プロローグ
高梨紗枝 29歳 女 独身 彼氏いない暦29年
中肉中背(自己申告)、ありふれた喪女。おっしゃ!
っと、つい最近口癖となりつつある無意味な単語が出る程、私は疲れている。
同期が寿退社で早々に会社を去っていく中、スーパーのレジ打ちをしてもう10年を超える私は、もう立派なベテランチーフ。ともなれば仕事は増えていく訳で、今日も閉店間際まで残業なのだ。
「赤坂君ありがとねー、今日は公休なのに来てもらっちゃって~。」
「いいっすよ!明日は大学ないですし、深夜手当てで儲かるしw」
まったく今のご時勢こんないい子がいるなんて珍しいわね~、と目の前で朗らかに笑う赤坂君に対し微笑む。嫌だ、なんだか私おばさんみたい!こわやこわや...。
「高梨チーフっていつもこんな遅くなんですか?」
「ここの所はね。ほら、午後の吉澤さんがお子さんインフルエンザにかかったでしょ?だから私がフォローで入ってるから連勤になっててね。」
「社員って大変っすよね。絶対スーパーの社員にはなりたくないw」
それは私も入社以来ずっと感じている事だ。後悔先に立たず、無念。
「それにしてもよく体壊しませんね?チーフが病気で休んでるとこみたことないっすけど」
「体だけは丈夫だからねー。ほら私中高で柔道やってたじゃない?だから病気しないのよ笑」
「関係なくないっすかwっていうか柔道やってたんすね!初耳です。」
「お父さんが警察官だったからね、もう定年でずっと家にいるけど。小さい頃は恐くてお父さんに逆らえずに、嫌々。中学校からは部活があったからそっちで。友達もできて、部活が楽しくてねー。一応これでも全国まで行ったんだから!笑」
「えぇ!!すごいっすね、全然そんな風には見えないのにwじゃあチーフの彼氏は大変っすねw」
「どういうことよぉそれ!笑。っていうか彼氏今はいないし」
嘘です。29年いません。
「本当っすかぁ、こんなに面白いのに。」
面白いのかよっ!若干期待してたのに。ここは「かわいいのに」って言ってくれよ!
「もう、人をからかってないで仕事するよ!あとはレジ閉めてチェックしたら副店長に任せて私達はあがるからね。」
「うぃっす」
仕事モードに入るときちんと切り替えるんだよなぁ、赤坂君って。雑談するときも気さくで楽しいし、軽そうな調子とは似つかないくらい気配りも出来るし。
...私なんかじゃダメだよねきっと。
だめだめ、いつもの喪女モードが出てしまった。仕事中だぞ私!いくらお客さんがいないからといってチェッカーたるものいついかなる時も笑顔でなければ。
「いらっしゃいませ~」
よし、最後のお客様。終わりよければ全てよしだぞ私。
≪ズブッ≫
「ッ!?(ぇえ何!?)」
急に視界が下がり、全身を床に打ち付ける私。ばくばくバクバクと心臓の音だけが脳みそにこだまし、古い映画のように暗転していく景色を冷静な意識だけが俯瞰する。もしかして刺されたのかな私?でも痛くないし...いややっぱり痛い、どっかが。でも目の前にいたのはおばあさんで何も...後ろ!?確かに後ろにもお客さんが来てたみたいだし。わからない、どういう事??
「────さぁん!!」
薄れ行く意識の中で、最後に赤坂君の声だけが聞こえた気がした。