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神様の涙2  作者: 美黒
1 2年後の僕たち
8/39

8 男が引きつれた不安

 梅雨が、明ける。僕らの季節が、終わりを告げる。

 僕は一抹の不安を覚えて、着替えようとしていた手を止めた。

 早朝、大学に行く前になんとなく見ていた天気予報で、ついに梅雨明けを知らされた。

 「本日を境に、連日太陽の姿が見られるでしょう。熱中症に気を付けてください」

 天気予報のお姉さんが笑顔でそんなことを告げ、僕は衝撃を受ける。

 七月なのだから、当然だ。梅雨は空けて、本格的な夏がやって来るのは、いつもの事じゃないか。

 それでも、僕はどうにもざわつく心を落ち着けられず、窓の外を見た。

 ちなみに今日の天気は晴れ時々雨。降水確率は三〇パーセントで、多分降らない可能性の方が高い。

 時計を見ると、七時を過ぎたばかり。僕は今日の講義の内容をなんとなく予想して、スケジュール帳を確認した。

 「……うん、出なくても何とかなる」

 サボって神社に行っても、全然問題ない。

 思い立つと、即座に着替えやら歯磨きを済ませて、出かける支度をした。

 こんな日くらい、朝から雨宮さんの傍に居たって問題ないはずだ。

 だから、急げ。

 感情に突き動かされて、僕は家を飛び出した。

 それは、自ら危険な場所に飛び込む動物の姿だった。


 「もしかして、私の事信用していないんですか?」

 「ち、ちが……」

 「でもこうやって朝から来て、必死な顔して!梅雨が明けても大丈夫だって、言ったのに……。花火、見ようって約束したじゃないですか」

 「もちろん、それは覚えてます。その、でもやっぱり心配で……、雨宮さんが消えたらと思うと、居てもたってもいられなくて」

 怒られた。

 盛大に、怒られた。

 隣で雨宮さんがこれ以上ないくらい、頬を膨らませて怒っていた。リスのようなその姿は可愛いんだけど、こんな時にそれを言ったら更に怒らせてしまうので黙っている。というより、彼女に怒られるのはすごく新鮮だった。

 いつも穏やかである雨宮さんが、僕の行動一つでこんなことになるなんて珍しい。まあ、それもそうかと僕はこっそりため息をつく。

 結局、雨宮さんが心配で心配で、それだけで大学をサボって梅雨明けの今日、来てしまった。消えてしまうんじゃないかって。

 でも、雨宮さんにはそれが自分を信用されていないと思ってしまったらしい。まあ、それも当然だよな……。

 それから雨宮さんはぷりぷり怒ってそっぽを向いてしまった。

 雨が一滴も振っていない天神社で、僕と雨宮さんは二人きり。太陽が徐々に顔を出し始めたこの空を見て、変な感慨を覚えた。

 だって、雨が降っていないのに、本当に雨宮さんは姿を現して、元気な姿を見せているのだ。

 僕の隣で、僕を叱るために。

 それって、とても喜ばしいことだと思う。……ってこの言い方だと僕はドMみたいになるけど、違う。それは違う。

 そんなこんなで、僕は怒られているのにも関わらず、雨宮さんと太陽の下で居られるのが嬉しくて、終始ずっとニコニコしている。というよりにやけていると言った方が正しい。

 おかげでごめんなさいを言っても全然通じなくて、雨宮さんはしばらくそっぽを向いたままだったけれど、どうやら僕の笑った顔にほだされたらしい。途中からは諦めが混じったように、顔をこちらに向けてくれた。

 「もう……、それだけ心配してくれたってことで、許してあげます」

 「ありがとうございます!もう、雨宮さんと居られるのが嬉しくて嬉しくて……」

 そう言って僕がてへへと笑うと、雨宮さんは俯いた。長い髪がさらりと揺れて、一房肩から落ちる。その髪を、触りたい。なんて思うのは、変態だろうか。

 そんなことを内心で考えていると、雨宮さんは何かをぶつぶつと呟いていた。しかし、僕にはそれが小さすぎて聞こえない。

 「……もう、そんな顔されたら怒る気力もなくします……」

 「どうしたんですか?」

 「いいえ。何でもないです!」

 いきなり顔をあげた雨宮さんはむん、と気合が満ちていた。一体どうしたというのだろう。僕が首を傾げて見ていると、雨宮さんはその綺麗な人差し指を立てて、提案をした。

 「そんなに私を心配してくれる赤瀬さんに提案です。これからは、雨が降らない日は会う日を決めましょう」

 「なるほど。それはいいですね」

 「はい。そうしたら、私の負担も減って、赤瀬さんも私も安心です」

 雨宮さんはにこりと笑うと、一度空を見上げて目を細めた。眩しそうなその表情に、僕も嬉しくて空を見上げる。ねえ、聞いてください雨宮さん。僕の、大好きな季節がやって来たんです。そんな季節を、これからあなたと一緒に過ごせると思うと、嬉しくて、踊り出してしまいそうなんです。

 「で、どうやって決めるんですか?」

 「そうですね……。曜日で決めるのはどうでしょう。…………火曜日と金曜日はどうですか」

 「毎週?」

 「はい。……あ、もちろん赤瀬さんの用事がある日は大丈夫ですから。そちらを優先してください。その二日の、好きな時間に来てください。……そうしたら、私が出迎えますから」

 「絶対に用事なんて入れません。その二日は、必ず神社に来ます」

 僕はそう宣言すると、頭の中で火曜日と金曜日に花丸をつけた。僕の、大事な日。

 そこで僕ははたと気づく。雨の日は?雨の日も、もちろん、ここに来ていいんだよな?

 「雨の日は、今まで通りでいいんですよね?」

 「はい、もちろんです。何も気にせずに、来てください」

 頷いた僕はウキウキ気分でこれからの事を思い浮かべた。今日は水曜日だから、次は金曜日か……。楽しみだな。

 そうやって二人でこれからの事を話していると、前方から足音が近づいてくるのに気付いて、僕は顔をあげた。つられて雨宮さんも鳥居の奥を見つめる。

 鳥居の奥から歩いてくる人影は、真っ黒なスーツを着込んだ好青年。しかし、鷹の目のようなその目だけが異様に輝いて、威圧感を放っている。   間違いない、昨日ここで何か話し込んでいた人だ。

 僕と雨宮さんは頷き合って、その男が賽銭箱に近づくのを見つめた。

 すると彼もこちらに気付いたのか、目が合う。

 その瞬間、背筋を駆けあがったものと言ったら例えようのないものだった。

 蛇に睨まれている、と言ったら簡単だけど、それだけでは何か足りない。恐怖、高揚感、そして猜疑心。訳が分からないけど、そんな様々な感情が、流れてくる。雨宮さんも同じものを感じ取ったのか、少しだけ僕と距離を縮めた。そうだ、雨宮さんは僕が守らなきゃ。

 そうして男が賽銭箱の下の階段で座る僕ら二人の前にやってきて、ピタリと足を止めた。そして、その細く結んだ髪をいじり、一言。

 「おや、こんな寂れた神社で逢瀬を交わすとは」

 「お、逢瀬……」

 僕の顔はぼんっと赤くなる。いやいや、間違ってないぞ。逢瀬って言葉は妙に背徳的だけど、意味としては間違ってない!やましいことは何もしていない!それにこの神社の神様と会ってるんだから、何も怪しくない!

 僕は赤くなった顔を仰いで、男を見上げた。きらきらと反射した髪に、高い身長。この威圧感ある目さえなければ、好印象なのに。

 「昨日もここに来ていましたね、君。もしかして毎日来ているのですか」

 問われた僕は、びっくりして口をぽかんと開けてしまった。何だ、気づいていたのか。そりゃあ、目が合ったわけだから気付いているだろうとは思ったけれど、僕のような人間を覚えているとは思わなかった。

 頷いた僕は、勇気を出して立ち上がる。すると、彼との身長差に気付いてショックを受けた。階段の上で立ち上がったのにこの差は……。

 「あなたは、どうしてここに?」

 「……気になりますか?まあ、それもそうでしょうね。こんな神社に来る人なんて、たかが知れていますから」

 男の言葉にびくりと反応したのは雨宮さんだ。今や無人に等しいこの神社は、彼女を祀って昔から存在していた。それが今では誰も居ない。自分の家をけなされたようなものだ。僕はカチンと来て、言い返した。もうヘタレとは言わせない。

 「僕が居ます。僕は、この神社に通っていますから」

 「この女性と会うために、でしょう」

 「……否定はしません」

 「素直でよろしいですね。では、この神社に通ってくれているあなた方に、私が親切心を働かせてあげましょう」

 男は瞼を伏せて、しばし間を置くと、僕ではなく後ろに座る雨宮さんを見た。こんな上から目線のいけ好かない男、雨宮さんに何をするか分からない。僕はごく自然に雨宮さんと男が視線を合わせないように身体をずらした。

 男もその行為の意味に気付いたのか、フッと笑うと僕に鷹の目を向けた。目が、僕と雨宮さんをあざ笑っていた。

 「私は天城優成。この天神社の、持ち主です」

 「……は?」

 雨宮さんを振り返って、確認を取る。すると、彼女は何かを思い出したように立ち上がった。そして、僕の背後に隠れながらも天城優成という男を観察する。そして、僕に目配せ。

 どうやら本当にこの神社の関係者らしい。

 「持ち主ってことは、神主も?」

 「まさか。貴方も見てわかる通り、ここは無人の捨てられた神社です。今や何の機能もなしていないここに、私自ら神主になるわけがない」

 「そうですか、それはどうもすみませんね」

 いちいち言葉にとげがあって、むかつく人だ。同じ皮肉屋として川上さんも居るけど、彼には言葉の節々に優しさが受け取れる。それに比べて、彼の言葉は明らかに僕たちを非難するかのような口調だった。実際、そうなのかもしれない。何せ、天城さんは僕から一瞬たりとも視線をずらさない。まるで、睨んでいるかのように、ずっと見つめてくるのだ。居心地の悪さと言ったら尋常じゃない。

 「私はここの管理人を務めていましてね。まあ、こんな神社でも管理は必要ということで、たまに顔を出していたのです。そういえば、ここ数年お供えや賽銭が増えましたが、もしかして君が?」

 「そうです。雨の日になるたびに、ここに来ていますから」

 「それはそれは……。私も一ヵ月に一度、顔を出していましたが、全く会わないもので疑問に思っていたのですよ。やけに綺麗になっている時もありましたから」

 「管理人の代わりに掃除をしていたんです」

 僕は怒気を孕んだ声で言う。一ヵ月に一回だって?それじゃほぼほったらかしみたいなものじゃないか。一応参拝者である僕に掃除をさせて、それでも素知らぬ顔で管理人としてここにやって来るこの人の気が知れない。一体どういう神経をしているのだろう。

 草食系男子にあるまじき睨み方で僕は彼を威嚇すると、笑って返された。大人の対応がむかつく!

 しかし、その次の言葉で僕はおろか、雨宮さんさえ、表情を凍りつかせることになった。

 「そうですか。まあ、今月中にはここも取り壊すのでそれもやめてもらって構いませんよ。どうもありがとうございました」

 ただの、僕の皮肉に返した言葉だったかもしれない。

 だけど、それは僕ら二人にとってあまりにも衝撃的なことで。

 天神社がなくなる、という事実を突きつけられた。


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