第21話:花言葉
読み(主に名前類):
梅木樹珠:うめきじゅじゅ
主様:ぬしさま
巫廻麗刄:ふみつば
21話!存在忘れてなんかいないもん!(他の部分も一気に投稿!)
主様に背中を押されて、隙間の中へ入っていった。隙間は、代々鬼神族の血筋を受け継いだ者のみ扱える、だけれど主様が隙間を使えていたことに私は不自然な感情を思い浮かばなかった。そこに私は自分自身を疑ったが、主様に会って三回目の感想は「なんでもあり」だったので、私は自分の心の口を塞いだ。口を塞いでも、心はそれを嫌がり、拒んだ。小鬼の頃に経験した感情『恐怖』、私は主様の隙間に足を踏み入れた突如にそれを感知した。主様の使う隙間は不自然で、不完全、中は目玉だらけ。中に通っているときはいつも壁がどこにあるかわからない真っ暗な空間の中にある無数の目玉に見つめられる。夜な夜な起きてて疲れている看守が罪人が通るときを必死に目を開けているときの眼差し。監視されているような感じで、見られている。
私の下駄が地面に響くと、音は広がり、洞窟の中の水溜りのように響いたものが帰ってくる。無限に続く道、誰かがなんども通った痕跡が見える道を歩く。赤い目玉が黒い背景と混ざって萎む。
小さい足跡、大人の足跡、通っている道が急に窪んだと思ったらそれが一つの足跡だったりした。獣の足跡も、鬼特有の足跡もあった、全部一つの襖ならぬ扉の向こうへと繋がっていた。
私は最初、扉を開くのが怖かった。なんとなく、小鬼の頃知った狂気の沼を思い出しそうだったから。だけれど、扉の向こうからはいい匂いと、暖かさが伝ってきた。大丈夫かな、と警戒心を解き、心を改めて、扉を少し開けようとした。そのとき、私が思いもよらなかった声が隙間の中の空間に広がっていった。
「そこはダメだ。そこには入ってはいけない。」
兄様?
「主様がここの隙間を開けたんだね。」
兄様なのですか?
「ここは僕の体内だよ、いろんな空間に繋がってる。僕が行ったことがあるところしか繋がっていないけれど。」
なぜ兄様の体内が隙間の空間と化しているのですか?
「樹珠、お前は俺の力はどちらなのか知らないだろう。」
まただ、第一人称が定まっていない。兄様の手紙で私は気づいていた、兄様の様子がおかしいと。
自分のことを俺だの僕だの我だの。
私のことを話すと思えば、『お前』を使ったり『君』を使ったり。さっきは『僕』と使ったそのすぐ後に『俺』を使った。この赤い目玉を鬼全員が持つ赤い目だと思えば、兄様の目だとも思ってもおかしくはない。くたびれた目をしている理由も、兄様の今の精神状態を思えば、何の不自然もない。私はそもそも兄様が力を使うところを見たことはない、どちら?どういうことなんだ?
「とにかく、そこは入ってはいけない。赤音の家に繋がってる。」
「赤音?人間のことですか?」
「そうだ、そうだから。入るな、入らないでくれ」声が二重に重なって、三重になり四重と重なって訳がわからない声に変化してゆく。精神状態の脆さが表に出て懺悔しているようだ。あの扉につながるこの道は、いろんな形の足跡で通われている。それがそうなのであれば、きっと兄様は嫌になる程通い詰めているのだろう。不安定な足踏みで転んで泣いて、自分のせいじゃないと嘆いて後悔をする、兄様は今、精神状態の不安定とともに後悔の塊のように見える。
懺悔をしたくて、謝りたくて。
嘆願をしても、言葉に出せなくて
「喉の中に穴があいてしまったのですか?」
喉の中に穴があいてしまったから、しゃべらなくなってしまったのですよね。直せない穴が洞窟のように広まってしまったから、笑えなくなってしまったのですよね。広まったものがもう二度と直すことも利用することもできないから、閉じこもるんですよね。天邪鬼を真似て、誇りを忘れてしまって、何もできないんですよね。
私がどれだけ同情をしようとしても、ここは兄様の体内、兄様が私の体内にいて心を見透せる訳じゃない。
だけれど、兄様の体内だからこそ、心の流れを私は見える、兄様の心の文字がつらつらと、流れて燃やされているところを。真っ黒に染まった兄様の影の腕を止めても、燃やすばかり。
兄様は主様と似て何を考えているかわからないから。
長い間一緒にいた訳でもないし。
兄弟で何かをしたという思い出も数えれるものぐらいしかない。
それで別にいいんだよと言っても、私は私でそれが嫌だ。
兄弟じゃないようで、怖いのだ。
兄様は、そんなことは考えていないらしい。私のことなど、歴兄のことなど、主様のことなど、なにも考えていない。
自分のことだけを考えている、自己中心の心情を目玉の裏まで焼き付けている。
どこを見ても自分を責める言葉ばかり。それでもさっき聞こえた兄様の声はどこにも聞こえない。鳴き声も、呻きも、眠る声も、何にも、言わない。
私が見える真っ暗な世界の中も、暗いままで安帝していて、雪が降っていると錯覚させるくらい寒い。それでも私はここを離れたくはない、兄様がまた話すまで待つ阿呆な妹を気取って。
そこで私は口を開いて試みる「兄様は主様に任せると言いました。」
文字は止まるどころか、逆流し始めて無になる。
「任せると、言いました。私は人界へ行きます。」
無になって、何になるの?
それでいいの?
思い残すものがないの?
なんで、行っておいでっていってくれないの?
無になったあとで、悲しみも、喜びも、怒りも、何も感じないの?
雨が降る私の目の前に広がる白い花園は、神主の白豹鈴蘭と初めて会った時の光景を思い出させた。雫が紫陽花を咲かせて、小さいあの時の夢を思い出させる。
淡い青空、桃色の花々。
私は幽霊。兄様も、歴兄も、父上と月水兎だって、全員何かに取り付いていないと命の戦もやってられない。
世界の誕生の一日で現れる日の出、すべての始まりの空は黒なのか白なのか。はっきりわからない限り悩むしかない。
悩んで悔やんでまた考えて、鬼の一生は背負った業に従って寿命を弄る。人間だってそれも同じだ、何を判断するかで一生が変わって決まる。
兄様は何も言わない、でも雨を降らした。真っ暗な世界を少しずつ変えてゆく。
ちゃんと向き合ってほしい。そこで白い文字が声とともに地面の水溜まりに反射する。
『約束ぐらい守ろうよ。』
『私ね、巫麗さんがいないと毎日楽しくないんだもん。いつも笑顔で過ごしてもらわないと、こっちまで心配する。』
『笑顔だけじゃ幸せって感じないと思うけれどなー』
『いいのいいの。毎日笑顔で楽しく過ごしていれば、幸せって、当たり前になるじゃない?それが一番いいって!』
『当たり前になったら幸せってなにになるんだ?』
『日常。』
『日常以外』
『愛情。』
『それがいい。』
『じゃ、毎日愛情心に込めて過ごしましょうか』
『和むね、とても。』
『はい、じゃ巫麗さん、また約束交わしましょ。二度と、あんな顔しないこと。』
『合点承知、了解いたしましたよ。』
『もっと感情込めて!!』
『はいはい』
その後に続く笑い声。それを見て聞いた私は、あの扉の方に目をやった。
薬、涙、止血、いろんな花の匂いがする。
私は少し扉を覗き込んだ。
人間の女が一人、白い衣を頭と腕と足に巻いて、布団の形をした寝台の中で本を読んでいた。
指定された速度に合わせて心肺速度の音が彼女の横にある四角い物から鳴っている。ここはまだ見ぬ世界なのだろうか?そこで、女が少し空いている扉に目をやった。
「巫麗さん?そこにいるの?」
その弱そうな声を聞いて私は、絶句した。この女は、死にそうなのではないのか?死に損なって、兄様はこのか弱い女性を鬼人にしてしまったのか?
この女性は、それを知らないのか?私は、ただ扉をそっと閉じるしかなかった。自分の手を見つめてみれば、震えている。私は声を出した、震えた声を。
「兄様、約束守らないんですか?」
悲しみと怒りしか私の心中にいた。
『返事がなければ私が意地であの扉をくぐり抜いてやる、兄様に、目を覚まさせたい。』
でも、もちろん返事が来るはずもなく、ただ白い花に彼岸花が代わりを取っただけ。
「思うのはあなた一人、その一人を守ろうとは思わないのですか」
彼岸花の次に罌粟の花が咲く。
「私を拒絶しないでと思うなら、あの扉をくぐってください。」
牛蒡の花。
「触れないで?触れますでしょうよ、いつも馬鹿みたいで笑い飛ばしていた奴が急に静かになったらそれは問題を探ろうとします。それとも虐めないでとでもいうのですか、虐めるな?虐め?あなたが自分を虐めているんですよ、あなた自分が自分に何を言っているか聞こえないんですか?」
天竺葵を最後に、新しく扉が作られていく。私を追い出すような感じで風も吹く。
「兄様、主様と歴兄のいうことをちゃんと聞いておくんですよ。次にまた会う時、笑ってほしいですから。ちっちゃい頃の思い出を再現してくださいな。」
シロツメクサが地面いっぱいに生えてくる。
『約束』
私は出て行った。今度は泣かずに、清々した気持ちだった。光が灯って、朝日が昇るのを見つめた。
「京に行っておいで。」
後ろに兄様が急に現れて私の背中を押した。
「あそこは人が多くて、事も面白い。」
久々にみる兄様は、髪が少し荒れて切ってあったけれど、その分愛しいと思える人がいたのだとほっとした。私は頭を縦に軽く振って
「いってきます」と言った。
大きく幸せそうに笑う兄様を見るのもいいけれど、些細に微笑もいいなと思った。兄様の体内というものの世界の幻想が解けてゆく。また黒く染まっていく、光が灯る扉の向こうへ私は飲まれていった。主様、歴兄、兄様をよろしくお願いします、心を治してあげてください。
京の土地は広くて、確かに面白そうな感じがしていた。心が踊りそうで、顔が勝手に微笑んだ。結構高い山の方に私はきてしまったらしくて、手を上へ伸ばしたら雲を掴んで空を飛べる気がした。空の方から私を見たら、同じ事を考えてくれるだろうか。雲が私に手を伸ばしたら、雲は下へ下がって私が掴んでいる間はずっと地上にいる。互いの必要性を踏まえた上で生きていくのはとても楽しそうで、鳥になりたい気持ちになった。
鳥になったら空に飛んで、大きく広がった大地を見て、ほかの鳥たちと共に息を吸う。
同じものを見て、何かが壊れたら一緒に治して絆を作る。
今まで私が生きてきた場所は村ばかりだったから、京の話すら聞く事もなかった。でも今は私はこうして京のすぐ近くの山の中にいる。人間が近づかなさそうな山奥。でも木々の間に見える青の空と太陽の清め、見えるものが広いというわけではないが、それでも希望を感じさせる光景だ。
鹿や猪がいて、妖怪もいた。
一番最初は
「人間だ!人間だ!」と私を食おうとしたけれど、私が角を生やせば何の問題もない、逆にこちらのもの。尻尾を丸める暇もなく逃げていった。
もし月水兎が月鬼村の守り神のようなことを京でしたら私は人間に怯えられずに、心と心の糸をつなぐことができるだろうか。いつか、人間と分かち合って、私たち鬼は見られるのだろうか。私たち鬼がいない世界が存在して、その存在に意味があっても、できればそんな世界を「嫌だ」と私たちひとりぼっちで孤独の鬼と賭けをしてくれる人間が居てくれたら、それはとても嬉しいことだ。
一種類の花のみ愛しいという者よりも、全部の花を愛しいと可愛がる者の存在の方が貴重で、重要だと思う。だけれどそれが非だという人間がいる、全てを愛する者は何も特別に思わないからだという。
だけれど、全てを愛する者にはある特権がある。それは、本当に愛しいと抱きしめたいと思わせる者を探せることだ。無数の中で一つだけを選べる特権がある。星空という宝箱から一つだけ選んで毎日その宝石を愛でる特権。
鬼にだって、それくらいの誇りがある。
誇りを捨ててたまるか。




