第16話:世界の基本
読み(主に名前類):
梅木樹珠:うめきじゅじゅ
鬼名:きめい(鬼の業)
麦藁菊:むぎわらぎく
興奮状態を維持することは難しいとどっかで読みました←何読んだ。
女目線から父の恋愛物語を語れば、可愛らしい恋する乙女のような気分になる。それは、今この小さな人の子二人の目の前で語ったからこそわかる実感ある証拠である。
意外だ。
兄様も歴兄も、笑い話のように腹を抱えて物語を仲良く話すから、私も誰かにこの物語を語れば兄様達の心情がわかるのかなと想像していた。けれど、実際の私は腹を抱えることなく、胸ときめかせながら話すものだから想像外であった。
男目線からの父の恋物語はきっと男の恥のようなのだろう。この二人の人の子も少しだけだが、笑っている。理解ができないゆえ、聞くことしかできないが、どこかおかしいところがあるのだろうか?
「なんで笑っているの?」さりげなく。
「え、だって女の人が自分のお父さんをお腹を殴ったんでしょ?お姉ちゃんのおじいちゃんを殴ったんでしょ?面白いじゃない!」満面な笑顔で言われて私は混乱した。
確かに、少々おかしいとは確かに思う。だけれどそこまで笑うことだろうか?
「面白かったのはそこだけ〜、と言ってもお姉ちゃんのお父さんはお姉ちゃんのお母さんから告白されたんだね。確かうちのとうちゃんも似た感じだったって!」
「へぇ、そうなのね」
「うん。じゃ、お姉ちゃんの物語はどこから始まるの?」
真っ赤で暖かい頰を持つ若い二人の人の子は同時に教えてと座り込んだ。こんな風に私も兄二人の昔話を聞くべく強請ったことがあったなと夢うつつ口を開けた。
「どうしようかな」
その七文字はとても軽く重かった。鬼としての人生を歩んだ私の物語を人間に変えても、狂った針地獄ととてつもなくつまらない海面しか表せないからである。
「えぇ!約束と違うじゃん!」
「約束などしていないしね」
「嘘だ、言うって言ったじゃない!」
言ったとしても、つまらない昔話だねと言われて私が困るだけだし、話さなくてもいいかなと大人間の自由を私は振る舞った。
「大人は意地悪なんだから!」
膨れる頰に私は肩を委ねた。
とても疲れた。
「お姉ちゃん?どうしたの?」
「疲れただけだよ。」
「喋っただけなのに?お姉ちゃんが起きてから座ってお話ししただけだけど…」
「馬鹿を言いなさんな。喋るのも結構疲れるものだよ。」
ゆっくりと呼吸を感じる、落ち着いた心音も、ゆっくりと私を眠りに誘う。
いったい私はどれだけ眠ったのだろうか、どれだけ怯えて目を開けていなければいけないのか。人が欲を生み続ける限り、私は消えることはないだろう。無限の命を首につなぎとめても私はたった一人という存在を愛することは無理なのだろう。
父上は殺戮の鬼神、人間が殺戮をやめるとき、父上はヒトとなる。
兄様は加虐の鬼神、人間が加虐をやめるとき、兄様はヒトとなる。
歴兄は歴史の守鬼、人間が歴史を作るのをやめた時、歴兄はヒトとなる。
母上は昨年ヒトとなった。
母上は命の鬼神だった。
人間が自ら産み落とした命を愛することをやめる時、母上はヒトに成るのである。人間は何時ぞやか、自分が産み落とした命を見捨ててしまった。自分をたなに上げ、自分の子供をたなに下げ、比べ、愛とは違う自己満足となってしまった。産み落とされた命は、命として認識されることはなくなって行き『所有物』として認知されるようになってしまった。
母上は昨年ヒトとなった。父上も、兄様も、歴兄は何も言わず、ただ星空から一つ綺麗な星が流れ消えてしまった。その星が消えた時、悟った。母上はヒトとなったことを。
殺戮も、加虐も、歴史も、命の愛しさも、いつか必ず終わるもの。だけれど欲というものは人間がどれだけ努力しても消えないものである。私は厄介な業を背負ってしまった。とても重く軽い私の罪は、何と比べても結果が出ない。人間が生きていくために必要なのは水でも食料でも、信頼できる仲間も、危機回避性でも、失敗を学んだ後の成功でもない。それは欲だ。
人間が生まれる時まず母からの母乳を欲する。
赤ん坊が成長しだしたら歩くことを欲して、歯を生やし様々な食料を欲する。そして『世界を知りたい』と欲をして学ぶ。
私は人間が物事を欲することを判断するために情報を委ねる鬼神、人間が何かを欲するたびに私は彼らの幽霊になって存在し続ける。この無限の道筋は人間からは最強の印だと讃えられるが、彼らは知らない。
有限の命がどれだけ大事で、貴重で、愛しいものなのか。
無限の命はどれだけ残酷で、悲しく、無慈悲なものなのか。
無限の命はどこでもあるものではない、どこにでもその無限が存在していたら彼ら人間を所有するこの世界は天界と一緒のようなものだからだ。無限の命さえあれば無限の力が存在する、それゆえに何度失敗してもやり直せる。無限だから切り落とされた腕もいつかは生えてくるし、餓死しても又甦って仕舞えば体調は元通り。筋肉が衰えて無力になってしまっても永遠の時間を駆使してまた健康的な体にいつでも逆戻りが可能だ。
やり直せる、それが無限の命の唯一の利益だ。
鬼も人間も、唯一無二の最強像には三つの点がある。
一、優れた肉体であり、高度な戦闘が可能。
一、頭脳の回転が早く、知識を持て余している。
一、無限の命、すなわち不死身であること。
無限を持っている私だからこう言えるのだろう、他にも重要な点があるのではないのかと。最強を追っていても無限があればいつかは可能になる。有限の命だからこそ惜しむものもあるだろう、死を、有限の愛を大切にすることを。
鬼名を背負ってしまった私はもう永遠を彷徨うしかない。私が永遠とこの容姿をしている間、この赤く可愛らしい頰の人の子たちは成長して、愛しい人と結ばれて家族を作り、いつか皮膚に皺を折って杖を突き、若き頃の夢を見て最後には長い眠りにつく。
有限のものは有限のものとしか愛を育めない。無限という存在は大きく、同時に孤独だ。
鬼の中で母上の命の時間はとても短かった。鬼神族の本家であろうとも、彼女が背負った「己の子供を生涯愛すること」という業は人間目線からは簡単に捨てることができる判断材料であった。母上は人間から全否定をされてしまった、母上の存在価値はそこまでしか人間に影響しなかった。
「ねぇ、お姉ちゃん」
「うん?」
「疲れているの?眠たいの?」
「眠たいのと疲れているの、どっちも。」
「じゃ、お姉ちゃんはちっちゃい頃どんな子だったの?それだけ教えて!」
「普通な子だったよ、ただ憧れるものが大きすぎた女の子。」
「憧れるもの?それって何?」
「とても強くて、とても弱いヒト。」
「え?それってどうゆうこと?」
「どっちもってことだよ、どうしようもなくて仕方がないの。」
父も、兄二人も、母上も、神主も、人食い慎吾も、主様も、とても強くてとても弱い。その二つを持ち合わせている命だけが、最も強い命だと私は断言しよう。
「私の兄の先生、いえ、私の家族の先生がとても強くてとても弱いヒトなの。」
「へぇ、面白いね、半分半分。」
「ええ、」
主様との最悪の出会いを思い出す、あの時の私は幼稚で世間知らずだった。兄二人とも過保護のせいでもあったが、私の欲も人間よりも少々足りなかったため明らかに私にも非が存在していた。主様との時間は2日間、いや一日も足らないほどの短い『瞬間』であった。だけれど、私はその短い瞬間の中で学んだ。
影の自分の存在を知って、自分と戦って、口論しあって、最後には互いを知ろうとしている。未来の姿、それは何よりも儚く、脆いものである。なぜかといえば、未来というものは自分の行動で変わっていくからである。もし、今まで私がしてきた行動が『私』を作り上げたのならば、きっと『私』は変わっていくことを望んでいるのであろう。
正しい選択肢などつまらない、選択肢?そんなものは必要ない。
欲深くあれ、それが私の業であり背負っている罪だ。私の欲深さは選択肢さえ払いのけてしまう。だからこそ私は変わっていかなければならない、変わって行きたいのだ。永遠の命を道筋辿って正確に行く先を知っていることよりも、野原を自らの足で進んで道を作る方がよっぽど楽しいだろう。
一直線の道はつまらなすぎる、私には似合わない。だったら好きに道を歪ませて、地面に花でも描こうではないか。私は梅の花、花とは美しい。だけれどその異形の形からして不気味で醜くもある。鬼の我らが代するものに等しいのは花、醜くて美しい。きっと主様もそう思って父上に麦藁菊の表しを任せたのだろう。
彼岸花の兄様も、大菊の歴兄も、桜の母上もきっと主様が名付けたのだろう。
だけれど私は私を名付けよう、私は欲深いから自分の名前くらい自分でつけたい。
『梅木樹珠』という名の通り、私は梅の木となって『欲』を食べる花を咲かせよう、きっとその木は何よりも美しくて異形で醜く、どの人間だって私の木から目を離せなくなるだろう。だけれど願うならいつか、私がいつか一人だけの命の花に目を離せなくなるようになりたい。その命は有限のもので、私の苦しみを理解してくれる命だと願う。
無限の命を持つ私はいつか無限という本質を放り出したい気持ちになってみたい、人食い慎吾も自分の本質を投げ出し人間になりたいと願うその心構に。
私は欲の業を背負った鬼神、だけれど同時に私は欲を食として生きてゆく赤鬼。決して忘れてはいけない、この世界は弱肉強食、弱いものが強きものに食われる世界。今ではそんなに野蛮な世界ではないだろうと平和呆けをしているものが真っ先に強者に食われる。
主様に出会った時私はそれを学んだ。たとえ異界であれ、人界であれ、天界であれ、どの世界に関しても弱肉強食は変わらない。過去であっても未来であっても決して世界の基本は変わらない、日常から人間も鬼も進化し続けなければいけない。
後ずさりをしているものに追いつくのは前に進むものだけだ、どの命でもどの世界でも基本は変わらない何事も。
だからこそ弱い心と強い心を二つ持ち合わせることは大切だ。
光は闇を覆い、闇は光を覆う。
だけれどそれは果たして闇と光なのか??
光でも、闇からの目線では光は闇であり、光からの目線の闇は闇である。
影の私が言っていた「私は貴方、貴方は私」の言葉のように、矛盾していて矛盾がしていない言葉。我ら鬼が人間の影ならば、我々は人間に持っていないものを持っていて、人間が持っているものは我々は持っていない。
弱肉強食であれ矛盾がしていて矛盾がしていない。なにせ強者も弱者にとって肉なのだからだ、強者は肉を食うが隙を見せてしまっては弱者に狙われるものである。それを人間は『大暴落』と呼ぶ。鬼の基本も人間の基本は似ていて違う。無限の命でさえ、矛盾が矛盾している存在だ。
「世界は矛盾したものなのだよ。よく覚えておきなさい、二人とも。」柔らかい髪の毛を撫でて彼ら二人は微笑んだ。その時静恵と彼女の夫が帰ってきて、静恵が紙袋を私に渡した。
「誰かからの手紙だそうですよ、梅へと書いてあります。」
あぁ、兄様たちからの返事が帰ってきた。兄様の独特の筆さばきを確認して私は心の中で腹を括った。