プライドの壊し方
続編的な何か。どうぞよしなに。
「あー! うるさい!!」
フィガ王国、応接室にて。
そんな叫び声が轟いていた。
客人も流石に困った様子だ。
女王が何を叫んでいるんだ。と思われるかもしれないが、こう言うと少しそれも和らぐと思うので、述べよう。
――果たして、齢10歳になったばかりの女の子に、国が回せるだろうか。
だがそれを差し置いたとしても、この女王は、一癖も二癖もあるのだが。
周辺の国王共は、彼女を一言で、こう評価している。
曰く――『否定姫』と。
話す全て、提案した全て、一切を自らの都合のいいようにし、否定する。その行動そのものを表す、彼女の別称であり、蔑称。
蔑称があれば、逆もまた存在して。
彼女を敬う者達は、彼女を『肯定姫』と。
自らのすべてを肯定し、国を繁栄させてきた王女としての彼女の功績をたたえ、こう呼ぶ。
『否定姫』が蔑称であるならば、『肯定姫』はさしずめ、敬称。
それほどまでに、二つの二つ名が、真逆の二つ名がつくほどに彼女は――自らの本能に従い、一つの失敗もせずに、国を繁栄させてきた。
すべてを否定し。何もかもと違う方針で。それでもって繁栄をさせてきた。
強引に。
自らの感性に任せて。
そして、こう言われる。
今世紀最高の王女だ、と。
少しの努力もせずにこれなのだから、努力をするとどうなるのだろうと、彼ら彼女らは少女に期待している。
それが正しいか間違っているかは置いておいて。
彼女はまたも――誰かの意見を否定した。
「あたしはあたしのやりたいようにやる! 周りのジジババが口を突っ込むな!」
「ですが、気を付けていただけなければ……! あなたの国を思って言っておるのですよ!?」
「あー! 知らない知らない! 何があってもどうにかなるし、今までもそれでどうにかやってきた! だから口出しすんな! 出てけ!」
「あ――ちょっ……!」
客人は――他国の使いとして来た客人は、王女の権限でつまみ出されてしまった。
「知らないわよ! 何が『国壊し』ですか! 何とかなるし!」
そう。
ただ心配されただけで、このありさまである。貴族の欠片もない態度だ。蔑称がつけられるのも頷けるだろう。
これでどうして才能があるのだろうか。
もっと他の人が授かるべきだったのではないか、そう思わされるだろうが、しかし、天才は、変人が多いという。つまり――そういうことなのかもしれない。
変な人がいるのだから、人の意見を全否定する天才がいるのも納得してもらえるのではないか。
会議――というには程遠い、一方的な押し付けが終わって、王女は――気が荒れていた。
「どいつもこいつも、私を子供扱いしやがって……!!」
御覧の様である。
「いえいえ。王女様がお強いが故に、周りも心配しているのですよ。この国の大切さを、その目で確認されては?」
「何が言いたい」
「だから」
――自分の目で、自分の国を確認してこい。
この言葉に表も裏もなく、つまりはそういうことで。
端的に言うと――気分転換してこいと言った。
ようやく、ようやく側近の言葉の意図を理解した王女は、――怒らないでほしいが――いかにも庶民的な格好で、元気に外へ飛び出していった。
こんなことを言うのはあれだが、10歳なんて、まだ子供で。やはり、その年齢で王女を、文句ひとつなく勤めることは不可能だろう。
だからこその、建前を使った優しさ。何とも心温まる話である。
まあ――そんな深い意図まで読み取れなかったらしい王女は――。
商店街にて。
お菓子に目を光らせていた。
「ナニコレ!?」
真ん中に穴の開いた棒状のスナック菓子を見ながら、王女は叫んだ。
王女は高価なものばかりを好き好んで食していたので、こういった庶民的なお菓子は食べなかった。
故に、その食べ物を知らなかった。――いや、もとより貴族なので、こういったものは知らなくても当然だろう。
王女はそのお菓子の見た目に驚いたが、何よりもその金額に驚いていた。文字通り、目を見張っていた。
「10……」
金額が、10。それはきっと何よりも安いだろう。
こうなると、味が気になる。子供としての好奇心なのだろうか。それともただの好奇心なのか。
王女は、一応持たされた貨幣入れの袋を10枚取り出して、王女の身長と同じぐらいのカウンターに立っているおじさんに渡した。
そして――その棒状のお菓子を手に入れた。
手に取って、それを眺める。
王女なのでもちろんのことだが、一人で外出したこともなければ、買い物なんて初めての経験だ。
この国の民たちの器の広さを――というか、人当たりの良さを視界で感じながら、王女は、恐る恐る棒状のお菓子を口に近付ける。
王女は三度――驚いた。
「んまい!!」
決して高級な味ではないがしかし、何というか、安さに見合わないおいしさ、とでもいおうか、口に残ってもっと食べたくなるお菓子だ。
もう一個買おうかと思ったがしかし、王女としての威厳が損なわれてしまうと考え、何とか踏みとどまった。
名残惜しいまま、その店を離れて――走って離れた。
歩くと、戻ってしまいそうになる。だから走る。
前も後ろも見ずに。ただただ走る。
ドスン!
「いててい……――あ、ごめんなさい……」
誰かにぶつかった。しりもちをついて、地面に座り込んだ。前を見ていなかったから――もしも、老いた人だったら、どうしよう。そんな考えが頭をよぎったが、顔を上げるT、その心配はなくなった。
だが、すぐに、他の心配が頭に訪れる。
その人は――その、男は、背中に――二本の剣を携えていた。
この国では剣を持つことが法律で禁止されているというのに、だ。
法律を破っている者か、それとも――異国の者か。どちらにしても。
剣を携えている者は――危ない。
王女の頭に、ふと、今日の客人のことが思い出された。
国壊し。
もしかして――彼なのか。今目の前にいる男が、それなのか。
白い髪に、明らかに異国の服装。その姿は、まるで山賊のよう。
彼が――国壊しなのか。
動けず固まっていると、男が手を差し伸べてくる。
「大丈夫ですか? 立てますか?」
こちらからぶつかったというのに、何とも優しい。
王女は、この男が国壊しではなかろうと思った。こんな優しい人が、国壊しなわけがないだろうと。
「ありがとうございます……」
「いえいえ」
「あ、あのっ!」
「はい?」
聞いておかねばならないことがある。たとえ安全だとしても。
「その剣は――何ですか……?」
――――――――。
男は、少し困った顔をして。
「これですか? ――本物なんかじゃないですよ。何なら触ってみます?」
男が柄から剣を抜き出し、それをこちらへ向ける。妙に様になっている。やはり、旅人か異国の者だろう。
剣が本物でなければいいだけ。王女は恐る恐る剣の刃へと手を伸ばす。
あと少しで――――。触れた。
それは柔らかく、とりあえず、本物ではないと確信した。何だろう、ゴム、とやらだろうか。
とにかく、この人は安全だ。
よかった。としか言葉が出ない。とりあえずその一言に尽きる。
もしもこの剣が本物だとして、そして王女が口封じのため殺されていたら――この王国は、終わりだ。
だからこそ、安心した。心の底から。
「あ、ありがとうございます……――この国では、剣を持つことは禁止されているんですよ? だから、偽物だとしても、持っておかない方がいいと思います、よ……?」
「ああ、なるほど。そういうことですか。以後、気を付けます」
そう言われて、頭を撫でられた。少しくすぐったい。
と、道草を食いすぎた。もう暗くなってしまう。
――国壊しか。少し、検討してみようか。
――。
危ない。
本当に、剣を偽物にしておいてよかった。
国は壊せても、流石に外から壊してしまったら――面白くない。
しかし、今の少女が――否定姫、か。
あんな子供がこの国の法律を知っているはずがない。ことはないと言い切れないが。
様子を見る限り、菓子とやらにも大きな関心と興味を示していた。
城下町の者たちは、毎日食べているようなものに、だ。
だから――ほとんど確定だろう。あの女の子は――この国の王女だ。
「――面白く、なりますね」
関わってしまったからこその――殺すときの快感。
想定外に関わってしまった者たちの殺される時の顔を、何度も見てきた。
どいつもこいつも顔に、絶望を張り付けて。失望を張り付けて。そして――。
助けを求めるような顔をして、泣いていた。
それが快感に感じて、たまに――嫌になる時がある。
「ッ……」
意味のない、誰に向けられたものでもない舌打ちをし、偽の剣を宿の机に置いた。
少し乱雑に。
さて、明日にでもこの国を――壊すとするか。
「だから! ――その……騎士団を雇いましょう、できるだけ強い……」
夜の応接間にて、小さな声が、声を上げていた。
無論、王女であり、今日のことがあったためだろう。
しかし、周りはそれどころではないようで。
「王女様が――肯定した! 初めて他の意見を――肯定したぞ!!」
それこそ――新聞の一ページを埋めるだろうくらいには、盛り上がっていた。
だが、王女はそんなことは気にしていなかった。今日のように、国民たちの暮らしを見て、そして――あの男を見て、そうした方がいいと感じただけだ。誰でも少し考えたら分かることだ。
それなのに、この国は……。
とにかく、手は打った。一応の、だが。
あくまで予防の範囲。要は考え直し程度だ。
「……」
王女はただ唾を飲んで、来るかもしれない日を、恐れながら、騎士団の到着を待った。
騎士団は、翌日には来た。
いかにも強そうな男たち。これは期待できそうだ。
「ただいま到着いたしました」
厳かな音声を持って――厳かな音声を以て、そう言う男は――かの有名な、世界の剣士だった。
名を、ジェイプ。確か、そう言ったはず。
「ここまで来てくれて助かる、ジェイプ殿。今回は『国壊し』のための予防だが――報酬は、もちろん、こんな危ないことに名乗りを上げたんだ、相応の報酬を送ろう」
「報酬などいりませぬ。私はただ――世界に存在する国を守りたいと、そう思っているだけ。それがたまたま、貴殿の望みと私の望みが合致したのみ。それ以外に、理由はいりますまい?」
「ふん」
流石、剣士の――いや、人としての理想を具現化した人だ。一般人が本能なら、この人は理性だろう。ここまでくると、まるで神だ。
「それでは、よろしく頼む」
「――――」
何も言わず一礼し、仲間に指令を出していく。
そして、応接間から出ていった。
「来るなら来てみなさい……!」
国壊し!
――――。
「……」
寝過ごした。
今日の朝には決行しようとしたが、昼過ぎまでガッツリ寝てしまった。
しょうがない。今からでも、行くか。最近調子が悪いな。
だからこそ気を引き締めていきたいものだ。
そう思いながらバンダナを頭に巻き、前髪が邪魔にならないようにする。
さて、今回は宿を壊さずに、国に訪問してみようか。
背中に二本の剣を携えて、『鬼』は、歩を進める。
「ここが」
今回、壊す場所。
中々に大きい。
さて。
「お強い方が一人、おられるようですね……」
共鳴、のようなものがよく起こる。極みに達した者がこの城の中にいる。きっとあちらもクロエの気配を感じただろう。色濃く、黒く。
「何者だ貴様!」
兵が二人。見る限り、極みに達した者の連れだろう。
何ともまあ。
「――柔らかい……」
鞘に手をかけ、警戒している二人。
それは、遅すぎる。
「――…………?」
二人の兵は、気付いていないようだった。
――自分の身体が、割れていることに。綺麗に二つに、割れていることに。
「は、はぁ……」
音なく崩れ。
それは“元”人間となった。
「何者か分からないのなら――襲い掛かればいいんですよ。っと、あなたたちは騎士ですか、そうでした。すいませんね」
軽く挨拶のつもりで、相手を殺した。それにしても――遅い。
片手に持った剣を――血でまみれた剣をしまわず。
目の前の階段を、笑顔で上がる。
もう出てきてもおかしくない。
共鳴者。
結局。
結局、誰とも出会わずに最終階層まで上り詰めてしまった。
だがまあいい。この階にいることは確定した。
後はゆっくり、ゆっくり探せば――。
ぐさ。
――鈍い音が、クロエの耳に、届いた。
理解は、すぐにできた。
胸元を貫く、鞭のようなもの。
傷口を開かないようにゆっくりと後ろを振り返ると――――いた。
共鳴者が――いた。
見たことのある顔。世界各地で『英雄』と、祭り上げられている男。クロエの――正反対の、男。
「ジェイプ……!!」
「ほお……私の名を知っているとは――私も知らずのうちに有名になっていたのですな……」
「そんなことより――やはりあなたはこんな時でも冷静だ。素晴らしい、それが騎士、いや、剣士としての極みに達した者の佇まいだ」
「かくいうあなたも、極みに達しているのではないのですか? 共鳴するということは――あなたが、それに見合った実力を持ち合わせているということ」
「そう、でしょうね。でも――私とあなたは違う、主に方向性が。あなたが純白なら、私は――暗闇だ」
こんな感じで、と。
クロエは傷口を見せる。
血の流れて、黒く、ただ黒くなっている穴を、ジェイプに見せつける。
「やはりあなたは優秀だ」
「――――狂人め……」
「そう、狂人……鬼よりも、幾分かかっこいいですねぇ」
狂った人。少しだけ違うだろう?
「私のどこが――人間なんでしょうか?」
「!?」
「だから――私のどこに、人間性があると思うんですか、あなたは」
「それは」
ジェイプは答えられない。
姿形は人間だ。だが、感じる気迫、感じる全ては――人間ではない。
それこそ――やはり、鬼のようで。
狂った鬼。
「まあ、そんなことはいいか……――さあ、ジェイプさん? 殺り合いましょう?」
「…………」
世界のヒーロー。ここがお前の、死場だ。死に晒せ。
悪の根源。ここがお前の墓となる。消えてもらおう。
お互いの剣が――ぶつかり合う。
光を発して、火花を発して、ぶつかり合う。
お互いに、剣を。
身体に傷が増えていく。
場が――赤く染まる。
身体が、赤く染まる。
「君は何故ッ! こうも強くありながらッ!」
「?」
「何故、『そちら』へッ! 行ってしまった!?」
「そうですね……! 強いて言えば――人生が! そうさせただけです、よッ!」
隙を、見た。その隙を、『鬼』は見逃さない。
腹部の――文字通り目の前に迫りそして。
首を、飛ばす。
目に光を込めず。
血に染まりながら、両手に剣を携えながら。
――笑っていた。久しぶりの好戦に。
「ん……」
疲れを、心地いい疲れを、その一言に乗せて、出す。
残すは――王女様だ。
死神の迎えが来たと知らせに行こう。
さて、この扉の向こうにいるはずだ。
ゆっくりと扉を開ける。
そこには――果物ナイフを持った王女様がいた。
その王女様の顔は――驚きに塗れていた。
「あ、あ……」
「そうです。あの時の、男の人です。名前をクロエと言います。来世まで覚えていたら、会いに来てください。それでは――またどこかで」
そう言い、剣を振り上げた。
グサリ。
果物ナイフがクロエの身体に刺さった。
クロエには――痛くも痒くもなかった。
「――どうですか? 気は済みましたか?」
「や、やめて……!!!」
この人も――この反応だ。面白くない。
だが、殺さなければならない。
狂ったように、壊れたように、何度も刺し続ける王女様。
聞こえてなかったとしても――一応、アドバイスしておこう。
「――一度優しくても、二度目がそうだとは限りませんよ。人間なんて、ころころと感情が変わるものです。だからこそ――あなたのように、他の意見を否定し、ましてや侮辱するなんてそれは、なんて――傲慢なんでしょう?」
さて――言いたいことは言った。
すぐにでも殺そう。
「お願い……もう、そんなことしないから……」
「では、来世の教訓にしてください」
そして――殺した。
人の未来を、また一つ消した。
国もそろそろ崩壊するだろう。物理的にも、精神的にも。
「さあ、次は、どこに行きましょうかねぇ……」
のらりくらりと、鬼は――『狂鬼』は歩き始める。
評価お願いしますわー。