかし」と小さく呟き、その日は日がな一日を穏やかに過ごしている。
片時雨:ある場所では時雨(しぐれ=降ったり止んだりする雨)が降っていて、他の場所では晴れていること
かくあれかし:『このようであれ』、『こんなふうであってほしい』という意味




