実験
≪ぐぜええええぇぇ≫
のどかな昼下がり。調理場にて絶叫がこだまする。
昼食の支度で慌しかった厨房は、本来であれば夕食まで静けさを取り戻すはず...だったのだが、サリーの企てた「プロムの実で楽ちん魔力増強プログラム!」によって阿鼻叫喚の地獄と化した。
しかし、そこにいるのはサリーただ1人。さらに言えば、屋敷の中で今の騒動に気付いて居る者は、誰一人としていなかった。
「た、...たしゅ、け...。」
声にならない声で助けを求めるサリー。のたうち回りながらも床を這いつくばって、ドアまでなんとか辿りつこうと試みる。
(こんなことなら、料理長のトミーに結界を張ってって頼まなければ良かったよ。えぇーん。)
『いいわね、トミー。今私がここに居るのは誰にも内緒なのよ。』
『お、お嬢様、困ります。私であれば外界と遮断できる結界を張れますが、万一何かあれば...。』
『お願い、トミ~。あなたしか頼れないの。』
『うう゛~ん゛』
『お・ね・が・い(キラキラのうるるんビーム!よ)』
『...わかりましたよ。ちょっとの間だけですからね。』
という美少女の特権を乱用した顛末なので、自業自得だ。家族やフィラ坂君に言えば反対されて試せなかっただろうし、結界を張らずにやって異臭騒ぎになってしまっても大変だと思ったが故なのだが、肝心の自分の逃げ道をまったく考えていなかった。
ドンドンッ、ドンドンッ
(助けて...トミー!お願いだから気付いて!!)
ドアの真下にようやく近づき、意識朦朧とする中かすかに残った力を振り絞るも、結界が優秀なのか外からはなんの返事もない。
(やだよ、くさいよぉ。知らん人に刺されて意識失うのも嫌だったけど、汚物の臭いにまみれて意識を失うのはもっと嫌よ。明日からあだながうんこマンになっちゃうじゃない。いや、女の子だからうん子ウーマンか?ウーメン、...ウィーメン、じゃなくて...。はっ、一瞬意識が飛びそうに。いよいよやばそうね。いやよー、もしトミーが他の用事を思い出して私のことを忘れてたら、あと数時間はここに閉じ込められちゃうじゃない!肺が臭みきってしまうわ。そうなっては公爵令嬢、いえ、いち女子としてもう終わりな気がするわ。)
ううぅぅんんん。私は最後の力を丹田に集中させ、力を練り始めた。
うつ伏せで呼吸もままならないが、ダメで元々、やってみればなんとか立ち上がる気力は出てきた。
「これが、...私の、残った...全精力、ハァッ!!」
≪ドギャベキッドォォオオーン≫
どうやら、私の正拳突きがトミーの結界に打ち勝ったようだ。
ドアをバキバキに破壊し、大穴が空いたその奥から、トミーが目を見開きこっちを見て驚いている。
その光景を最後に私は意識を失った。
その後私はエリつんにしこたま怒られた。
メイド達を撒いて一人で調理場に行った事と、トミーに結界を張らせた事、とんでもない臭いの料理を作ってしまった事と、淑女あるまじくドアを破壊した事。
...いやちょっと待って下さい!トミーには騒ぎの報告を受けたお父様から、夜遅くまで叱責があったので、申し訳ないことをしてしまったとは思うし、とんでもない異臭を屋敷に解き放ってしまったのも弁解の余地はない。しかし、一人になったのは万一の犠牲者を減らすためだし、ドアを破壊したのはそれこそ淑女足り得るためにやった事だ。そうでなければくっさい女ミイラになっていたのだぞ!
「ともあれ、サリー様には今後料理のお勉強もしてもらいせんとねぇ。直接料理することは将来ないでしょうが、何かの拍子にそういった機会ができるかもしれません。その時に今日のようなとんでもないモノを生み出してしまっては、このアルストロメリア家の恥でございます!」
「そ、そうね。」
「それでは家庭教師とカリキュラムについて相談してきますので、今日は失礼します。くれぐれもおとなしくお休みになられて下さいね!」
「はぁ~い。おやすみなさぁい。」
はぁ~、夕食抜きで3時間説教はつらい。プロムの実のことは最後までごまかしきれて良かったけど。
ただそのせいで、普通に料理をしようとしてあの異臭物質を作ったのだと皆には思われ、かわいいけどちょっと抜けてる...というよりポンコツ?と評価がガクッと下がってしまったが、泣いて懇願したおかげで外部に漏れなさそうで安心した(「身内の恥を言える訳ありません!」と実際は頼むまでもなかった)。フィラ坂君に伝わってしまうと、変に責任を感じるかもしれないからね~。
それよりも、
キュポンッ
「んくっ、んくっ、んくっ、ぷひ~ぃ!」
美味しーい!お腹すいてたから余計にかも。
私は昼に作った、プロムの実と聖水を合わせた「プロムテイン」を飲んだ(筋肉がつくって話だからそう命名してみた)。
でもなんで回復魔法をかけると噂通り失敗したのに、聖水を混ぜた段階では美味しいんだろう?フィラ坂君はこの状態でも不味いって言ってたのに。
まぁいっか、お腹にもたまるし味もいいからこれだけは作って常備しておくかな、エリつんに見つからないように(なんかうるさそうだし)。