14 お祭りの中で、触れあう
煌びやかな装飾の中で踊る、大学祭の文字。中から途切れることなく響き渡る人々の歓声。より取り見取りの店や展示。
雨宮さんは、初めて僕の大学にやって来たという事を抜きにしても、かなり浮足立って、瞳をキラキラとさせていた。
「あ、赤瀬さん……。あれは?」
「射的ですよ」
「このいい匂いは?」
「たこ焼きですね。後で食べましょうか」
「三時から演劇があるみたいですよ!」
「それは知らなかった。僕よりも詳しいじゃないですか」
「だって、凄く楽しみにしてたんです」
ついにやって来た運命の日、大学祭当日。朝から雨宮さんと家を出て、めいっぱい楽しむためにパンフレットを渡した。すると、彼女ははしゃぎ回って、まだ一時間も経っていないというに、色々な場所を回り終えた。いつかのショッピングモールを思い出して、ちょっと微笑ましい。
あれやこれやと騒いでいるうちに、僕は自然と溶け込んだ雨宮さんの姿を眩しく思う。神様と言えど、彼女は女性で、好奇心旺盛なのだ。僕よりもずっと、偉大な存在であるというのに。
そう思うと、数日前に話した雨宮さんが何者であるか、という疑問が浮かんでは消えた。彼女がここに居て、大学祭を楽しんで、僕と一緒に居る。何度考えても、それだけでいい気がした。彼女が何者かなんて、僕が必要としているのなら、それでいいのだ。
そして僕は、いつ決戦を迎えるべきか、迷っていた。すぐには心の準備が出来ていない。僕には他の生徒と違って、何も役割がないから、時間はいつでも大丈夫なのだが。
さてどうしよう、とはしゃいで僕の目の前を駆け出す彼女をぼんやり見つめる。あまり距離が離れすぎると、彼女の実体に影響が出そうなので慌てて追いかけた。
雨が降っていないというのに、元気で何よりだ。
「雨宮さん、あんまり遠くに行かれると迷子になりますよ」
「あ、そうでした。ごめんなさい。……でも、赤瀬さんならきっと見つけてくれますよね?」
「も……もちろんですけど」
ふわりと踊るように雨宮さんは喧騒の中をかいくぐっていく。僕は照れ隠しに、念のため持ってきていた彼女の心臓を鞄の上から触って確認した。
はぐれても、確かに見つけるけど。意地でも探すけど。
「信頼されているってことだよな……?」
僕は呟くと、火照る頬に風を送って彼女の隣に並んだ。神様の目は、未だに探求心を詰め込んでいた。
そうして彼女は、僕を引っ張って、ともすればこの大学の生徒以上に楽しんでいた。よく食べ、よく遊び、よく笑う。まるで子供のような一面は、やはりいつか見た時のようなものだ。
そして、それを見ると、どうしても彼女の体調を心配してしまう。仕方のないことだけれど、こればかりはどうしようもなかった。性分なのだ。
「赤瀬さん、次は何処に行きますか?」
そう言った彼女は焼きそばでお腹を満たして、タピオカミルクティーに感動して何度も喉を潤した後だった。すでに昼を過ぎていて、何時間も経過してることが分かる。
「そう、ですねえ……」
そろそろ、僕の育てた花をあげたい。しかし、未だに決心がつかない。けれど。なんてうんうん唸っていたらこんな時間になってしまっていた。なんと言う事だ。
「あの、雨宮さん?」
「はい?どうかしましたか?」
「僕が所属する、植物研究会の展示を見に行きませんか?」
ええい、勢いのままにやってみるしかない!
僕は震え声で誘うと、心優しい雨宮さんはもちろん頷く。笑顔を乗せて、最高のメニューで僕の心を満たすのだ。
「勿論です。ウワサの研究会、気になってましたから」
その言葉を頼りに、僕たちは部室に向かうことになった。二階に上がって、いつもは雑然としているはずなのに、綺麗に片づけられていて。解放されているあの部屋へ。
ものの数分でついたその場所に、僕はいよいよ緊張で身体を硬直させて、何も言葉が出なかった。中に入ってしまえばエボルブルスが今か今かと首を長くしている。けど、そのエボルブルスと一緒に贈る言葉を、僕はどうにも言える気がしない。
そんな情けないことを悶々と悩んでいると、やがて雨宮さんが声を漏らした。前方からやって来る女性に目を向けて、少しだけ、僕の袖を掴む。
「雨宮さん?」
「あの人。……隣の部屋の、人ですね」
彼女の言葉に、僕はこちらに向かってくる女性に目を向けた。確かにそこには、颯爽と歩く恩田さんの姿があった。
「恩田さん……」
雨宮さんも以前二人で口論に近いものを繰り広げているのだけれど、僕は僕でこの間告白をされるという前代未聞の展開を持ってきた張本人なので、二人して身構えた。
恩田さんは、僕たちに気付くと、少しだけ眉を寄せて立ち止まった。
「赤瀬先輩。それに、一緒に暮らしている方、ですね。……大学祭は楽しまれていますか?」
「え、ええ」
「もちろん。恩田さんは、どうしたの?」
「友達とはぐれたんです。すばしっこい子ですから」
となると、友喜を追いかけてバス愛に入ったというあの子とはぐれたのだろう。正反対に見える二人がどうしていつも一緒に居るのか分からないけれど、そこまで踏み込むほど僕は親しくない。……例え、彼女に好意を抱かれているとしても。
「……先輩たちは、今からどちらへ?」
「え、と。中に入って植物でも見ようかなって」
僕がしどろもどろになりながら答えると、恩田さんは全てを察して、無理やりの笑顔でそうですか、頑張ってくださいね、と返してきた。事情を知らない雨宮さんは首を傾げて僕を見つめるけれど、紅潮した頬で何も返せない。
恩田さんの心境を考えると、自分のせいとはいえ複雑で、さりとて会話のつなぎ方が分からずに僕たちはしばらく沈黙を貫いた。雨宮さんはやけに怯えているし、さてここからどうしたものか。
そう考えていたら、救いの船がやって来た。
友喜と幸弘がようやく見つけたと言わんばかりに僕たちを囲み始めたのだ。
「時也、今までどこに行ってたんだよ!」
「え、ごめん?雨宮さんと色々回ってたから」
「馬鹿、探したんだからな……。携帯は繋がらないし」
そう言えば大学祭とはいえデートに近いからという理由で携帯の電源を切っていたんだった。二人の時間を邪魔したくないから。
「……赤瀬さん。この方たちが、もしかして」
「あ。そうだった。雨宮さん、この二人がいつも話をしている友喜と幸弘です」
僕が紹介すると、雨宮さんと親友二人は頭を下げて、これはこれはどうもどうも、なんて井戸端会議のおばちゃんのような会話をし始めた。
「貴方が雨宮さん……。いつも時也から話は聞いています」
「こちらこそ、お話は伺っております。会えて嬉しいです」
「時也って迷惑ばっかりかけるから、何かあったら遠慮なく言ってくださいね。縛ってやります」
「縛るの?」
「迷惑なんて、そんなことないです。むしろ、私の方が迷惑をかけている気がします」
「まさかまさか、このどうしようもないヘタレに慈悲深い……。話通り素敵な人だ」
「スルーするの?僕は無視?」
後ろでぎゃあぎゃあ騒いでいると、親友二人は僕の背中を叩いて黙れの合図。はい、ごめんなさい。
「ふふ。良かった。赤瀬さんの親友ってどんな方か気になっていたんです。でも、赤瀬さんが大事にする人たちですから、きっと良い人に違いないと思っていたんですよ。本当にその通りで、会えて嬉しいです」
天然の発言はどうやら僕だけではなく親友二人の心も打ち砕いたらしい。三人揃って顔を俯かせて肘を突き合う。なんてことだ。最高の不意打ちだ。
「良い人じゃないか。どこでこんな人を見つけてきたんだ」
「僕もそう思う。何処で見つけたんだろう」
「自分の事でしょしっかりしなよ」
「だって」
これで僕の大切な人たちの顔合わせは終わった。僕が二年もの間、彼女を待ち続けた理由も納得したようで、二人は満足げだ。
雨宮さんがきょとん、として僕たちのこそこそしたやり取りを見ている中、三人で拳をぶつけ合った。
「時也に武運を祈る」
「必ず成功すること」
二人の言葉に、深く頷く。事を起こす前に親友二人に会えて良かった。
おかげで僕は、勇気を貰えた。
彼女に一歩、踏み出す勇気を。
振り返って、二人と別れて、雨宮さんを部室に入れる。
さあ、決戦の時。勇気を振り絞って、エボルブルスを渡そう。
そして、彼女に想いを伝えるのだ。
いつの間にか、恩田さんの姿は忽然と消えていたのにも気づかずに、僕は拳を握りしめた。




