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What A Wonderful MMM  作者: Rを忘れない
死のむこうに
5/6

あたしのおうちは檜皮色

はいドーモ初投稿のRです!


 第二のあたしが言う。

 「まるでカンザスじゃあないみたい。」


 第二の弟が言う。

 「また言ってるよ。」


 そして第二のママが言った。

 「カンザスだかミナトミライだか知らないけど、とっとと食べちまいな。」



 どこから話そうかしら。

 あたしがトラックにはねられてからもう7年は経ったわ。

つまり今のあたしは7歳。生まれ変わって生え変わり最中の元気なショタやってるわ。

 人種とか社会的地位はどこにでもいるドラシュロイド。あぁ、ドラシュロイドって言うのはこの世界で言うネグロイド系みたいなもんね。

 収斂進化なのか歴史は繰り返すのか知らないけどこっちの黒人も白人様の元、大規模農業で働いてるみたい。悲しいわね。

 こっちで一番メジャーでビックな宗教の聖書には「肌の色や性別でヒトを差別しちゃいけないんやで」とあるけど、やっぱり建前と現実とは違うみたい。

 白人様ドモの言い分によると肌や人種で差別してるんじゃあなくて、単に征服した民族を支配してるだけだからむしろ平等なんですって。

正直一理ある気もするわ。それにしては白人奴隷なんて見たことないけど。

 ・・・我が家は奴隷じゃあないわよ。いわゆる自由黒人ってヤツ。


 何代か前は確かに奴隷の身分だったわ。曾々々祖母にあたるケイティ・パーカーが産まれるまではね。

農業主とその奴隷との間に産まれたケリーはその後靴職人のムーンウォーカー一家の長男と結ばれて、それからというものずっと我が家は靴を作り続けてる。

大体こんなもんでしょ。

 さっき朝食を催促したママも靴職人だし、パパもおじいちゃんもおばあちゃんも兄もみんな靴職人。

 そしてこのあたし若村美香改め「ベン・ムーンウォーカー」の将来も靴職人。

 最高だわ。


 えーと、次はなにを話そうかしら。

なにが聞きたい?家?国?食べ物?服?家族構成?社会的地位?やっぱり魔法?

 いくらでも語れるわ。


 突然だけどチャーリーとチョコレート工場って映画観たことあるかしら?

ティム・バートンが監督で、ジョニーデップが出てたヤツ。

これの主人公チャーリーの家はまぁ大層ボロっちい吹けば飛ぶようなあばら家なの。

 物置並みに狭いし、栃木にある斜めの部屋よろしく傾いてるし、そこでクソ薄いキャベツのスープ飲んで暮らしてる。


 そんなチャーリー家を2、3段階程マシにしたのが我がムーンウォーカー家。

他にも色んな比喩ができる。潰れたケーキ屋の箱。匠が改築したホームレスのダンボールハウス。

なんでも好きな呼び方をするがいいわ。


 そこで檜皮色に包まれて暮らしてる。

壁も家具も食器も目に映るものはみなくすんだ檜皮色。

 チャーリー家と違う点を挙げるなら一応スープにはキャベツ以外の具も入ってるし、なんならスープ以外の食事もある。

 麦粥とか芋とか豆とかさ。まぁこの世界の平均的黒人家庭と比べれば割りと中の上ってとこね。


 博識でご高名な歴史学者様ドモに牙たてられる前に真に僭越ながら弁明させて頂くと、あたしの目の前にある見慣れた炭水化物はジャガイモのようであってジャガイモでないの。

 元々こっちの大陸に自生してたもので、ヒトが農業始める前から親しまれてたクソ一般的な食べ物なの。

別にスペイン人が南米から持ち出したわけでも、17世紀から栽培され始めたわけでもないの。

 こっちにはこっちの歴史的成り立ちがあるの。あたしの宇宙では出るんだよ。

 わかったかスカタン。


 どこまで話したかしら、そうね、とりあえずこれで家と食べ物はやったわね。

 じゃあ次はあたしの住んでる街について語ってきましょうか。

それとも我が素晴らしき皇国に範囲広げるか。

というわけで先史時代から順を追って語りたいところだけど、あんたらが聞きたいのはこんなデーヴィッド・カッパフィールド式の自己紹介じゃあないのよね。


 本当に知りたいのは手から火出す方法だったり、首が一本お得な狼だったり、月はいくつ昇ってるかとか、カワイー女の子とかなんでしょう。

そうキスをせがまずともあと幾分か待てばちゃんと出てくるわ。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 ところで我が家で読み書きできる人間はごくごく限られてる。


 一応この世界は教育制度は〝想像していたものよりかは〟しっかりしてるんだけどね。

物事は常に複合的だから(座右の銘)、理由は色々ある。


 近年著しく勢力を増してきた魔物なる存在や近所の強国に対抗する為の軍学校って側面もあるし、国の「誰にだって教育を受ける権利はあるんだぜ」というパッと見気持ち悪いくらい綺麗な理念などによって、国中にそれなりに学校が点在している。

 富国強兵か国民皆兵か、貴族だけに任せず下々のモノドモもデカイ戦力として積極的に駆り立てる為子供は10歳になると学校にぶち込まれる事になってるわ。


 農民ドモからすると貴重な労働力奪われちまうし、そこで得た知識は農民人生においてマジで使い道ないし百害あって一利なし。だから一応行きたくなければそれでもいい。

 あと貴族やら騎士やらは訓練も勉強も自前でできるからわざわざ行く必要がない。


 というわけで我が家の識字率は一割。そしてその一割があたし。

 剣の振り方やら魔法やら竹槍でB29撃墜する方法といった戦闘技術学んだところで靴作りには必要ないし、別になくても生きていけるもの。

そもそも学校に行ってないし、とりあえず行ってみた数名が持ち帰ってきた知識は「学校は社会の縮図」「黒人が話すと殺される」「背筋立ててまぶた開けながら寝るやり方」くらい。使わないから文字とか忘れた。


 たぶん国が識字率を上げようと一家に一冊教科書配ったとしても表紙すら見ず売りに出すでしょうね。

 でもあたしは違う。夢みたいな夢だけどあたしは将来広大な土地が欲しいの。

もちろんみなとみらいおっ建てる為よ。その為にはこの最底辺から成り上がる必要があるし、さらにその為には結構かなりマジで努力しなくっちゃあでしょう?

 大きな結果には大きな努力不可欠なのはどの世界でも一緒よ。よく覚えときなさい。


 言うまでもなくこっちの本なんてクソ高いから土地売ったって変えないわ。

 一応教会でも読み書きやら一般教養やら学べるけど、まぁ、子供用ね。

 じゃあどうやって専門的な知識や教育にありつくかというと、知識人様にたかるのが一番手っ取り早いの。

 そこで目つけたのがショッキングブルーさんっていう商人の方。

 扱ってる品は主に油。この町で3、4番目くらいの金持ち。


 とっとと仕事に戻りたいから過程は色々省くけど、一度彼んとこの使用人の靴直す機会があったのね。

 自惚れてるし自慢させてもらうけどたぶんあたしったら同年代のクソガキ共の中で一番冴えてる自信ある。

 教会で東大受験生よろしく頑張ったりこっそり聖書拝借してたおかげで最初の歯が抜ける前に読み書きも一般教養もマスターしたし、聖書の内容も大体抑えてるわ。

んでここぞとばかりにシヨォッパリ(使用人野郎)と聖書トークで花を咲かせて見込まれて、ショッキングブルーさんの娘の家庭教師に抜擢されたってわけ。

同学年ってのも大きいわね。


 細かいところかなり省いてるけど、まぁ大体こんな感じ。

 給料は知識。勤務時間後に屋敷で本読ませてもらえる。




 「ねぇお嬢様、「毒矢の例え」について以前話しましたっけ?」


 「タイトルは覚えてるわ。」


 「あぁ、そうですか。えっとねまずですね、盗賊がある村を襲撃して、守衛の1人に毒矢をうったとするじゃないですか」


 「思い出した!アレでしょ?ナンデナンデと追求してちゃあキリがないからまずは自分に必要な事を優先しろ!ってアレでしょ?」


 そしてあたしと口調被っててめんどくさいのがカレン・ファッキングブルーこと娘さん。

 緑やらピンク色の地毛が当然の権利のように跋扈するこの世界において、彼女の腰まで伸びた鮮やかな黒髪は元の世界を思い出させてくれる。

 女気なんて当然微塵もないものの将来を大いに期待できる可愛らしい顔立ちをしてる。

 腕白な雰囲気もあいまってなかなか庇護欲そそってくれるじゃない。



 という考えは教え始めて5分で消し飛んだわ。

 仕方ないことだけど基本的に子供ってバカじゃない。

ここでもう無理。

 あたしは自分より遥かに頭のいいヤツと話すとイライラするし、自分よりも遥かに頭の悪いヤツと話すともっとイライラしてくるの。


 まぁ、自分でも言ってるように「仕方ないこと」だし、秀才気取りのいけ好かないガキの相手と比べたらただのバカの方が2億倍はマシよ。

 と、ただのバカならこれでなんとかなったんだけど問題はここから。

 こいつはアホのくせして細かくてどうでもいい事をうんざりするほど聞いてくるからさらにタチが悪い。

 あんたらも経験あんでしょ。

・点Pっていう謎の生命体は大人しくできないの?とか

・この兄弟は池の周りをグルグルするのが趣味なの?とか

・なんで赤い玉を袋に入れたあとまた出すの?疲れてるの?とか

・合同かどうかなんで一目見りゃわかんだろ盲かよ殺すぞ死ね、とか

・求めよじゃあねーよ求めてくださいだろ何様だテメー自分で調べろ、とか


 これって言ってる側はうまいこと言ってやったつもりで楽しいんでしょうけど、教育する側は全く面白くないわね。

どうせ答え自体には興味ねーんだろ。

 おかげでカレン担当の家庭教師はやめるか、鞭打たないと働かないようになる。

あたしもそうなりそう。

 うるせぇ黙ってやれと絞め殺してやりたいのをここは元日本人らしく我慢よ。


 「フゥゥゥゥ〜〜〜〜、つまりカレンお嬢様は神はどこから生まれてきたか?神が大きな爆発起こして世界創ったならそれ以前はどうなっていたか?に特に興味関心を示してらっしゃるんですね?」


 外見や雰囲気と同じくらい快活な返事が返ってくる。

ちゃんとお返事できて偉いわねェ〜ウンじゃあねーよハイと言えハイと見下ろしやがってチクショー。


 気持ちはわかるし、それをハッキリさせる方法もあるわ。

 そこで立ち止まって突き詰めてみるのは大切。

でもだからといっていつまでもそこで止まってると前へ進めないでしょうそうだろコラ電子はなんで原子の周りにあんの?って疑問に答えるため主量子数だの方位量子数だのケプラーの第三法則だの持ち出してもそんなの意味わかんねーじゃないあたしも意味わかんないわ何故意味がわからないかと言うと基本すらできてねーヤツがそんなガチ勢用語わかるわけないからなのよ、え?そうだろ?じゃあ公式も定義も「そういうもの」だと一旦受け取って追求はやめて、まずは大前提として基礎を学んでくことが賢明で一番安定したルートだと」


 「ちょっと、途中から声出てるよ。」


 「申し訳ございませェん」


 歴代の家庭教師達もこうして散っていった。

平均寿命が数ヶ月だから、1年も続けてるあたしはいい方よ。


 「そんな興奮しちゃって、私はカンヨーだから一日三回までなら無礼も見逃したげるけど他の連中に見られたら即クビよ。

 結構気に入ってるんだからせいぜい気をつけて。」


 そう思ってるならもう少し態度を改めて頂戴。余計な事考えずくだらない質問攻撃をやめるだけでもかなり助かる。

 まぁ、なんて要望言える身分じゃあないとはわかってる。

 無意識に、自分でも驚くくらい露骨でオーバーなため息が漏れていた。


 「もーやだ。あたしつかれましたわ。きゅーけいしましょ。」


 45分ほど早い休憩を告げられ露骨でオーバーに「やったぁ!」と喜び悶える彼女。

しかし時間までこの勉強部屋からは出られないし、遊び道具なんてもちろんないのでやることなんてない。

 あぁ、一つだけ遊び道具あったわね。こいつは暇を持て余すとろくな事思いつかない。


 「クビで思い出した。先に火属性魔法の練習しない?暇だし」


 「・・・・・・部屋ん中でですか?」


 「あなたどうせ失敗するし大丈夫でしょ。」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 給料は知識の他にもある。それがこの魔法の習得。

こいつも靴作りにおいて魔法なんてマジでいらない代物だから、やっぱりここでしか学べない。

あたしがカレンに聖書の教育して、カレンはあたしに魔法の教育するの。まさにwin-winの関係。


 カレンはアホだけどこっちの才能は確かなものらしくて、特に火に関する魔法がお得意なんですって。

いつかクソッタレ染辺が見せた映像にあったアレとか普通にできる。

 それってすごいの?基本オブ基本じゃない?って思うでしょうけど、この年でなら火出すだけでもヤバイらしい。

年が2桁になる頃には大体みんなできるようになるけど、それでもせいぜい火花程度。

 マッチレベルのを出せただけでも上出来って中で、こいつはいけ好かない事にデフォでサッカーボール大の火球出してくる。

本気出せば弱い火炎放射みたいなのもできるんですって。カレンのくせに。クソムカつくわね轢かれないかな。

 魔法の根源はイメージらしいから屋敷燃えてPTSD発症したらきっと面白いことになるわ。

イメージしようとすると事故連想しちゃうの。なまらうけるわよねどうよこれ。


 「ア〜〜また余計なこと考えてる〜」


 人がせっかく邪念育んでたというのにファッキンブルーが横槍入れてきた。


 「ちゃんと火に関するエトセトラ思い浮かべてましたよ。」


 「そう?例えば?」


 「火事とか火傷とか」


 「もっと弱いのにしなよ。」


 こいつが言うにはなんにせよどの工程でもイメージが最重要なんですって。

火のイメージ、体内の魔力を火に変換するイメージ、それをアウトプットするイメージ。

そのイメージを手伝うために詠唱だの呪文がある。

 「これこれこういう火をこんな具合に出すで〜」って口に出しながらやれば抜群にイメージ捗るに決まってるでしょ。

慣れたら呪文にしてく。呪文から感覚で詠唱内容を連想していくわけね。

 魔力量もさることながら想像力や勢いがモノを言う。

これ系でよく見る無言詠唱が必ずしもスゴイ!パネェ!とは限らないのね。


 ちなみにこいつは無言詠唱してくる。アホのカレンの癖に。

 ほら今もこれ見よがしに文字通り爪に日を灯してやがるわ。

意味はわかっているのか立てた中指の先で揺らめく灯火を見せると


 「本当は火花や火の粉を目標するべきだけど、イメージしにくいだろうからこんなのでいいよ」


 実際に指から火を出す場面を見て、定型文を唱えて、あとはひたすらイメージ。

 教えられる才能はないけど教える才能はあるヤツね。うぜ。


 イヤヨまだ離れたくないと足にすがりつく雑念を無理矢理帰追い払うと、ハートにファイアを宿して長ったらしいリリックを読み上げる。


 ねぇ、読書ってのはまず桃太郎とかおむすびころりんといった優しい短編から入門して、エルマーやドリトル先生にハマって、段々とサリンジャーや太宰治に挑戦してくもんだと思うの。

 まさか生涯最初に読破したのが「戦争と平和」なんて末恐ろしいガキはあんまいないでしょう。

短く優しいものから長く晦渋なものへと過程を踏むのが読書だけど、魔法の場合全く逆ね。

 内容は桃太郎ばりにシンプルながら、初心者のイメージを補う分セリフは失われた時を求めてばりに長い。

 これに感情込めて集中とイメージ切らさず音読しろってんだから相当きついし、魔力もってかれるからマジで死ぬ。

 校庭50周に匹敵するんじゃないかしら。


 集中するんだ君は、バカヤロー、集中できねぇヤツだな、おい!カマ野郎真面目にやるんだよ!

 と、聞くに耐えない罵詈雑言もとい愛の怒号がぶちこまれる。

続いて一度コツ掴めばあとは楽になるんだから、とにかく今は全力でやりなさいという声。

 自転車と同じね。あぁまた怒号。

心でも読んでるのかしら、そんなに顔に出てる?また怒号。



 何度目かはもう数えてないけどまた頭から読み上げ始める。

もう失われた時を求めて200周分くらい読んだような・・・また関係ないこと考えてた。

 


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 すぐ関係ないことに意識が移る。

 本人は自覚ないし、あっても危機感を強く抱く訳でもない。


 これらは二名に共通する欠点であり、成長を妨げる要因らの中でも群を抜いている。

原因も共通しており、その分野にぶっちゃけさほど興味がわかないし嫌いだという点に起因する。


 カレンからすると、家柄上将来の為にと与えられた英才教育を仕方なくやってるだけ。

 美香改めベンからすると、この世界を構成する大きな要素だからとりあえずやってるだけ。

さらに魔法だの魔物を目にする度に「あたしはみなとみらいからうんと離れた世界にいるんだワ」と憂鬱になるのではっきり言って魔法が好きでない。

 全身全霊をもって打ち込む動機が見当たらないのだ。


 「労働の喜び」やら「教えることの楽しさ」を学べた点を挙げて擁護したいが、二人の場合相手がほとんど成長しないのでやり甲斐よりもストレスの方が目立つ。

くわえて基本すらできてないドアホウの分際で関係がなければ興味もない疑問をふっかけてくるのだから殺意もわく。

 マイナス要素しか浮かんでこないので、素直にここらで魔法の練習へとシーンを戻すとしよう。


 本日最後の詠唱だ。

彼の残量魔力と集中力的にも、彼女の堪忍袋的にもこの一回が限界となる。


 原稿用紙を丸ごと埋められそうな長台詞が終わり、魔法はクライマックスへと突入する。

いよいよ手のひらが火を噴くぞ、今度こそたぶん出るわ、といったベンのどこか他人事な希望は見事裏切られた。

 彼の名誉の為言っておくが心の中で思い浮かべたのは紛れもなく火だ。

身近な物を引き合いに出すとバースデーケーキの蝋燭サイズの火。

暖かな光を放ち、揺らめき、頭頂部をしならせ、舌なめずりを繰り返す真っ赤な火。

 カレンの中指の先を見本にそれを完璧にイメージしたつもりだった。


 しかし手から姿を現したのはカラスの糞のようななにか。

ベチャリ、と不快な音をたててカーペットに命中すると、次の瞬間には蒸発していた。

色も質感も状態も、どれをとってもそれは火とは程遠い。


 時計がないのでわからないが、彼の体感では48時間以上経っていた。

その間怒号を浴びせられ、目も当てられないポエムを女子の前で朗読させられ、生命エネルギーをしぼりとられ続け得た物が鳥の糞か。

色や、肉体から吹き出た点からでかいニキビ潰して膿を飛ばしたみたいで最高に気色悪い。

 もう嫌だ、やっぱり魔法はクソだしファンタジーはもっとクソだ、今すぐウルーバーコート墓地へ走ってヤツの墓石を蹴り崩してやりたい。

 イライラの限界値は吹っ切れ完全に燃え尽き、心の中でぼやくベン。


 またしてもイメージから書き離れた反応が起きた。

カレンは失敗の副産物を見るなりオーバーな観客よろしく目を輝かせ、感嘆を漏らしていた。

 もしかしてこれが成功なんですか?と今回ばかりは正当な疑問をぶつける。


 「見ての通り失敗に決まってるじゃん。」


 その返答はかえって疑問を増幅させた。

ベンの怪訝な表情を見ると、「しょーがねーな教えてやるよ」と言わんばかりの表情で


 「でもこれでいいの。最初からうまく変換できる人なんていないよ。」


 鳥の糞の正体は失敗の副産物で違いなかった。

完全に他物質に変化することなく魔力が放出されると、このような不定形で不完全な物質が生成される。

それは液状であったり泥状であったり、小石状や粉状、はたまた糸に霧に粘土とバリエーションは豊富だ。

 魔法初心者なら必ずしこの壁にぶち当たり、あまたの物体Xを無駄打ちし続けた末にようやく変換・放出ができるようになるという。


 以上がカレンによる解説だ。

彼女に言わせるととりあえず「放出」はできてたし、「変換」もクソながら第一歩は踏めたという証拠なのでベンにしてはよくやった方だという。

これで魔法入門のスタートラインを1mm先へ進めたとのこと。


 「トランペットでいうとやっと音出せたって感じかしら。」


 「いいや、まだ腹式呼吸をようやく自然にできるようになったってとこ。あと敬語気を付けてよ。」


 人類にとっては小さな一歩だが、一人にとっては大きな飛躍だ。


 結論から言うと生涯彼の魔法は上達しなかった。

 一応人並みにはできるようにはなった。

それでも英語で言うとせいぜい中学英語止まり、数学なら微分で文転、サンスクリット語なら格変化で投げ出し、中国史で史学自体に嫌気がさし、ノリで買ったギターはスケールに絶望してから埃被り、ハーモニカはどうしてもベントができず、ジョジョならボス初登場かコロッセオあたりからついていけなくなる段階。


 秀でているとは、とてもじゃあないが口が裂けても言えない。

テン、テテン、テレン、テレレン

テン、テテンテレ、テレレン

テン、テテン、テレン、テレレン

テrrrrrタタタタタタタタ

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