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シュンSIDE 1

 「アイネス、お前と婚約者殿の結婚の日程が決まったぞ。」とグラウン家の当主が言えば、アイネスの栗色の可愛らしい瞳が動揺の色につつまれる。

 ポニーテールされた髪がブンブンと振りまわされているのを見ればそうとう多分混乱しているのだろうと見て取れる。

 

 ーーーーやっぱり、まだ思い出してはくれていないようだ。


 確かめる為にも軽口を叩いてみれば


 「あら、ロン。あなた私が羨ましくてすねてるの?何たって毒舌、性格悪過ぎて28才まで彼女なしの独身だもんね。そこを言うと私はあなたに言われっぱなしでもクビにしない優しくて、まだ未来有る19才だものね。」


 何を言ってるんだか。他の女なんて興味ない。


 「そう思いこみたいならそう思いこんでいる方がお嬢様にとっては幸せですよ。」と返せば彼女はこちらを見つめてくる。

 

 あぁ、どうせこっちを見るなら思い出してくれれば良いのに。



 グラウン家の当主は俺が彼女の婚約者だと言うのは知っている。もちろんアイネスが俺を忘れてしまっていることも。

 だから当主に頼んで記憶を取り戻せるようそばに置かせて貰っている。だけど、いつ迄もこのまま記憶が戻るまでそばに居ることも出来ないからとりあえず卒業するまでと期限を決めさせて貰った。

 どっちみち卒業したら俺が彼女を貰う約束は前々からしてた。


「ま、まってください!私はそもそも軽いノリで婚約したよーとは幾分か昔に聞いた様な気がしますが、本当のことだったのか、いつ誰と婚約していたのかも知らないし、私の意思は全く汲んではいただけないのですか?私の拒否権は??私、その婚約自体破棄したいんですけど!」


 破棄?拒否?知らない?

 アイネスが全く微塵も思い出していない事を肯定されて溜息がでる。


 拒否なんかさせる訳がない。こんなにも長い間待ってたのに。人の気も知らないで。


 「全く!!聞いてません!!というか、なぜ私が拒否権ないのをロンが決めるのよ!」


 なぜって、アイネスが好きだから。手放したくないからに決まってる。




 

 アイネスが部屋から出て行ったあと、グラウン家当主と溜息が被る。


 「シュン君はこれで本当にいいのかい?君があの子を大事に思っててくれるのも、あの子が君を慕っていたのもわかるから私達は反対しないけど。今のあの子は多分本当に君を忘れたままだよ?君が辛くなるのでは?」


 「……今更ですよ。それに、あんな事があって忘れられたままはやっぱり嫌ですからね。思い出してもらえないことも考えてこうしてそばに置いてもらってますし。」


 「そうか……。すまんな。」


 「いえ、何時も御協力感謝してます。」


 


 軽く礼をして当主の部屋を後にする。さて、今後はどうせめていこう。結婚まであと二年。



 アイネスの部屋につけば彼女は無防備にベッドに横たわっている。寝てはいないようだが。

「婚約が決まって嬉しいのがわかりますが、些かそのカッコは頂けませんね。はしたない。」


 多分起きてはいるんだろうが反応がない。


 「聞いてますかお嬢様。脳なしだけじゃなくて、耳なしなんてどこまでも迷惑なかたですね。そんなに大の字で寝転んでるとパンツ見えますよ。公害になり得ますし、見えたとき不愉快なのでやめてください。」


 からかってみれば飛び起きる。



 「ーーーー最低。」


 はぁ…。なぜ俺が最低最低言われなきゃいけない?


 「それはさておき。お嬢様、婚約期間が2年しかないので少しはお相手様に相応しいよう、迷惑にならないようその貧相な脳みそを鍛えねばなりませんね。」


 「ちょっ!ちょっとまってくださいロン!私はこの婚約も、結婚も全く知らなかったし、本当に結婚するつもりもないんです。だいたい、こんなのってないわ!その婚約者だって婚約者よ!何にも私に接点もなくてよく結婚だなんて言えるわよね!頭可笑しいんじゃなくて?私は、私は!これから好きな方を作ってその方と結婚します!ええ、2年以内に結婚します!しますとも!私は私で相手を選ぶつもりです!」


 「!?」


 目の前で泣き出す彼女にモヤモヤする。

 

 「本当に思い出せないんですか?お嬢様?」


 忘れただけじゃ無く、俺以外を見るのか?


 ただの能なし脳なしじゃなく、極めた究極のバカだった嘆かわしいと盛大なため息をついて私を暴言で蹴散らした。あんなに会っていたのに。

 全てを忘れた彼女が憎らしい。俺はこんなにもアイネスに捕らわれているのに。


 こんな言葉じゃなくて、いっそ押し倒したら衝撃で思い出してくれるのか?なんて思えてしまう。だけど、やっぱり彼女が愛しくて大切だから傷つけたくない。

 俺は気持をごまかすように彼女に授業を始めた。なのに、彼女には全く授業が身に入っていなのが手に取るようにわかる。


 「……今日はここまでにしましょう。全く浮かれ過ぎですかね?全然身が入ってない。」


 「ロン……本当に婚約のことを教えてもらえないかしら?というか、なぜ4年しかここに勤めてないあなたでもわかるの?」


 「………今の今まで勉強に身が入らなかったのはそんな事を考えていたからですか?」


 「………」


 イライラする。


 「………はぁ。……お嬢様、世の中には仕事を途中から参入してきた者のために「引き継ぎ」なるものがあるのはご存じですか?お嬢様の過去も知らなければ交友関係など把握できないとお考えになられたことは?日頃からただのうのうと暮らしているだけなのですか?このバカが。」


 「……はい。聞いた私がバカでした。」


 彼女に当たっても仕方ないのに、あの時ちゃんと受け止めていたら。そもそも彼女を止められていら。………自業自得かな。


 「お嬢様?」

 俺が考えこんでいたのと同じようにアイネスもなにか不穏な事を考えていたらしい。


 「見てなさいよロン!私は気づいてしまったのよ。婚約者の正体を暴いたも同然よ!そして結婚破棄してみせるわ!」


 ああ、またおかしな事を思いついたな。


 部屋を飛び出したアイネスを追いかけるべく溜息をついたあと部屋を後にした。



ここまでお読みくださりありがとうございます。

しばらくシュンSIDEで続きます。


ゆるゆる不定期更新予定です。

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