発露の儀
「サリー、いよいよ今日だな。サリーであればかわいさ属性が溢れ出て聖水がピンク色に染まってしまうかもなぁ!」
そんなわけない。何らかの複合属性によってピンクに染まる事はあるかもしれないが、かわいさ属性なるものがあるなんて事は家庭教師からは教わっていない。あるのは火・水・土・風の4大属性と光・闇の特殊属性合計の6つだけだ。
「父上、冷静に考えてみて下さい。サリーはきっと聖女なのですから、光属性で白く濁るはずです。」
「そうねぇ。義理妹のセシリアちゃんも聖女なのだし、その可能性が一番高いわねぇ~。」
ワル兄様(スチュワルトお兄様のことはそう呼び始めた)とフランお母様は比較的冷静なようだったが、それでも身内贔屓が過ぎる。そもそも叔母となるセシリア様とは何の血の繋がりも無い。私の事となると著しく知能指数が下がるんだよなぁ、この人達は。
家族達と賑やかな朝食を終え(いつも一方的に家族が私の事を誉めるだけだが)、自室に控えようと足を運ぼうとすると、エリつんがスススッとすり寄って来た。
「私は旦那様のご意見を支持します!」
うん、だと思った。
いよいよ儀式を執り行う時間となり、家族や使用人、フィラ坂君と巫女の女性達6人が祭壇に集まった。通常こんな大所帯にはならないはずなのだが(枢機卿に立ち会ってもらう人なんてまずいないし、巫女だって見習いが1人付く位が普通だ)、私が白装束のような服を着るとはいえ、水に浸かるのを他人に見られたくない!、と騒いだお父様が強引にフィラ坂君をねじ込んだ結果だ。
「ではサリー、祭壇の中央へ」
フィラ坂君に促され、歩を進める。既に巫女は所定の場所に着いていて、真言のようなものを唱えながら水晶に魔法を注いでおり、水晶は妖しくボウッと色付く。
チラッと昨日破壊してしまった水晶を盗み見たが、他のと同じくちゃんと光っている。よしっ、これで儀式に集中できる。
ホッと胸を撫で下ろし、魔法に対する期待が沸き上がってきた所でふと疑問に思う。
(これっていつ変化が表れるのかしら?)
心なしか周囲に配置された巫女の真言が大きくなっている。最初は聞こえるか聞こえないかくらいのボソボソ声だったのに、今は護摩行の際の坊主ぐらい汗を滴らせながら発声しているのだ。私も祈る女神ポーズで気取っていたのだが、何も起こらない事に焦り始め、指揮台のような所で見守るフィラ坂君へと視線を向ける。
「…ッ、仕方がないサリー、少し驚くかもしれないけど、君に聖洸気を当てて強制的に魔法力を引き出させるね!!」
聖洸気ってS級のやつ!?
なんだかわからないが、痛くはないだろうか?不安に身構える。
「いくよ!はぁっ!!」
フィラ坂君が金色のオーラを纏い出し、手を掲げてそのオーラを私に向けて放った。 あれって戦闘民族のエネルギー弾くらいヤバイやつなのでは?と思ったが、もう彼の手を離れて私に向かっている。
≪ビュオオオオォォ!!≫
しかし私に向けられたはずの聖洸気が触れる直前に何かに弾かれ、辺りに光を放ち周囲を魔力の奔流が渦巻いていく。
≪ッツツツツツツ≫
そこにいた全員が目を背け、騒ぎが鎮まった所で動揺が走る。
「…これは、一体どういう事なんだ。おいフィラー、サリーはどういう魔力を発現したんだ?」
私も訳が分からず、お父様の言葉に同調し、フィラ坂君を見る。
「...分かりません。聖水も今の衝撃で殆ど飛び散ってしまったようですし...。しかし、今言えるのはサリーは限りなく魔法力に適正がない、という事だけです。」
「な、...魔力がない?」
そこにいた誰もが、その事実に愕然とした。この世界では誰しもが持っているという魔力がない、というのだから。
えぇー、ショック!?本当に何もないのかしら。せっかく魔法のある世界にいるのだから使ってみたかったのに...。驚きと悲しみをはらんで、口を挟めないワル兄やフランお母様を尻目に、父は尚も食い下がる。
「し、しかし今フィラーの聖洸気を弾いたのはサリーの魔法ではないのか!?」
父は必死に娘の可能性を信じてくれている。ありがとう、でもそこまで庇ってくれると逆に泣きたくなってきちゃうよ~。フィラ坂君にもどうにも出来ない事だし。
「それも...よく分からないのですが。一番可能性が高いのは、巫女の魔力に耐えきれなくなった水晶がオーバーフローを起こし、特殊な魔力暴走を引き起こして聖洸気の行く手を遮ったからだと思われます。その証拠に、鬼門の方位の水晶<この世界では随一の硬度・魔法耐性を誇る雫水晶>が1つ粉々に砕け散っているので。」
あ、あの水晶は昨日私が割ってしまった奴だーッ!!今のどさくさでひっくり返り、割れた面を露出させてしまっている。大丈夫だと思ってたけど大丈夫じゃなかったんだ。じゃあこの騒ぎを巻き起こしてしまったのは私のせいじゃない!!
シーンと静まり返った空間に、ひとつのか細い声が響き渡る。
「ご、ごめんなさぁい...!」
精神年齢29歳でも身が震えるこの事態に、10歳の私の体は自然と涙をこぼしてしまう。
「サ、サリー!?あやまらなくてもいいんだよ。それに、泣かないでおくれ。」
「そ、そうよサリー、勝手に期待して重荷にしてしまったのは私達なのだから。」
「サリーが魔法を使えなくてもお兄ちゃんが必ず守ってやる!!サリーは魔力なんかなくていいんだ!」
私の家族が温かい言葉を投げかけてくれる。しかしそのありがたい言葉とは裏腹に、ボロボロと大粒の涙が私の頬を伝う。
「...私がッ(昨日調子にのってたから)、悪いのッ...、私が(フィギュアスケートの真似なんかせずに)、ちゃんとしてれば良かったのにッ、(水晶を割って大騒ぎにさせてしまって)...本当にッ、ごめんなさいッ!!」
泣いていてうまく言葉が繋げられない。しかし、幸か不幸か勘違いして私の告白を聞いていた周囲の皆は、そんなことはない!と慈愛をもって私に接してくれた。水の引いた祭壇の中央で家族に抱き込まれた私は、ちゃんと訂正ができずにただ泣くことしか出来なかった。