12 好きということ、悲しいということ
人というのは、人生でどれくらい告白されるのだろう。好意を向けられる回数は如何ほどなのだろう。
例えば友喜ならば、モテ男の中のモテ男だから、告白なんてざらにあるはずだ。
幸弘だって誠実で人当たりがいいから、僕よりは余程モテる。
そうなると、僕は人から好意を持たれる要素が何一つない。ヘタレだし、草食系男子だし、これといった才能もない。自分で言ってて悲しいけど何もない。
だけど、僕は今、なんと言われた?
幻聴でなければ、好き、と言われなかったか?
そして、その後に、付き合ってください、と言われなかったか?
まさか、そんな。漫画じゃあるまいし、僕のような男がこんなに可愛い女子に告白されるなんて。現実なわけがない。
「これはきっと幻。まぼろし、マボロシ……」
「先輩、気を確かにしてください。現実です。私、先輩の事が好きなんです」
現実とな。まさか。
「……本当に?」
「本当です。……落ち着きました?」
「まさか」
出来れば今すぐに屋上から飛び降りて現実であることを確かめたい。
だけどそんなことを言えるはずもないので、僕は顔を引きつらせて、告白されたという事実に嬉しさを噛み締めるよりも正気を保つのに必死だった。モテない男子はこれだから困る。
「ご、ごめん……。女子から告白されるの初めてで、どうしていいか分からないんだ」
「そうなんですか?……こんなに、素敵な人なのに」
勢いよく膝に頭をぶつける音がした。原因はもちろん僕。突然の展開に頭がついて行けない。どうすればいいんだ。
「ええと、その」
しどろもどろになる僕は、完全に他者と全く交流が取れない人間だった。最悪だ。
僕はやっとの思いで、手を挙げてひとまず、時間をください、と意思表示をして見せる。心の広い恩田さんは、無言で頷いて、僕のペースに合わせるよう、空を見上げた。
そうして僕はしばらく俯いたまま、風に乗って時間が流れていくのを感じていた。ぐるぐると回る思考回路は、そのうち考えても仕方がないと結論に至って、情けないことに頭を真っ白にした。
空白の脳内は、ヒートオーバーを迎えると、もはやこれまでよ、と加速したように開き直った。そうか、恩田さんは僕が好きなのか。そうかそうか、凄いね。そんな感じだ。
「……どうして、僕を好きなの?自分で言ってて悲しいけど、僕なんて何のとりえもないよ」
「まさか」
恩田さんは見上げていた空からそっと視線を外すと、やがて僕を優しく包み込むかのように微笑んだ。その顔は何処かで見たことがある。
そう、神社で僕に笑いかけてくれていた、雨宮さんのような顔をしていた。
「幼い頃に、私に構ってくれた素敵な人です。本を読むという、新しい世界をくれたのも先輩ですよ。……それに、再会して、植物研究会で必死な顔をして花を育てている先輩は、きっと、優しくて、誠実で、誰にも負けない思いがあるって、思っています」
「そ、そっか。ありがとう……」
褒め殺しをされて顔が火照るのを感じた。手で風を送るけれど、気休めにもならない。僕はどぎまぎして、だけど、恩田さんの言葉を反芻すると、どうしてか雨宮さんの顔が浮かんだ。
綺麗に笑う顔、雨が大好きで頑固で、歌を口ずさむ、大切な女性。僕の、たった一人の大切な人。
そうだ。僕は答えを出さなきゃいけない。僕を好きになってくれたという事実はとても嬉しい。恩田さんにも感謝している。けど、僕には二年前から追いかけ続けて、手元にあるのに全く手が届かない女性に恋をしているのだから。
「恩田さんの気持ちは嬉しい。なんたって、僕は告白されるの初めてだからね。……でも、ごめん。僕は、好きな人が居る。身の程知らずかもしれないけれど、どうしても引けないんだ」
「知ってましたよ。それとも、まさか私が気づいていないとでも、思いました?」
目が点になるとはきっとこういうことを言うのだろう。僕は声を発することすら忘れて、隣の彼女を見つめた。恩田さんは大口を開けて痛快とでもいうように笑顔を浮かべている。
「エボルブルスをあげるんですよね。でも、分かっていて告白したんです。私、先輩の頑張り屋な所が大好きです。くじけそうになっても、その人のためとなるといつもの弱気な先輩が居なくなるんです。その姿を見るのが楽しみで、何よりも、辛かった」
「気づいてたんだ……」
「むしろ、気づかないほうが可笑しいですよ。一緒に住んでいるあの女性ですよね」
「そう、そうなんだ。とっても可愛い、素敵な人なんだ」
「はい。でも、不思議な人でした。何処か浮世離れしていて、なんだか、人間じゃないみたい」
恩田さんの一言に、僕はぐっと唇を噛み締めた。ここで表情を崩せば、雨宮さんが万が一にも神様であることがばれてしまうかもしれない。恩田さんは、過去に一度だけ、雨宮さんと接触してそんなことを問い詰めていたから。
「あの人、何処か得体が知れなくて、ちょっと怖いなって思ったんです。でも、先輩が好きな人に間違いなんてあるわけないですし。……元から勝ち目なんて、なかったんです」
「ごめん……」
「いいんですよ。気持ちを伝えたら、スッキリしましたから。これからも、後輩としてよろしくお願いします」
恩田さんはそう言って一礼すると、それからは何事も無かったかのように早足に立ち去って行った。僕は、茫然としたまま、断った方だというのに虚しさが込み上げてきて何も出来ずにいた。今なら、友喜の好意を向けられるという事に嫌がる理由が分かる気がした。
人から好意を向けられているのに、それに応えられないのは、とても悲しい。自分は何も悪くないのに、その人を悲しませてしまっているという事実がのし上がって来て、心をがんじがらめにする。
僕は既にいない恩田さんに頭を下げると、ようやく屋上を出た。何だか無性に、雨宮さんに会いたくなった。
屋上の脇にある階段で、女性がすすり泣く声がしたけれど、僕は気づかないふりをして立ち去った。




