5 女性は苦手なんだ
新たな決意を胸に、明るい日射しがすぐに夕日に変わってしまった午後六時頃、僕は家へと向かっていた。
雨宮さんはその後、太陽が出ているというのに、全く消える様子すら見せずに僕と暫し雑談をしていた。心配になった僕がいそいそと帰ってようやく彼女は神社から消えた。ゆったりと、僕から見えないように。その様子を鳥居の外側で見ていた僕は、少しだけホッとした。
別に雨宮さんを疑っているわけじゃない。彼女が言うのなら、本当に僕の力で繋ぎ止められて、太陽の下でも多少は大丈夫なのだろう。
しかし、事実と僕の性格は関係ない。その話を聞いて、安堵して、思わず花火に誘ってしまったけれど。だけど、僕は心配性だから彼女が無理に力を使わなくていいように気を遣ってしまう。いずれ、雨宮さんがもっと力を蓄えてからでも、太陽の下に出るのは遅くない。それまでは、やっぱり雨の日を中心に会おう。
そう決心して、僕は雨宮さんに対する自らの想いに馳せた。
きっと、僕は言うまでもなく雨宮さんを好いている。もちろんその事実は二年前から知っている。親友二人が、鈍感な僕に気付かせてくれたからだ。
だけど、今日改めて僕は感じたのだ。
雨宮さんが好きだと。
あの儚い雰囲気、長くて艶やかな黒髪、薄い唇、可愛さと美しさを兼ね備えたその容姿。優しい心、少しだけ子供っぽいところ、気遣いが上手いところ。
彼女の好きな場所を挙げ出したらキリがないほどに、僕は惚れこんでいた。今更ながらにそれを自覚して、どうしようもなくうずうずする。
やがてアパートの前へとつくと、僕は立ち止まった。俯いて、地面に伸びる僕の影を追う。二年前、雨宮さんに想いを伝えたことがある。どさくさに紛れて、告白したようなものだ。しかし、その時はしっかりとした返事を聞けなかった。遠回しに答えをもらったけれど、僕は雨宮さんの口から聞きたい。間違いでなければ、きっと雨宮さんも――。
そこで顔が熱くなって、ふるふると首を振った。その先を考えるのは、ちょっと恥ずかしい。それよりも、再告白をいつにするか、ちゃんと決めよう。
僕は意気込んで、顔を上げる。
すると、さっきは気づかなかったけれど、引っ越し業者のトラックがエンジンをかけているのに気付いた。数秒後にアパートを去っていくのを見て、首を傾げる。誰か引っ越すのか、それとも引っ越してきたのか?
そういえば、僕の隣の部屋は空いていたような気がする。そんな事をぼんやりと考えながら音を立てて階段を上り、二階に上がる。すると、二〇四号室、僕の部屋の前に一人の女性が立っていた。
女性が訪ねてくるなんて、一体どうしたんだろう。僕に何か用事なんだろうか。
声をかけようとして、僕は立ち止まる。そして、口を開く。すると、乾いた音しか響かなかった。ひゅう、なんて拍子抜けな音だ。
そこで僕は僅かに額から冷や汗を流した。
しまった、僕は草食系ヘタレ男子だった。女性に免疫がない。雨宮さんとしか話せない。それは、二年前から何一つ変わっていなかったんだった!
恐るべき重大な事に気付いて僕は立ち尽くす。早くそこから立ち去ってくれ。頼む。用事なんてないだろう、どうせ!
そうは思いつつも、僕の気配を感じ取ったのか部屋の前に立ち尽くした女性は僕を振り返って、目を合わせてきた。
そこで僕は気づく。
見たことのある人だ。というか。
「バス愛の子……?」
「……昼間の、近松さんと一緒に居た先輩、ですか?」
僕はがちがちに固まった首を何とか動かして頷いた。一体どうして僕の部屋の前に?用事があるのなら、友喜じゃないんだろうか。
「どうして、ここに?」
「引っ越してきたんです。隣の人にあいさつしようと思ってここで待ってたんですけど、赤瀬さんって先輩の事だったんですね」
「あ、ああ。そういうことか……。それでさっきトラックが来てたのか……」
やはり僕の隣の空き家が埋まったらしい。しかもそれが後輩だとは思わなかった。まあ、このアパートはそれなりに条件が揃っているのだし、この子はお目が高い、といったところだろう。大学から近い、部屋は綺麗、家賃もそこそこの良い所づくめだ。
「僕は三年の赤瀬時也です。……その、よろしく」
ぼそぼそ、小さい声で自己紹介をすると、それでもお隣になる女の子はちゃんと聞いてくれて、頷いてくれた。ああ、いい子なんだな、きっと。
「私は二年の恩田沙也加です。バスケット愛好会に入ってますけど、近松さんを追っているわけじゃないので……そこだけは、訂正しておきます。よろしくお願いします」
深々と一礼してきた恩田さんを見て、僕はぽかんと口を開ける。そういえば、バス愛女子は大抵友喜を追ってくる。この子もそうなんだろうかと考えているうちに答えを言われて、少しだけ合点がいった。
なにしろ、昼間騒いでいたのはこの恩田さんではなく、もう一人の子だったのだから。恩田さんは横で静かに見守っていただけなのを思い出すと僕は大丈夫、と返した。
「友喜を追ってきたのはもう一人の子なんだね。分かった」
「それは良かった。……では、また大学で。赤瀬先輩」
「あ、ああ……うん。よろしく」
隣の部屋に入っていく恩田さんを見送ると、僕も早足で玄関を開けた。急いで鍵を閉めて、ハアハアと漏れる息を整える。やがて乱れる動悸が落ち着くと、僕はへとへとと座り込んだ。やっぱり、雨宮さん以外の女性と話すなんて無理だ。緊張するし、目も合わせられないし、声は小さくなる。
情けない僕に頭痛を覚えて、頭を抱える。そろそろこのヘタレも厚生したいのだけれど、それが出来ない。
何より、僕自身、雨宮さん以外と話せなくたっていいかと思っている時点でダメだった。先が思いやられることだ。