最後の夜
人の想いなど関係なく、時間は過ぎてゆく。
最後の夜は、あっという間に訪れた。
そんな中でも、一時落ち込んだ、あたしのテンションは復活していた。
よくよく考えてみれば、そんなに落ち込む話じゃない。
東京なんて、すぐ近くだし、何よりも遠距離恋愛は燃える。
長く続くのはダメだと、周りが結果で教えてくれてるけど、短い間なら、良い結果になることが多いとも教えてくれている。
むふふ。燃えた先に待つものは。
あたしは最後の夜なんて忘れて、一足先にママの店へ。
「こんばんは!」
あたしの元気な声に、ママは憂鬱げに答える。
「はあ、何であんたはそんなに元気なの? 強がりからくる空元気かしら?」
「ママさあ、そんなに落ち込むことないじゃん。会えなくなる訳じゃあるまいし。それに、遠距離って燃えるでしょ。何より、あたしはママに邪魔されることもなく、二人の愛を育んでいけるしね」
ママはため息を一つついて、テーブルに料理を並べ始めた。
あれ? いつものような返しがない。
これは相当落ちてるな。
あたしは、空気を変えたくて、ママに話しかけた。
「今日金曜日でしょ。お店こんなに早く閉めて良かったの? それに、すごい料理だね。ママ作ったの?」
「今日位はいいのよ。鈴木さんのお願いなんだから。それにね、わたしの手料理を食べてもらえるなんて、最初で最後だろうから」
やばい。空気が変わるどころか。
「いや、やっぱりママはすごいね! バーの料理とは思えないよ。ほら、このお肉の塊、ローストビーフだっけ? それにサラダの盛り付けなんて、こんな綺麗なのよそでもみたことないよ」
ダメだ。言えば言うほど。
「す、鈴木さんまだかなあ」
待ち合わせは十一時だったので、まだちょっと時間には早い。
この空気を何とかせねば。
そんなこんなで焦っていると、ドアベルが鳴り、鈴木さんが入ってきた。
「こんばんは。お待たせしてすみません」
「お待ちしてましたよ。鈴木さん」
ママがいつも通りに、渋い大人の男の声で答えた。
あたしには、いけないとか言ったけど、やっぱり鈴木さんのことが好きなんだね、ママ。
無理しちゃって。
健気なママに、あたしはちょっと、うるっときた。