妖精
ある暑い日の午後。アイネスは窓際でぐったりしていた。
「暑いわ…。なんで今日はこんなに暑いのかしら。」
呟けば、呟きに反応して小言がふってくる。
「いつまでそんなにだらしない格好をなさっているのですかお嬢様。もう少ししっかり課題に取り組んで頂きたい。」
小言と共にアイネスのデスクの上にはどっさりとマナー講座やら帝王学やら貴婦人学やらの資料が山積みにふってくる。
「それに、お嬢様。今日の服装はいささか品がない。」
シュンに言われてアイネスは立ち上がり鏡の前に移動して自分をうつす。
鏡の前には胸元まで開いた淡いピンクのノースリーブシャツに太股まで露わになった白いミニスカート姿がうつる。
ーーーー確かに露出はおおいかな?
だけど、今日は特別暑い。だからこの位は露出して少しでも涼しく過ごしたい。そんな思いで選んだ服装だった。
「良いじゃない別に。今日は暑いんだもの。ここにはどうせシュンしかいないし。」
「そう言う問題じゃない。だいたいお嬢様はセンスが悪い。」
カチン
「別にいいでしょってば!だいたいこんなに暑いのに黒いスーツ着てるシュンだっておかしいわよ。見てるだけで暑苦しいわ。」
カチン
「俺はお嬢様と違って場をわきまえてますからね。そんなにだらしない人間でもないし。」
暑さは二人の苛立ちを助長する。
「私がだらしないって言いたいわけ?そう、ならだらしない人とは結婚しなきゃ良いんじゃない?今なら辞められるわよ結婚。」
「なっ!誰もそこまで言ってないだろう。だいたいアイネスを手放す気はない。」
「だったらもう少し優しさないの?シュンはいつも小言小言で嫌になるわ。」
「小言言われないように少しは努力したらどうですかお嬢様。いつまでもバカだから小言がつつくと思わないのか?」
売り言葉に買い言葉。二人のイライラは募るばかり。
「バカっ!?……はっ、もう良いわ。シュンなんて嫌いよ。大っ嫌い!結婚なんて辞めるわ!」
アイネスが声を荒げるとシュンはアイネスを壁際に押しつける。
「っ!何するのよシュン!」
ドンッ!
シュンの手がアイネスの顔の横に力強く叩きつけられる。アイネスは思わず一瞬目をつぶってしまったが、次に目を開いたときには壁とシュンに挟まれ身動きが出来ない状態となっていた。
そこにはシュンが怒った顔がある。
「絶対に結婚は辞めない。例えアイネスに嫌われても離さない。」
そう言うとシュンがアイネスの唇を塞ごうと更にちかよってきた。
ゴン!
「~~っ!」
「そう、毎度毎度キスなんてさせないんだから。」
アイネスはシュンに盛大な頭突きをお見舞するとスルリとシュンから逃げ出した。
「アイネス!」
「ほっといて!追ってきたらシュンなんて大っ嫌いになるからね!絶対結婚してあげないんだから!」
そういえばシュンが追って来ないのを知っていてアイネスは外に出た。
「せっかくグラウン家のお嬢様にお越し頂いたのに、申し訳ありません。ナナお嬢様は現在お出かけになられていまして。」
「そうでしたのね。こちらこそ突然の訪問申し訳ありません。近くにきたものでお顔を拝見したかっただけなのでお気になさらないでください。」
はぁ……。
外は炎天下。
アイネスはナナの所に逃げ込んで見たがあいにくナナが不在のため再び外を歩いている。
ーーーー勢いで1人で出てきちゃったから後で怒られるんだろうな……。
そう思えば屋敷には戻りたくない。
かといってバース家に滞在中のキョウナの所に行けばシュンに筒抜けになってしまう。
しかし、外は炎天下。
アイネスは諦めて涼を求めにキョウナの元に逃げ込むことにした。
「申し訳ありませんグラウン様。キョウナ様は現在ご不在で。」
ここもか……。
アイネスはため息がでた。
「ところでグラウン様。お一人でお出かけになられているご様子とお見受けいたしますが、私どもがお送りいたしましょうか?」
バース家の使用人さんにそう申し出られたが、今更送り迎えして貰ってもどうせ怒られるのは変わりないからとアイネスは断った。
仕方ない。
帰って怒られよう。
何せ外は炎天下。
アイネスがとぼとぼ歩き出そうとすると再び使用人さんが声をかけてくれた。
「グラウン様、この暑さの中歩いて帰られるのはお体に負担です。グラウン様になにか有れば私どもシュン様に顔向け出来ません。せめてもう少し日差しが和らぐまでここでお過ごしになられては如何でしょう?もしかするとキョウナ様も戻られるかもしれませんよ。」
あぁ、なんて優しい使用人さんなのかしら。
シュンにはここに居ることを内緒にしてくださいとお願いすることを忘れずにその申し出に甘えることにした。
使用人さんはアイネスを庭園とつながっていて風が心地よく当たるテラスに案内してくれた。
そこはヒンヤリとしていてとても気持ちよい。
お茶の用意までして貰えアイネスは喜んだ。
さすがバース家ね。
シュンもここの使用人さん達みたいに優しい執事なら良いのに。
シュンは思い出す前も後も、気持ちがつながってからもいつも小言ばかりだ。今日だって服装位でグチグチ言わなくったって良かったのに。
あんな事で結婚してからもグチグチネチネチ言われたらたまらないわ。
はぁ………。
本当にこのまま結婚しても良いのかしら。
まだすこし時間があるにせよ、もう卒業の時期が見えてきていた。
それもあってからこのところ手続きやら結婚式に向けてのマナー講座や接待についての練習などやることも少し増えてきていて、辞めてもいいと言っても頑なに拒否して律儀に執事を続けてくれてもいるシュンからの小言もふえてきていた。
あの人小言言うために傍にいるみたい。
私が聞きたいのは小言じゃない。
お伽話の王子様のようじゃなくても良いから、ちゃんと言われてみたい。
「小言じゃなくてちゃんとプロポーズしてくれればもう少し色々頑張れるのに。」
「あら。まだプロポーズされていないの?」
「!?」
1人で呟いた事に返事が返ってきた。驚いて声の方を振り向けばそこには紫色のフンワリとした衣装をきた一人の女性が立っていた。
「こんにちは、素敵なお嬢様。」
優しく微笑むその女性は透明感溢れる白い肌に、薄い桃色のかみをなびかせまるで妖精のようだとアイネスは思った。
「キレイ……。」
思わず見惚れてしまっているとつい心の声は音となる。
「まぁ、ありがとうございます。私はエレン。お嬢様のお名前は?」
「あ、アイネスです。」
「可愛らしい人ね。ところでアイネスはどうして一人なの?貴方の彼は?」
「シュンのこ、と?彼は……いません。」
喧嘩して逃げてきたからと言えず俯けば
「あら、その顔は喧嘩でもしたのかしら?」
「!」
「フフフ図星ね。どうして喧嘩したの?」
柔らかく微笑まれ優しく問われれアイネスはつい全て話した。
まるで魔法にかけられてるみたい。この人の前だと素直になれる。
「エレンは妖精なの?初対面なのに凄い話し込んでしまって。すいません。」
「まぁ。ふふ、アイネスは本当に愛らしいわ。」
つい、話しやすくて色々シュンの愚痴まで言ってしまったアイネスが謝ればエレンはクスクス笑う。
「でもねアイネス。貴方が本当に夫婦になりたいならお互いを思いやる気持ちやお互いの立場になって考えるって言うことも大事よ。残念だけど好きだけじゃ夫婦は続けられないの。」
微笑みながらゆっくりエレンは語る。
「病めるときも、健やかなるときもどんな形でもお互い共に成長しあい支えあわなきゃ。貴方はシュンがどうして小言を言うと思う?バース家はこの国一の財閥よ。交流もたくさんあるし、貴方の知らない水面下でシュンにも沢山縁談は会ったはずよ?バース家にそれを断られたら、断るきっかけとなったグラウン家に風当たりは強くなるでしょう?そうなった時やり込めるだけの知識や、経験が必要だと思わない?もちろんグラウン家の当主は優秀だわ、だけどそのグラウン家にも迷惑が行かないように手配して風当たりを一心にうけているのはシュンよ。きっと風当たりはつよいわ。貴方は全部強くあたる風をシュン1人で受けさせるの?だけど、万が一シュンが受けきれなかった風は貴方が受け止められる?」
エレンの言うとおりだ。
アイネスはハッとする。今までは学生という守られた立場だったからわからなかった。
でもシュンは違う。もう立派にバース家補佐として働いている。
それに、バース家にならバース家の財産目当ての婚約話は来ていてもおかしくない。アイネスはシュンの事を忘れた婚約者だったのだから。
「つ!私帰ります!シュンに謝らなきゃ!」
立ち上がり踵をかえそうとすると柔らかい手に掴まれた。
「…?エレン?」
「まだ駄目よアイネス。来て。」
エレンはテラスの奥の部屋へとアイネスを誘う。奥の部屋に入るとそこには色とりどりの布が置いてあった。
「キレイ……。だけど、これは布?」
「違うわ。アイネス、これはキモノって言うんですって。昔どこかの国が羽織っていた勝負服らしいわよ?」
「勝負服?」
「そう。そうね……アイネスはこれかしら?」
エレンはそう言うとアイネスに布を当て始めた。
ここまでお読みくださりありがとうございます!
キモノ
いいですよねー。個人的には好きです。
あとは日曜日更新か、出来たら今日もう一回更新予定です。
更新出来なかったらすいません。
ブックマークいつもありがとうございます!




