扉
“シュン・ロネスタ・バース”
耳もとでカイの声が反芻する。名前を聞いても今一つピンと来ない。なんでだろう…。
「なんだか、名前を聞いてもピンと来ないって顔してるねアイネス。」
私の顔をみてカイは笑っている。
「こりゃ、シュンのやつ相当がっくりきたんだろうね。家の弟は本当に君を気に入ってて……」
「バース様!!!」
カイの言葉が言い終わらないうちに不機嫌丸出しのロンがやってきた。
「バース様勝手にウロウロされては困ります。旦那様がお待ちですのでご案内したいのですが、待合い室にもいらっしゃらないので探しましたよ。」
言葉使いは丁寧なのになぜそんなに不機嫌丸出しなのか疑問である。そんなにカイを探していたのかしらとアイネスは首を傾げるが、不機嫌丸出しのロンなど気にすることなくカイはニコニコしている。
「やあ、久しぶり?になるかな?ロンくん。つい可愛い弟のシュンのお嫁さんを見に来たくなっちゃって。」
カイの言葉を聞いてロンは更に険しくなる。そんなロンとは対照的にペロリとしたを出すカイの仕草はやっぱりがぜん実年齢よりも若く見える。衣装によっては女の人にもなれるのではないかしらともアイネスはおもえた。そしてついついロンと見比べると………やはり、ロンの方が老けてみえる。
思わずロンの方が老けてみえるわと呟いてしまえばロンは鬼の形相で睨んできた。
ーーーーロンは悪魔だけじゃなく鬼にもなれるのね。思わずビクリと怯えてしまう。
「バース様…………。とにかく余計な話はしないで旦那様がお呼びですのでこちらにどうぞ。」
ロンはそう言うとカイの襟首掴んで強制的に引きずって歩く。
ーーーーロン。それは失礼なのではと注意しようとも思ったが、カイがにこやかにこちらに手を振ってくれてるのでロンとのギャップに呆然として注意しそびれてしまった。
えっと…………。ど、どうしよう。
怒濤のやり取りのあと、ポツンと一人取り残されてしまった。とりあえず、少し頭の整理をしてみよう。
えっと、私の婚約者はシュン・ロネスタ・バース様で、次男さん。で、この国一の財閥で、跡取りはカイ・ロネスタ・バース様。今日はなぜかカイへロンへの気持を暴露して、シュンとの婚約破棄を願ったら拒否されて………。でも、ロンへの影響が無いわけで……。
思わず空を仰ぐも何も良い答えは浮いてこず。
ーーーー結局、私はどうすれば良いのかしら。
とりあえず、今日は天気が良いので現実逃避してみよう。このままここで昼寝しててもいいわね。もしかしたら寝て起きたら何か新展があるかも知れないわ。
思いたったら吉日。アイネスはごろんと芝に横になり目をつぶった。何か変わってますようにと願いを込めて。
ーーーー
“アイネス?アイネス?こんな所にいたのか?風邪ひくぞ?”
“……。んー。だれ?”
“全く、アイネスは寝たら中々起きないな。困った寝ぼすけさんだな。”
“むー。じゃあ、私が起きなければちゃんと起きれるように起こしてよ。あ、そうだ。この間みた御伽噺のお姫様はキスして起こして貰ってたよ?私もそうすればすぐに起きるんじゃない?”
“なんてませた事言ってるんだ。”
“だって、****は王子様見たいにかっこいいもん。キスしてくれたら起きちゃうよ。”
“はいはい。”
私……寝てた?
また夢をみたのかな?どこか懐かしい気がするけど誰が夢に出てきたんだろ?わかんない。まさか、婚約者のシュン?いや、でも、顔覚えてないし………。妄想?
既に夢の内容も朧気になりつつある。
まだ微睡んでいる時にお嬢様と呼ばれた気がした。
ふっと、目を明ければそこには覗き込む黒瞳と目が合った。いつもなら漆黒に見える髪が太陽に背を向けているため逆光になりうっすら紫にも見える。
「……ロンもたまには優しく王子様みたいに起こしてくれればいいのに…………。かっこいいんだから。」
フフフと、笑えば溜息混じりで呆れた声が返ってくる。
「何をバカなこといってるんですか。それよりいい年してこんな所で寝ないでください。もうすぐ誕生パーティーじゃないですか。主役がまた風邪ひいて居ないなんてシャレにならないですよ。」
ーーーーそんなことを言われても、まだ眠いんだもの。だって今日はこんなに天気が良かったし。それに今は何にも考えたくないんだもの。
黒髪の持ち主の溜息混じりの小言が聞こえたような気もするが今はとりあえず現実逃避に浸ろう。そう思って再び瞼を閉じた。
ーーーー目が覚めるといつの間にか日はどっぷりくれていて、更にいつの間にか部屋のベッドにいた。そして、なぜかそこに居たロンにお説教された。
また何時ものように。これはもしかして今まで長い長いリアルな悪い夢をみたのかなとも思わせる位何時ものようにロンに怒られている。
「だいたい、お嬢様は脳が退化しただけにとどまらず野生に帰化しているようですね。19にもなって、外で寝るとは。そこまで貴方の脳は使い物にならないんですか。」
俺の5年間の教育は何だったのかと嘆きだしているロンの言葉は無視してふっと思ったことを思わずロンに聞いてみる。
「ねえ、ロン。もし、私に婚約者がいたらどうする?」
「………いや、既にいるじゃないですか。頭可笑しくなりました?」
ーーーーあ、やっぱり。これだけ寝たのに現状は何も変わってなかったかー。って当たり前かぁ……。
「…………じゃあ、私がもし婚約者さん………シュンさんと結婚したらロンはどうするの?」
「………。カイ…様に聞いたんですか?」
「え?あ、うん。シュンさんと婚約してたんだって。あの国一のバース家だよ。……カイさんに断ったのに、シュンさんが私を溺愛してるから結婚は辞めないんだって。おかしいよね。会ったって記憶に残って無いのに、今も会いにきてなんて無いのに溺愛とか。おかしいよね。」
それで、ロンは私がお嫁さんになったらどうするの?と更に聞くと。
「別に。家庭教師兼執事はもう必要無いだろうから辞める。………やらなきゃ行けない仕事は他にもあ…!?お嬢様?」
………。ロンは辞めちゃうの?私から居なくなるの?やっぱり私はロンのお荷物だったの?からかわれてただけ?
ロンの言葉を最後まで聞き終える前に視界が歪んでいき、気づけば大粒の涙に変わっていた。
私、ふられたんだ……。
「ごめんなさい。今日カイさんと話してて色々分かって、気持が落ち着かなくて。ごめんなさい。ロン、落ち着くまで一人にしてて」
そういえばロンは、分かりましたと部屋を出て行ってくれた。
アイネスにはカチャリと閉まる扉の音はロンへの恋心の終止符に聞こえたようなきがした。
ここまでお読みくださりありがとうございます。
徐々に増えるブックマーク数に歓喜してます。本当にありがとうございます!
ゆるゆる不定期更新予定で続きます。




