あたしはあたしの死に目を見てGO!GO!GO!
死ね蟹座 もっと勉強
しなくては
夢は
虹の彼方へ
仙台へ
帰りたい
わたしたちは
「以上が、お前のやったらしぶとい最期だ。」
火花とともに、画面がブラウン管TVごと消える。
ブラウン管が消えたことで、背後の男が見えた。
さっきからあたしの今際の際を見せつけてくるいけすかないヤツだ。
なにが楽しいのか色黒の顔面にニヤついた表情を貼り付け、時折ロン毛をかきわける。
着てるものといえば下着類を覗けば廃墟で拾ってきたようなボロっちいコートのみなので肉体がよく見える。
グレーのコート (あとで元は純白だったと聞いた)から覗く筋肉はよく焼け、固く引き締まってる。
一言で形容すると「サーファー系」ね。あんましタイプじゃあないわ。
こいつの容姿は一旦さておき、第三者目線で見たあたしは予想以上に結構酷い有様だった。
下半身はもちろんのこと、腹部からは何本か肋骨がこんにちは。
肋骨って心臓守るために胸部にあるって聞いてたのに、何故か腹部からまっすぐ飛び出てる。
この様子だと内蔵と肉と骨とがシェイクされてそう。
心臓に刺さんなかっただけ奇跡ね。
腕もなかなかヤバイ。
いわゆるありえない方向に曲がってたってやつ。
左腕なんて、そうね、時計の針で表すと「6時40分」を指してたわ。
わかるかしら。まず二の腕を短い針、肘より先を長い針と仮定して頂戴。
次に手のひらが右を向くようにしてまっすぐ伸ばす。この向き固定。
この状態が6時ぴったりね。
そして長い針を反時計回りにポキッてして無理矢理8時の方向へ向ける。
これが6時40分。あたしの左腕こんな感じ。
ちなみに右は6時5分。
よくまぁこんなんで這っていけたし、その過程で気付かなかったわね。
人間必死になれば不可能はないわ。
他にも言いたいことは色々あるけど、一番ショックなのは顔よ。
あたしそれなりに顔には自信あったのに、ブラウン管の中のあたしの醜さといったらないわ。
たぶん10人いる家族の誰が見てもあたしだと認識できないであろう変わりよう。
どのパーツから話そうかしら。上から順に言ってくわ。
額。なんか白いの見えてる。
眼窩。真っ黒に腫れてる。
鼻。右っかわに曲がってる。
頬。削がれた。
口。裂けて鼻の穴と繋がってる。
気分悪くなってきたわ。
あたしの肉体の話はここらで切り上げて、次はあたしの状況を話しましょう。
3行で話したげるわ
・気が付くとこの部屋にいた。
・サーファー系に映像化・編集された死に目見せつけられた。
・依然下半身はない。
下半身がなくても普通に生きてて(?)痛くもないし、死んで目覚めたらここにいた事から推測するにここはたぶんあの世ね。
目の前の男は会って早々「俺が、神様」とクソ簡潔かつわかりやすい自己紹介かましてくれた。
正直胡散臭さ100%だけど、現実の法則から逸脱したこの空間と自在にTVを出現させてるとこからしてなるほど確かに神と信じざるを得ない。
特に、人の最期をこんな楽しそうに見てるあたりすごく神らしいわ。
この部屋はあたし達が思い浮かべるありとあらゆるあの世のイメージから大きく乖離してる。
薄暗くて壁がよく見えないけど推定約10畳の部屋。
パソコンや名前も用途もわからない機具が並べられた横に長いデスクが二台。
回転椅子がデスクに五脚。
椅子に座る者と向かい合う壁にはぎっしりと大小様々なモニター。
ダンテは約15年間に渡って延々とあの世を語ったけど、あたしは単語五個と格助詞四個で済ませられる。
神はサーファーで、あの世はテレビ局の編集室。
モニター越しに人間眺めて、ムカつくとその黒くて長い指でキーボードを叩く。
すると大洪水やら蝗害が起きるってわけね。
これはいい。マジ面白いわ。
「あたしは性病で死ぬと思ってた」
「本来ならな。しかしこちらのミスで本来死ぬべきヤツは生きて、本来なら生きてたはずのヤツはトラックにはねられ死んだ。」
腕がまともだったら今すぐ殴ってたのに。
今のあたしには床に這いつくばって睨むか怒号あげるくらいしかできない。
そんなことしても無様なだけだとわかってる。
だから高慢かつ尊大で、人が死のうとどうでもいいといった実に神らしい振る舞いを前に、平静を装った。
「それで?たかが人間をわざわざ連れてきたって事は特別な用事でもあるわけ?」
「もちろん。神がただ死の理由を教える為だけにお前らなんかと会うわけねーだろ。」
スクッと回転椅子から飛び起きる自称神。
「ここからが本題だ。神の世界にも色々とあってな、お前を生き返らせてやらないと人道的にも倫理的にもこの部署に対するイメージ的にもかなりまずい。」
なんだわかってるじゃない。それさえしっかりしてるんだったら多少ムカつくけどまぁいいわ。
そう一度安堵してたあたしだけど、初めて見たヤツの神妙な表情からして嫌な予感が芽生えてきた。
「しかし1つ問題がある。
ミスの影響でお前の孕んでる異常値が狂っちまったから、そのまま生き返らせようにも世界自体が受け付けてくれないんだ。」
当たり前のように「異常値」なるものが出てきたけど、たぶん市販の辞書を引いても出てこない言葉でしょうね。
「一般人にもわかる用語で話しなさいよ。」
「あぁ、異常値ってのは・・・えと、そうだな、ファンタジーとリアルの連中とを住み分けさせて、世界のバランスを保つための閾値だ。
0から50、高くて100くらいまでだとお前らのいる世界。お前ら基準だと現実世界だな。ここだと魔法もドラゴンも生まれない。
これが上がっていくといわばファンタジーの連中が存在しうる世界になる。」
また当たり前のように魔法だのドラゴンだのファンタジー用語言われたわ。
人間って知らないことばかりね。
「ちなみにあたしの数値は?」
「200オーバー。このままじゃあ無理だ。」
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後悔してる事が結構あるわ。
冷静にゆとりをもって考えるといくらでも出てくる。
死ぬ間際に思いついたものを除けば、そうね、ママとの最後の会話が「養殖フグに毒はないのか」ってのが大きいわね。
あと兄さん達と半年くらい合ってなかった。
そうだわあたし別に言うほど二十日鼠と人間好きじゃあないわ。
いざ聞かれると焦って本心とは違うものが出てくるものね。
ピアニストを撃て!とか答えときゃよかった。無難にBTTFとかでいいかしら。
遺書と一緒にこれも用意しなきゃ。
「それでな、こっちの都合で勝手に潰された上、さらにこっちの都合に振り回すのはあんまりだろ。
・・・聞いてるか?だからできるだけお前の納得がいく形で事を済ませたい。」
「企業が金にもの言わせて示談に持ち込む感じぃ?」
「そういうこと。こうでもしないと色んなところからうるさく叩かれるから大盤振る舞いするぜ。」
そう言うと火花が一瞬弾け、虚空からブラウン管テレビが出現した。
当たり前のようにフヨフヨと宙を浮いてるけど神の御業と考えればなにもおかしい現象ではない。
画面には「気をつけ」の姿勢のあたしが映っていた。
一糸纏わぬ文字通り全裸なのが気になるけど、とりあえずヤツの説明を先に聞きましょ。
「好きにデザインしてくれ」
「デザインって?身長とか鼻の高さとかいじれるわけ?」
「それだけじゃあない。人種も体型も肌も髪も瞳も指も脚も内蔵も性器も、えーと、あとなにがあるかな。
そうそう、免疫や体力、記憶力に頭の回転、筋肉の発達・・・
まぁ、身体のありとあらゆるパーツや要素を好きにデザインする権利をやる。
・・・生活リズムとか食とか成長の過程で変わってくるから、絶対とは言えないけど。」
「へぇ、ピートが聞いたら迷わずトラックに突っ込むでしょうね。」
正直18年間一緒に仲良くやってきた肉体を捨てて、ノリノリで次をデザインするのは気が進まない。
というか未だに自分の死に納得がいかない。
今まで積み重ねてきたもの全て失って、家族や友人と別れてんのよ。
五体満足なら絶対神に反逆起こしてたわ。
納得というかまだ受け止めきれてすらいない。
でも非常にシャクながらヤツの言う通りどうやらもう諦めて、切り替えていくしかないみたい。
だったらできるだけワガママ言わせてもらう。
「まずネグロイドにして頂戴。マイケルと一緒がいいわ。」
アイヨと返事をして、ヤツがキーボードを叩くと、画面の若村美香は吹き消された蝋燭の灯みたいに消えた。
結構クるものがあるわね。
そして入り違いに黒人男性が現れた。
身長も顔も「平均的でどこにでもいる」って見た目だった。
「身長は195は欲しい。体重は・・・まぁそれは勝手につけるわ。」
ビデオを早回しにしたようにグングンと黒人の背が伸びた。
筋肉の発達は「普通」にしてもらったわ。
いくら鍛えても体質上なかなかうまくいかないって人いるじゃない?
そういうのさえなければなんだっていいわ。
基本的に努力でなんとかなるとこなら、努力でなんとかしなくっちゃ。
神が与えたもうただけの過程なき力を自分の力だと自惚れてたらまたろくでもない最期迎えるハメになっちゃう。
それに努力して得たからこそ誇示する時気持ちいいってもんじゃあない?
とにかく今は与えられたチャンスをとことん利用させてもらう。
「右目を軽く外斜視にして」
「一生ジェリーカールでいたいから天然パーマ」
「将来ハゲは嫌よ」
「20cmは欲しいわ」
「カリをこう、もっと」
「ヴィタス並の音域広いと嬉しいわ」
「あとは・・・・・・」
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キャラメイクに費やすことはや3時間。
あたしもあいつも結構ノリノリで楽しかったわ。
途中ふざけてチンコを296mにして遊んだのがハイライト。
試しにシュワルツェネッガーとかヘップバーンとかチャップリン、シャルル・アズナヴール、ヨーダとか再現したのも盛り上がったわねぇ。
またやりたいわ。
そんなこんなで第二のあたしが完成した。
さっき言ったとおり顔や身長以外はあんまいじってないわ。
あとはワキガとかハゲとかマイナスステータスつかないようにしたとか、そんくらいね。
なかなかハンサムじゃない。これだけ容姿に恵まれてるならあとは努力するわ。
精神はそのままでいいでしょ。
初めはムカついてたしブチ殺してやろうと思ってたけど、だいぶ打ち解けてきたわ。
あたしったら我ながらチョロい男。
やっぱ男なんて一緒に下ネタ言い合って笑い合って好きな映画や音楽や性癖語り合ったら基本なんとかなるものなのよ。
そうそう、彼の名前聞いたけど、「染辺 時康」って言うんですって。
名前もだけど、話してると神様って案外人間なのね。
なんか親近感湧くわ。
笑い過ぎて過呼吸になっていた染辺は立ち直ると
「よし、次は転生する場所だ。」
そんなの言うまでもない。
でもどうしましょうか。紅葉坂もいいけど今度は野毛とか桜木町周辺もいいかもしれないわ。
いっそみなとみらい内とかどうかしら?思う存分ワガママ言わせてもらうわ。
「お前はこの世界に行ってもらう。」
「は?」
第二のあたしを映していた画面は見知らぬ街に切り替わった。
外国じみた風景に一瞬馬車道あたりを連想したが違うようだった。
それどころか自分の知る限りのどの「外国の街」にも当てはまらない。
少なくとも、狼人間のカップルが絡み合って歩く街なんて、あたしのデータベースにいくら検索かけても出てこない。
と、ほんのちょいとだけ呆気に取られたけど普通に覆面よね。
ハロウィンかしらね。それかたぶん似たような祭りでしょう。
住民が狼の覆面を被って街を練り歩くの。ありそうでしょ?
そんな考えは狼男がケバブ(推定)を頬張ったことで打ち砕かれた。
口内に並んだ牙、牙に断ち切られ咀嚼されるケバブ、ケバブと混ざり合う唾液。
それら全てが「こいつは生き物だ」と告げていた。
ちょっと現実から乖離した現実を受け入れきれるまでアフレコして遊ぶことにするわ。
ねェ〜〜レーーオォくぅ〜ん〜ソース垂れてる〜〜〜
ゲーーーッ パンの底から「雨漏り」みてーに!パンが漏斗状だからソースがたまったんだっ
毛がベッチャベチャじゃ〜〜〜ん
なんで気付かなったんだァ〜〜?チクショーッ
(ここで向こうからやってくる人間達。服装や顔立ちから外国人だとわかる。)
(指をさしながら)ギャハハハ 見ろよこいつゥーーーー犬っころはパンすらまともに食えねーのかーーー?!
あん?んだ?
お?やんのかテメ〜〜
ねェ〜レオくんやめなよーーー
『3人』に勝てるわけねーーだろーーがよーー
やってみろよぉ〜ブッ殺してやるぜぇ〜〜〜
かかってこいよォ〜〜〜テメーーー
このド畜生がアアアア
殺せ!
ワンワンワンワンワン!
キャ------
(「お?やんのかテメ〜〜」と言った男の掌から炎が打ち出される。
炎は狼男の鼻先に直撃し、毛を焼き尽くしソースを蒸発させ
「ちょっとなによこれ。」
「ヘヘヘ、驚いたろ?」
ヤツは特大のニヤケ顔と、得意気で尊大な態度で言う。
そうね、確かに大いに驚かされたわ。
「ねぇあたしみなとみらいがいい。」
すると染辺のテンションは墜落した。
何故か「ありえない」「こいつは何を言ってるんだ?」といった顔をされるがそれはこっちもだ。
「こんな出来損ないのトールキンみたいな世界お断りよ。みなとみらいに戻しなさい、今すぐに!」
ヤツの答えは露骨なヤレヤレのポーズ。
「話聞いてなかったのか?いいか、お前の異常値じゃあ少なくとも元の世界では存在できないんだよ。」
「だからそのまんまじゃあなくてゼロから作るって話でしょ?ならいいじゃない。」
露骨なため息。
あたしも態度も露骨になりつつあった。
お互い声を荒らげ、怒りや不満をぶつけ合う。
「なに勘違いしてんだ。キャラメイクなんてただのサービスだよ。
異常値はバグによって魂に刻み込まれたんだから取り除けない。」
「神ならなんとかしなさいよこのボゲッ」
「できねーから好き勝手キャラメイクさせてやる権利をやったんだよ。やっぱりテメー話聞いてねえな。
もう一度はっきり言ってやるからそのちぎれかかった耳でよ〜〜く聞いとけよ。お前はもう二度とみなとみらいへは戻れないんだ。」
最後に怒りが爆発したのはいつだったかしら。
たぶんメモリアルパークで空き缶ポイ捨てするド低脳を見た時。
正確には見て、注意したあと。
なにはともあれ今のあたしはその時以上にキレていた。
折れた両腕を床に勢いよく叩きつけ、宙を飛ぶ。
身体が軽くなってるおかげでうまくいった。
着地は一回やったからもう大体掴めてる。
空中で姿勢を整えて、見事に肘でデスクの上に着地。
直後に少しよろけたがそれを減点する審査員はこの部屋に存在しない。
いるのはあたしとクソ神だけ。止めるヤツもいない。
続いて右肘を「踏み出す」。同じ調子で右肘も出し、何度かその場でピョンピョンと飛ぶ。
唖然とする神。
よし、大体掴めた。大体理解したわ。
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肉体を抜け、魂のみとなった若村の下半身や骨を元通りにするのは容易い。
専用のPCにぶちこんで、破損箇所を修復・移植するという簡単な工程で済む。
染辺がそれをしなかったのは報復を恐れたためだ。
だから死んだ時の状態のままにしていた。
下半身を失い、両腕は折れた。他にも重傷をいくつも負っている。
いくら痛覚のない、生命の常識から離れた魂といえこの状態で動き回るのは無理だ。
その油断が染辺を追い詰めた。
彼の進路上にあるありとあらゆる全ての物体ははじき飛ばされる。
パソコンなど重いものは痛々しい音をたてて床に落ちる。
マウスやペン、灰皿は壁に当たり、書類は宙を舞った。
壁のモニターを赤く塗ったのは朱肉だ。
彼が通ったあとにはなにも残らなかった。
その光景に染辺はなんのリアクションもとれず固まるのみ。
目の前のPCに映る異世界風景が、画面ごとデスクの反対側に落ちていった。
そう思った次の瞬間には、すでに床に組み伏せられたあとだった。
飛び出た骨が顔をひっかくが未だにまともな抵抗すらままならない。
上半身だけで、肘から先がありえない方へ向いた人間が襲ってきた。
そのありえない事実と光景を染辺の脳は処理しきれずただただ恐怖するだけだった。
現実感が感じられず、なにもかもがモニターを通した映像に思えた。
「テメェ〜〜〜こォ〜〜ろォ〜〜すゥ〜〜〜、殺してやるぜェ〜〜〜
あたしよりひでーナリにしてやるゥ〜〜チンカスがぁーーッ」
怨霊の呪詛が正常に働かない脳に響いた。頭の中は真っ白。
顔の奥が熱い。鉄の風味が口内を支配する。
辛うじて首根っこを掴まれ、落ちたブラウン管に顔面を何度も叩きつけられているのはわかった。
鼻腔から吹き出した生暖かい血液は画面と顔面を濡らし、両者を無数の赤い糸で結んだ。
神、彼らの業界用語で言うとフォールスマンである染辺は若村とは違い実体をもってこの部屋に存在していた。
なので傷は負うし痛みは感じる。なんなら死ぬことだってできる。
久しぶりに痛み、そして死の恐怖に晒された。
加えて相手は格下と思っていた人間という精神的ショックに心は折れかけていた。
気付くとペンの先が首筋に突きつけられていた。
「なんでもいいから今すぐ若村美香としてみなとみらいに戻すんだよォ〜〜!」
ヒィーーーッという悲鳴は自分から漏れたものだと認識できた。
首筋をかっきられようと無理なものは無理だと説明したところできっと彼は納得しない。
しかし彼の要望をそのまま聞くのも不可能だし、仮に可能でも受理すれば上司に八つ裂きにされる。
どうにせよクビを切られることになる。事態はどうしようもなく絶望的だ。
もはや自分の力ではどうにもならない。多少情けない思いをしてもいいから助かりたい。
そんな思いから悲鳴同様、無意識に上司の名を叫んでいた。
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一瞬部屋が眩い閃光に包まれ、気が付くとあたしは壁に磔になっていた。
磔にしているのはクギでもピンでもなく、なにか見えない力だったが、ヒュウゥゥという聞き慣れた音からまもなくその正体が強風だとわかった。
上半身のみとはいえ男を壁に押し付ける程ってハリケーン「アルマ」以上ね。
目を開けるとそこへ空気が殺到してきてとても開けることはできない。
辛うじて見えた風景はそれほど荒れてなかった。床に落ちてるのはせいぜいあたしがはねとばした諸々くらい。
机もパソコンも書類も牛もサメも室内に存在する有象無象はみな円を描いて飛び回ってるとこを想像してたんだけど、どうも風はあたしの周りにだけ吹いてるようね。
風がやんで、あたしは床に落ちた。
とりあえず両手で立ち上がろうとするも、それすら叶わなかった。
ペンを握ってきた手が消滅していた。断面が真っ黒に焦げていたからなにかとてつもない熱で一瞬で蒸発した事はわかる。
「特典はキャラメイクだけではありません。あなたなら絶対納得して、喜んで中つ国へ飛び立つであろう代物を用意しています。」
魅力的な内容とは裏腹に、氷のように冷たく流水のように淀みのない声が頭上からした。
明らかにクソッタレ染辺とは違う女性の声だ。
今さっきヤツは「黒戸さん」「もう手に負えない」「助けてください」と情けなく叫んでいた。となると声の主はその黒戸とかいうヤツでしょう。
染辺の口ぶりからしてたぶんヤツの上司にあたる人物ね。
神の上司とやらのご尊顔を望んでやろうと顔を挙げると、なるほど声に違わずいかにも氷を彫って作られたような女が見えた。
染辺のきったないコートに対して、黒戸は夏の青空を思わせるホルターネックドレスを着込み、首にはシェパードでもそのまま巻いてるのかってくらいクソデカくて主張の激しい白いファー。
ドレスが夏の青空ならファーはさながら入道雲ね。
正直あまりいいセンスとは言えないけど、神と一般男子高校生の美的センスや価値観が必ずしも一致するとは思えないし、まぁ、これ以上は触れないどくわ。
服装もさることながら、最も特徴的で目を惹くのは彼女の瞳よ。
魅力的で吸い込まれそうな瞳って意味じゃあないわよ。どういう原理か知らかいけどヤツの瞳の色は、その、不規則なの。
最初は碧眼かと思うと、次にはグレーに変化して、一瞬猫みたいな金色に光るとまた碧眼に戻る。
どういう原理なのかしらと瞳の変化に釘付けになっていると、またあの氷のナイフが飛んできた。
「聞いてますか、あなたならきっと喜びますよ。」
字面だけだとまだ人間味があるけど、口調は今流行りの機械音声のそれだった。
ほらなんだったっけ、ヤマハが何年か前に声版シンセみたいなの出したじゃない。あれみたいな
「・・・これを見ればあなたなら強い関心を持つし、クローゼットの先へ行きたくなるでしょう。」
さっきから「あなたなら」ってうるさいわね。あたしの事ならなんでもお見通しって気でいるのかしら。
そう言おうとする前に、黒戸はどこからかハードカバー本を取り出した。
青色一色の装丁で覆われたそれは大きさやブ厚さからしてアルバムや百科事典のようだった。
「なによ、それ。」
「『LOVE WEAPON No.21 MY MINATOMIRAI』、略してM・M・M。あなたが魔法の国で生きていく上で必須となる力です。」
再び吹いた風がページを表紙ごとめくり、ランドマークタワーの写真がいくつも貼られたページを見せた。
足元に日本丸を侍らせながらこちらを見下ろすランドマークタワー。
最初にこの一枚が目に付いたのはたぶん死ぬ何分か前に見た風景だから。
カメラをもう少し左下へズラせばあたしが轢かれた地点が映るでしょうね。
次に現れた彼は川の向こう岸で曇り空を背景に佇んでいた。
麓のメリーゴーランドや左下に見える日本丸のマストから、アニヴェルセルから撮ったものだとわかる。
右ページ下を支配するパノラマでは正午を示すコスモクロックとインターコンチネンタルホテルと共に写っている。
どれもみなとみらいを代表する顔ぶれね。
食レポでもドラマでもテレビ番組でみなとみらいが映される時彼らは外せない。
必ずこの3つが風景のどこかに現れ「ここが横浜なんだぜ」とアピールするものよ。
『ランドマーク』『コスモクロック』『ホテル』が揃ってるところというとどこかしら。
距離感にくわえて結構高い所から撮ってるしすぐ近くにコスモワールドがある点からたぶんワールドポーターズの屋上からね。
そもそもこれ誰が撮ったの?
他にもワールドポーターズのエスカレーター前に観覧車、汽車道、山下公園、エトセトラエトセトラ・・・と様々な場所・角度・距離・時間帯のランドマークタワーが撮られてる。
次の何ページかはコスモワールドのアトラクション共、その次は赤レンガ倉庫。
どのページも満遍なくみなとみらいの名所で彩られていた。
とりあえずこいつが何を言いたいかはわかった。
「そのしょぼいアルバム眺めて我慢しろっての?」
確かにあたしは旅行中写真見てなんとか禁断症状を抑えてるけど、あれは何日かすればみなとみらいへ帰れるとわかってるからなんとかなってるわけで、二度と戻れないなら意味ないわ。
自信満々にあたしの心わかったつもりで「あなたなら」連呼しといてこのザマ。
部下が部下なら上司も上司ね。
「トールキンなんて本か映画かだけで楽しむからとっとと元のみなとみらいに帰しなさいよ。生まれ変わってもへその緒で首吊って水子になってやる。」
正直こいつら相手に「死んでやる」なんて、脅しにもなんにもならないって事はわかってる。
でもこの時はかなり興奮してて、かなり頭が回ってなかったの。
「これはただのアルバムじゃあありません。言ったでしょう。これは「力」です。特別なフミと書いて「特典」なんですよ。」
冷静を失っちゃってるし、今は聞いておきましょう。
それに、怒りに震えていたあたしも純粋に興味を抱き始めていた。
こいつらはテレビを召喚したり、人を吹っ飛ばす怪風を引き起こしたり、物質を一瞬で蒸発させたりと何かわからん力を持ってる。
まさに神の御業だ。となるとこのアルバムの力とやらも、なにか人智を超越したものに違いない。
第一印象どおりのしょぼいのじゃあなきゃいいんだけど。
「前置きが長くなりましたね。焦らすのは性に合わないので簡潔に説明しましょう。
『写真の中の建造物を自由に実体化できる』。それがMMMの能力です。」
魔法や能力と聞くと、火を吹いたり、氷柱を発射したり、罪悪感を抱いたヤツの心に錠前をかけたり、虹に触れた生き物をカタツムリに変えたり、爪を飛ばしたりとオーソドックスなものしか浮かばなかったけどこれはなかなかユニークそう。
「・・・・・・えと、じゃあ東京タワーの真横にいきなりランドマークタワーをおっ建てたりできるわけ?」
「できます。」
「道頓堀に日本丸をぶちこんだり?」
「できます。」
「庭をコスモワールドにしたり、いつでもどこでもワールドポーターズ出して映画観たり、歴史調べたくなったら横浜みなと博物館出したり、嫌いなヤツを家ごと赤レンガで潰したり」
「できます。異世界にいようと小腹が空いたら中華街を物色したり、山下公園でバラを楽しんだり」
「そこみなとみらいじゃあないわよ。」
「成長すればある程度範囲も広がります。他にも成長することでできる事は増えていきますよ。」
OK、ざっくり言うとこれは「みなとみらいを召喚する能力」ね。
なるほどこれでどこにいようと異世界だろうとみなとみらいの地を踏めるってわけね。
異世界行ってやるかは置いといて、欲しいか欲しくないかで言うと絶対欲しい。
でもだからといって召喚しただけの偽物で満足できるかしら。
みなとみらいがただあったって仕方ないのよ。
けど、こいつらの言い分はまぁもっともだし、どうしても元のみなとみらいへは戻れないってのはちゃんと理解してる。
ただ受け入れられないだけ。
「この能力をフルに使えば異世界にみなとみらいを丸ごと築く事だってできますよ。
とにかく特典は以上です。あとは勝手にバタフライ・エフェクトの再現されようと私達は構いません。やることはやりました。」
やっぱりあたしが死のうと、こいつらにとってはただの厄介払いでしかないみたい。
なんかムカついてきたわ。それにせっかくのチャンスを棒に振るのはもっとムカつく。
それにこれはまたとないチャンスだ。多少自分を穢したって生きてやる魅力はある。
ここで断ったり水子になるともう二度とみなとみらいの地は踏めない。
なら少しでも、1mmでもみなとみらいに近い方を選びたい。
異世界を選べば模造品ながらまたみなとみらいで静かに暮らせる。
背に腹はかえられない。
「・・・いいじゃない。行ってやろうじゃない。」
黒戸は足元に転がってる部下に顎で命令した。
おぼつかない様子で辛うじて生き残っていたPCに駆け寄りなにかを打ち始める。
そうだ、大切な事忘れてたわ。めちゃ重要案件。
「あぁ、その、記憶はそのまんまなの?」
「脳ではなく魂にそのまま刻み込んでおくのでその通りです。
消して転生させることも可能ですが、そうすると通常時と変わりません。「若村美香」に対する贖罪とならないのでバッシングを受けてしまいます。」
どこまでも自分本位の連中め。
なにはともあれこれはヤバイ。これだけは全身全霊をもって阻止しなければ。
「・・・・・・ねぇ、えと・・・じゃあ、生まれた直後のあたしもはっきりと記憶引き継いでるの?
・・・ちょっときつくない・・・?ほら、オムツ替える時とか離乳食前とか・・・
ナルニアみたいに『転移』ってできない?」
「言語も免疫も大気も塩基配列も肉体細胞の炭素もケイ素結合の有機体の質も、なにもかもが異なる世界へ行くんです。
見てくれは同じでも向こうの「人間」とこちらの人間は全くの別物です。
まともに生存なんて不可能ですよ。だから1から転生させるのがメジャーなんです。」
「じゃ、じゃあ物心ついたと同時にあたしの記憶をインストールするってどうかしら。」
「可能ですが胎児期、乳児期は体の動かし方や言語を学ぶ大切な時期ですからそれを失うのは・・・少しおすすめできません。」
あたしったらやっぱりチョロいわ。もう受け入れる他ない。
あたしの願いはなに1つ叶わないのネ。
憂鬱ぶってると染辺が準備完了を告げた。
胴と頭と左手しかない肉体が白い光に包まれる。
まだ時間はありそうだから、最後の用事を済ませておきたい。
「ね、あたしったら日に二度もジャネット・リーのモノマネしてたわ。」
「そうですか」
相槌は床に落ちたジャムトーストでも見るような視線付きで返ってきた。
「これからあたしはスティングの歌みたいに未知の世界で孤独に生きてかなくっちゃあいけないのね。・・・・・・スティングは聴く?」
「そうですか。それではよい異世界を。」
これじゃあ冷蔵庫と会話してた方がまだ暖かみを感じる。
このままでは引き下がれない。せめて最後の最後だけでもあたしの納得いく形にしたい。
「待ってよ。たぶん向こうにはマイケルファンいないじゃない。」
ついには「そうですね」すらも顔を見せなくなった。
「それだけじゃあない。周りの連中は誰もスクリームもスティングもバタフライ・エフェクトもトールキンも黄金狂時代もヘップバーンもスターウォーズも知らないのよ。
『ネ!ジュラシックパーク半端ないわよネ!』『は?なにパークだって?』これで終わり。」
「はぁ。」
光がほぼ全身を包みつつあった。
思っていたより時間はないみたい。
「あとスタン・ゲッツもペギー・リーもミルドレッド・ベイリーもペレス・プラードも・・・」
「・・・それは元の世界でも変わらないでしょう。」
お、食いついてきたわね。
「あたしはもう二度と好きなバンドや映画トークで花を咲かせる事ができなくなっちゃうのよ。
これってかなり孤独じゃあなくて?みなとみらいの次に次に恋しくなるわ。
・・・なにが言いたいかと言うと、最後にどんなクソッタレとでも誰でもいいから好きなものを共有したいの。でなきゃ納得できない。」
気が付くと視界は白一色。ヤツらも落ちたPCもモニターも見えない。
「ねぇ、どうなの。スティングは好きなの?じゃなきゃ好きな映画は?
生まれた国は?カラオケの十八番は?最初に好きになった人は?ピンボールの最高得点は?」
と叫んだはずなのに、あたしの声は窓を通したみたいにえらく聞き取りにくかった。
視覚の次は聴覚が塞がれたのかしら。
目も耳もひたすら白が支配し、やがては意識までもが白色に染められていった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
こうして若村美香は若村美香として最後の白昼夢へと落ちた。
MJを語り合う機会はしばらく見つかりそうにない。
痛いほどの静寂の中で、どこからか男の声がこだました。
「フォクシーレディーだ」
先程今際の際にされた質問攻め同様、それは白昼夢のように感じられた。
聞いたかもしれないし、聞いてないかもしれない。どの道起きた頃には忘れてる。
そんな儚い存在。
それからしばらく経った。
1秒かもしれないし、30年かもしれない。100億年でもおかしくはないが、さして取り立てる程重要な事柄でもない。
確かで重要な事柄は4つ。
視界が白から限りなく黒に近いレッドへと変わった事。
メトロノームのように響く鼓動は彼のものではない事。
全身が液体に漬けられている事。
そして、第二の人生の幕がゆっくりと上がりつつある事。
彼の能力の名は
『ラブ・ウィポンNo.21 M・M・M』
助けてください゜お願いします。もう助からない。
死ぬ前に 故郷■■町の
牛タンの味噌付が食べたかった
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