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What A Wonderful MMM  作者: Rを忘れない
【第0部】若村美香はみなとみらいで暮らしたい
3/6

あたし達の失敗

みなとみらいにはすぐ行ける

頭の中で映像化できる


 宣言通り、若村はメモリアルパークから紅葉坂の自宅へと向かう。

桜木町駅を抜けて右手へずっと進むと石畳の上り坂がある。これが紅葉坂だ。

 石畳を登り2軒3軒とマンションを横切った先にあるマンションこそ彼の自宅だ。

風情や風景もさることながら、県立図書館や伊勢山皇大神宮などが近隣にあることも若村が気に入っている要因だ。

 曰く世界で2番目に好きな場所。

ところで彼の将来の夢は大好きなMJのバックダンサーになることだ。

その為に日々修練を積んでいるがそれ以上に大変で思い悩んでいる事がある。

 「ここを離れなくっちゃあいけない」事だ。

 MJも自分以上に好きだがMM(みなとみらい)も同じくらい大好き。

 そのみなとみらい愛は少し病的で、長期間みなとみらいへ行けない状況が続くと禁断症状が現れる。

修学旅行のときなどイライラ、頭痛に始まり手は震え幻覚幻聴に襲われ腕の中をムカデが這い回っている妄想に苛まれた。

海外旅行中はありがたい御札のごとくみなとみらいの写真を握りしめて「みなとみらい分」を摂取し続けないとやってけないという。

 だからMJとMM、どちらかを捨てどちらかを選択しなくてはいけない。


 しかし間もなくこの葛藤は終わる。






 それはとても唐突で、そしてとてもあっさりとしていた。

 野毛方面から丁字路へ向かっていた大型トラックが突如制御を失う。

 鉄の塊が蛇行しつつ猛スピードで突き進む。

 ここで運転手を責めるのは酷だ。

これから彼は民事上の責任と、行政上の責任と、刑事責任を問われるのだから。

具体的に言い直すと多大な賠償金を払い、運転免許を停止され、7年の懲役をかされる。

もっとわかりやすく言うと人殺しになる。


 ならとっととブレーキを踏め馬鹿野郎と言いたいところだが、彼はある事に驚いた結果持っていた水筒を落としてしまった。

運悪く水筒がペダルの下に転がりさえしなければ、悲劇は最小に抑えられただろう。


 ブレーキから解放されたトラックが思う存分自由を謳歌する。

なんの奇跡か、蛇行が悲劇を防止する者達を全てすり抜けていく。

幾多の車両を回避し、境界ブロックの横を素通りし、本来ならバス等が通るためぽっかり開いた垣根と垣根の間へとありえない挙動で突っ込んでいった。


 暴走トラックの向かう先にはスロープと階段を区切る塀。

ここを下れば日本丸やメモリアルパークへ着く。


 そして若村は、メモリアルパークから紅葉坂へ向かうためちょうどスロープを上がりきったところだった。

 彼が気付いてた時、それはもう鼻の先まできていた。

 

 ありがちな表現だけど時間が止まったようにも感じられた。

トラックの鼻先がよく見える。もう少し距離を置けばナンバーまで読めたかもしれない。

しかしいくら思考は働けど、悲鳴も回避も間に合わない。


 フロントガラスには真っ赤に染まった羽毛の塊が張り付いていた。

 もしかするとその奥で顔を恐怖で歪ませる運転手と目が合ってたかもしれない。

 しかし若村は再開を果たした彼女の変わり果てた姿から、命中して飛び散る雪玉を連想するのに勤しんでいた。



 

 肉は伸び、骨は軋む。

 下半身は塀とトラックのバンパーにすり潰された。

 半身が塀とその上の柵を飛び越え、階段を10段飛ばして、横向きに並べた丸太みたいに展示されてるマストのそばに叩きつけられる。

そのあとに続く真っ赤な線がここ15行くらいで描写した物全てを汚していった。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 驚いたことにまだ死んでいないらしい。

我ながら自分のしぶとさに驚くわ。

 通勤途中の会社員ドモの悲鳴が聞こえる。

散歩途中の親子連れがいなきゃいいんだけど。


 トラックに10mくらいはね飛ばされたのは初めてだから着地失敗したけど、なかなか面白い体験ができたわ。

日本丸やランドマークタワー、コスモクロックやホテル、C・D塔もみんなグルグル回って見えるの。楽しそうでしょ?

これが夢ならもっと楽しいんだけど。



 アドレナリンってヤツの賜物かしら、割りとまだ痛みは感じないわ。

とりあえず激痛に支配されて冷静さを失う前に状況や怪我の具合を把握しときたくて立ち上がろうと試みる。

 でもそれは叶わなった。どういうわけか立ち上がる事ができない。

どうやら足をやられたらしい。そういえば感覚がしない。

トラックのバンパーがモロに当たったし、塀に挟まれた気がする。

 これは重症ネ、少なくともしばらく歩いたり踊ったりできないわ。

ならとっとと確認した方がいいわ、と体の反らしたあたしの目にとんでもない光景が飛び込んだ。


 予想は「しばらく」を抜けば見事に当たっていた。

思った以上に重症だった。どーりで立てないわけね。


 見飽きた片足が柵にかかっていた。

自分で動くことなんてできず、なすすべもなく断面から血反吐を吐いている。

 もう片方はたぶんトラックのとこに置いてきた。


 なんということ、今まで18年間一緒に連れ添ってきた相棒なのに。

色んなところを歩いたり走ったり蹴ったりしてきたのに。

この子達がいたからムーンウォーク覚えられたのに。

MJの斜めに傾くアレだって10年かけてやっと習得したばかりなのに。

ちなみに足の力だけじゃあなくて、靴底に金具つけて床に引っ掛けて傾いてる事を知ってればもっとはやく習得できてたわ。


 「おい、大丈夫か」


 見りゃわかるじゃない。


 「今救急車を呼んだ、少しの辛抱だ」


 たぶんK病院の救急車が来るでしょうね。

ここまで車で3分くらい。飛ばすだろうしもっとはやく来る。

 でも、確か血液を一気に2割失うとヤバイらしいじゃない。3割だっけ?

それで今のあたしは身体の5割がないわけだけど、どれくらい持つのかしら。


 「しっかりするんだ」


 顔向けるどころじゃあないけど、熱心な野次馬が一人いるみたい。

 まぁいいわ。あたしにはやるべき事が山ほどある。

 初めてその野次馬の方を見る。

 20代後半って感じで、ジェリーカールなんて三葉虫じみた髪型してる。

今でも普通にこんなのがスーツ着て歩いているのね。

 今のあたしが言うとなんか変な感じだけど、血の気が失せた表情をこちらに向けていた。

 

 時間がない。

さっきまで今日は14時間もある!ってはしゃいでたのに、次の瞬間あと1分もてばラッキーなんだから人生ってわからないわ。

 だからあたしは日々、こういうハプニングのために常時してるものがある。

 おぼつかない手でブレザーの内ポケットをまさぐり、茶色い封筒を取り出して、野次馬に突き出す。


 「ね、それ、開けてちょうだい」


 案外声はしっかりと出せた。

ニトログリセリンでも入ってるみたいにそれを受け取り、開ける野次馬。


 「3枚紙が入ってるでしょ、その『前』って書いてある2枚出してほしいの。

 それで、折りたたまれてない方の紙に電話番号書いてあるからそこにかけて。お願い。」


 上から順にね、と付け加える。

 正直ドン引かれて断られると思ってたけど、向こうは乗ってくれた。いい人ね。


 野次馬さんのスマホが耳に捧げられる。

すごい、スマホじゃない。確か2年前に出た携帯の進化版みたいなヤツ。

一度使ってみたかったなぁ。

あたしなんて未だに01年のデジタルムーバよ。

そんな事を考えているうちに電話が繋がった。

繋がるに決まっている。我が家にはある事情でいつ電話かけても必ず繋がる。


 「もしもし、蘭?」


 『美香兄じゃん、なに、忘れ物?』


 「色々あって伝えなくっちゃあいけない事があるの」


 通話を録画するように言って、折りたたまれている方の『前』の紙の内容を読み上げる。

要はあたしの1人目の弟蘭に向けた遺書ね。

あんたはここがいいとか、風呂場の件について反省してるとか、学校へ行こうとか、逃げる事は動物として当然の行為で恥ずかしくないとか、そういった感じね。

 念の為言っとくけど風呂場の件と学校は特に関係ないわよ。


 『遺書みたいだね、ママや他の兄弟にもなんか言っとく?』


 スマホを通じて、うんざり顔が容易く浮かぶ声が響いた。


 「そうしたいところだけど、10人全員に伝える時間はないわ。

 あぁそうだ、ママ、ごめんネ。」


 パソコンのデータ削除を託しもう切っていいと告げると、「パパによろしくー」という言葉のあと切れた。

 これでやるべき事リストの2割は埋まったわ。


 次の番号がうたれ、スマホが突き出される。

かかった瞬間あたしは残りの力を振り絞って叫んだ。傷が広がった気がする。

 怪訝な表情の野次馬さんが相手を尋ねる。

 

 「種田山頭火ファンの会。こいつらに「死ね」と言うまであたしは死ねないわ。」


 これでやるべき事リストの8割は埋まったわ。

あと2割を片付けるための状況は奇跡的に揃っていた。

 ここで吹っ飛ばされて本当によかった。


 改めて見てみるとなかなかハードな状態。

両足はもちろんのこと、股間はグシャグシャで〝使い物〟にならない。

思った以上に血は飛び散っててまさに一面血の海。

日本丸のドックまで到達して水面に滴っているんじゃあないかしら。

あたしも野次馬さんも含め半身吹っ飛んだ死にかけの応急処置なんて知らないしできないからほとんどダダ漏れ。

その血でコーティングされた地べたに内蔵がこぼれてる。

 正直気が狂いそう。もうなってるかも。

 

 野次馬さんが屈む。

声援でもかけてくれるのかと思っていると、なんとスーツやシャツを脱いで傷口を覆いだした。

なんて聖人なのかしらと今際の際で人間の温かさに浸るあたしだけど、次の行動にはちょっとビビったわ。

ジェリーカールの彼はネクタイとベルトを取るとあたしの身体に巻いて


 「一瞬我慢してくれ」


 たぶん人生で三番目くらいに大きな声出したわ。二番目はさっきの。

みなとみらいの端から端まで届いてもおかしくない絶叫した気分。

実際はコスモワールドまで届けばいい方なんでしょうけど。

 とにかくあたしの中では紅葉坂のマンションでペットの昆虫と戯れてるであろう弟にも聞こえるくらいの絶叫だったの。

そしてそのくらいの地獄の激痛だったの。

 やばいわ、なんか段々トラックにやられた分がこみ上がってきた気がする。

気が付くと涙や胃の内容物が漏れていた。


 「君、名前は?」


 痛みから気を紛らわせるためか、意識を保たせるためか唐突に振ってきた。

名前を告げると、自己紹介を始めだした。

名前は古里田 愛。親近感覚える名前ね。

35歳。予想大外れだったわ!

ご職業はと言うとなんとそこの横浜みなと博物館の学芸員。

そうだわ、どこかで見たような気はしてたけど何度か見かけた事あるわ。

 館内には操船シミュレーターがあるんだけど、それで半年ぐらい前に操作方法教えてくれた人だ。

もしかすると今日別の形で会ってたかも。


 あたしの中では30分は経ってるんだけど、救急車の気配はない。

死と救急車、どちらが先かわからないが、やるべき事を果たさなければいけない。


 救急車が来るであろう先を落ち着かない様子で何度も見る古里田さんを尻目に、あたしは這う。

上半身だけで移動するのは初めてなもんで勝手はわからないし、激痛と出血で意識はもやがかかったようだ。

目的地は目と鼻の先。たどり着かないと死んでも死にきれない。

 絵の具に浸した絵筆をこすったように、這った跡が残る。

メモリアルパークを両断する橋のような通路の真下をくぐると、左手に芝生が現れた。

 芝生の上で寝たり、本読んだり、携帯いじったり、絡み合ったりしてのんびりと過ごしていた人達は悲鳴をあげて蜘蛛の子を散らしたように逃げていく。

 悪いことしたとは自覚してるけど、これっきりだからどうか目を瞑ってほしい。

 平和なパークが一瞬で阿鼻叫喚の地獄絵図になっちまったわ。

まるで一連のあたしみたい。

 左を見れば芝生とランドマークタワーと日本丸、正面は海とワールドポーターズとコスモクロック。

お椀を逆さにしたようなパークの構造上、坂になっていてワールドポーターズはロゴしか見えないし、日本丸はマストだけ。

ランドマークタワーに関しては今さっきくぐった通路のせいで一部分しかわからない。

 意識が途切れつつある中、あたしは遂に到達した。

 『日本丸メモリアルパークの芝生の上』

 こここそがあたしが世界で一番好きな場所。

だから死ぬ時もここがいいと決めていた。

病院のベッドで動けなくなって後悔しながら天寿をまっとうするよりも、地獄のような苦しみに責められながらでもいいからここで死にたい。

トラックにはねられるのも案外悪くないわね。

 慣れないことして疲れたし、芝生に身を投げ出した。


 そうだわ、運転手の方は大丈夫かしら。

結構なスピードで塀に激突しただろうしあっちもまずいかもしれないわ。

 それに鳩にも悪い事をした。結果的にあたし自身の死に繋がったわけだし。

助けない方がよかったのか、いや無理に逃げたのが間違いだった。

 14時間もあったなら、どうせ施設は大体まだ開いてないんだし1時間くらい構ったってよかったじゃない。


 やっぱり傲慢な者はダメね。

おかげであたしの14時間は1時間にも満たず終わった。


 なにやってるんだ、と怒鳴りながら古里田さんが来る。


 そうねぇ、スーツもシャツもネクタイもベルトも汚してまであたしを助けようと奮闘してくれているというのに、それを無下するのもまた間違いね。

 でもどうしても絶対生きたい!ってテンションにはなれない。

どうしてかしら、死にたくない理由ならたくさんあるはずなのに。

 あたしには夢があるし、もっとみなとみらいで老後も過ごしたいし、家族だっている。

 パパが未破裂脳動脈瘤で死んじゃった時のママの様子からしてあたしまで死ぬとちょっとヤバイ。

 来月にはTHIS IS ITに行ける。

 ドラ〇エ4まだクリアしてない。

 彼女とまだあんましてない。

 彼氏ともあんましてない。

 銭湯のトイレにしかけたカメラ回収してない。

 ブレイキング・バッドがまだ途中。

 借りてる本も貸してる本もある。

 そうだ宮本に貸した金まだ返ってない。

 


 やっばいわ、今までは目の前の出来事に必死でショックでもう死ぬしかないってテンションだったけど、色々考えてたらやっぱ死にたくない。

まだ18よ。大学も行ってないし、これで死んだら最終学歴中卒じゃない一族の恥よ。

 チクショ〜〜・・・これは何かの間違いに違いない。なんて災難な日。

 こんな・・・こんなヒドイ事がみなとみらいで平穏に生きたいと願うこの若村美香の人生にあっていいはずがない。

ひどすぎるわ。なんてヒドイ目にあう一日なの。


 やりたいことがたくさんある。まだ死ねない。


 薄れゆく意識の中で「落ち着け」と声が聞こえる。

次にまた名前を聞かれた。若村と答えた。

プレーヤーでなに聞いてるか聞かれた。シナトラのMY WAYと答えた。

住所を聞かれた。紅葉坂と答えた。

好きなアーティストを聞かれた。マイケル・ジャクソンと答えた。

一番好きな曲を聞かれた。厳密には違うけどロック・ウィズ・ユーと答えた。

一番好きな頃を聞かれた。BAD出したあたりかしらと答えた。

好きなみなとみらいの場所を聞かれた。ここと答えた。

好きな映画を聞かれた。ちょっと考えて、「二十日鼠と人間」と答えた。

高校を聞かれた。ええ、と答えた。

高校を聞かれた。ええ、ええ、と答えた。

高校を聞かれた。いちごヶ丘高校と答えた

大丈夫かと聞かれた。ええ、と答えた。

大丈夫かと聞かれた。

大丈夫かと聞かれた。うなずいて答えた。

もう救急車が来たと言われた。

大丈夫かと聞かれた。

大丈夫かと聞かれた。うなづいた気がする。

大丈夫かと聞かれた。

なにかを聞かれた。

聞かれた。

・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・

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でも異世界は?

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