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Born was life. Born was limited

 結果として話すと、シャルムは彼の家に泊まりに来た。少年にとっては緊張の一言でしか言い表せないが、シャルムは目を輝かせている。そうは言っても不便な事はあるだろう。お風呂は彼女の家の物とは比べ物にもならないし、飯も彼女の家の至高品とはかけ離れている。


「泊まるのは初めてだなぁ」


 と彼女はリビングに座り呟く。スカートで少し隠された足を、放り出すように伸ばし、少年が作るご飯を待っている。彼の知識は乏しく、貴族が食べる様なご飯を想像する事は出来ない。出来たとしても、今日は魔力不足で何も作り出せないが。


「…………………………」


 彼は無言で料理を続ける。何時もなら、魔力を行使し、作り出しているのだが、今回はそれが出来ない。「奴」との戦闘は予想外だった。結局、出掛けるのも湖畔のみ。別に他に行く場所も無かったが少しもったいないような気もした。彼女を守れたという自信は彼を包み込んでいる。成長はしている。じゃなきゃ、無傷で「奴」に勝てる訳が無い。それが安心に変わる。行き過ぎた慢心にはならない様に気を付けなくてはならない。慢心は油断を生む。それは致命的にも程がある。


「君の料理なんて初めてだよね?」


「そうだな。何時もは作り出してたから。ていうか俺も料理する事事態久しぶりだ」


「そっか。でも意外だよね。君が料理なんて出来るなんてさ」


「それは偏見じゃないか?」


「そんな事無いよ」


 シャルムはそう返すと本を読みだした。少年が愛読している文芸作品だ。何の変哲も無いサスペンス物なのだが、完成度がそれなりに高い。


「この本面白い?」


「あぁ。まぁ、面白いぞ」


 と少年は手を休める事なく答える。包丁の扱いは慣れている。話しながらやる事なんてお手の物だ。流石一人暮らしをしているだけはある。このご時世、自分で料理をする男性は珍しい。


「貴族でもそういうのは読むんだな」


「ん~貴族だからっていうのは結構偏見なんじゃないかな。ボクは多分平民と同じ様な生活を送ってるよ?」


「金の使い方が荒いんだよお前は。あのシュークリーム結構高いんだぞ」


「そうなの?値段なんて気にした事無かったよ」


「……………………………………………………」


 言葉を失ったというか貴族達は一体どんな生活を送ってるんだ?旨い飯食って寝ての繰り返しか?そもそもドラハ家の収入源は何だ?少年もそれは耳にした事が無い。


「はぁ……やっぱお前は貴族だよ」


 呆れた様に彼が言うとシャルムは照れたように笑った。少年には褒めたつもりなんて無いが彼女は何を勘違いしたのだろうか。

 シャルムが彼が何時も使っているであろう寝床にダイブする。彼の匂いに包まれると彼女は大きく息を吸い込んだ。彼の匂いを吸い込むと彼女の胸は少し苦しくなった。これがどういう事なのか、彼女は理解はしていない。きっとこの先生きていれば理解するだろう。人の心に住まう一つのバグ。それが今、彼女を冒している。或いは病というべきか。


「…………………」


 この胸の痛みは何なのかと、彼女は考える。その痛みは彼の匂いが鼻を通過していく度に強くなっていく。


(ボクはどうして彼の家に泊まりたいと言い出したんだっけ)


 不安だったから?確かにそれはあるかもしれない。だけどそれだけじゃ彼の家に泊まりたいなんて言うはずがない。彼と一緒に居たかった。彼に大丈夫だと言われた時の胸の高鳴りは一体何だったのだろうか。


(ボクは……………いやいやいやいやっ。そんな訳無いよっ!ボクが彼の事をす、すすすす好きだなんてそんな事……)


 彼女は自分でそう言い聞かせるも、どうにもそれには違和感があった。断言しても良い。彼女は少年の事が好きだ。


(あれ、あれれぇっ!?)


 彼女は困惑した表情を浮かべながらやっぱり思ってしまう。


(あれれぇっ!?)


 枕に顔を押し付け、叫びたい衝動を無理やり押さえつけた。顔は火照った様に赤く、熱を帯びている。


「~~~~~~~~~~~っっっ‼‼‼‼」


 声にならない叫びが喉を通過した。


 彼女が寝静まると、少年は少しずつ戻ってきていた魔力で、想像を開始する。今日の戦闘を思い出し、生み出した剣を再度手に生成させる。最低の品質だ。それでも数で勝てた。「奴」に勝てる事も既に奇跡な様な物なのに、無傷で勝ってしまった。


「……んん……」


 彼女が唸る。起こしてしまったかと思ったがどうやら寝言の類だったようだ。それには安心し、意識を集中させる。体の中心に体重をゆっくり掛け、魔力を一つに集中させる。まだ半分も回復していない魔力の為、高品質が出来るとは思えないが一応だ。彼が見た中で一番良い物を思い起こす。それは夢害をも打倒する剣。それは、イルアに似合う剣。刀身は青く、柄には白い包帯。鞘は銀に光っている。


「Over yet fou Oneilos──『幾千の中、顕在に至る』」


 彼の手に魔力が走る。それは今まで感じた事が無い程の物で、夢害が放つ魔力のように固く無く、柔らかい。少年の魔力は緑。自然を象徴する。手に握られた剣は才色兼備で、とても美しかった。尖りは少し欠けている為、彼女には渡せないが、これは魔力を掛ければ更なる物を作れるだろう。彼女に渡すのは至高の財に至る剣。聖剣と謳われるべき物だ。


「これならば……ッ」


 彼は確信する。その剣は確実に彼女を守ってくれる。


「………………」


 シャルムは依然眠ったままだが、彼女に彼は呟く。


「出来たぞ。これでお前を守れる」


(喩えこの身滅ぼうとも構わない。俺の命の対価なんてたかが知れている。なら、俺はこの生き残ってしまった命を、愛する人の為に使う。そうだ、俺はシャルムが好きだ)


 自覚をしていた。彼は最初から気付いていたのかもしれない。そのうえで自分の感情を押し殺していた。彼に彼女は見合わないから。平民が貴族の末娘に彼の様な平民が恋心を抱く。全く馬鹿な話だ。それが許されるのは、ドラハ家が少年を認めるという事。彼女は末娘な為、嫁に出されるのだろう。ドラハ家の跡は長男が居る。


「………………はぁ」


 溜息を一つ吐いた。彼の恋が叶う事は無い。

 それがルールだ。逆らう事は出来ても、それに少年達は縛られる。所詮この世は身分が全てだ。正当化されている様に差別が推奨されている。なんと馬鹿げた事だ。少年は正義を夢見ている。それが通過点になるからだ。たった一人の少女を守る。それだけの為に。偽善になるかもしれない。けれどそれでも少年はその想いだけは抱き続けるだろう。彼女と会ってまだ二か月も経っていないけど、こういうのに時間なんて関係ない。好きになってしまったのだから仕方がない。そんな言葉を描いていた本があったはずだ。少年は負けている。好きになった方が負けだとふざけた事を抜かす奴の理論で言えば、だが。

 少年の布団の中ですぅすぅと寝息を立てながら彼女が眠る。その寝顔が可愛くて、つい、頭を撫でた。

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