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神様の涙2  作者: 美黒
1 2年後の僕たち
12/39

12 僕たちの決意は固いから

 その日の夕方、僕は雨が降っていないのに天神社に向かった。太陽が傾き始めた午後五時、この道で傘を差さずに歩くのは、少しだけ新鮮な気がして、妙な気分だ。

 見慣れた鳥居を潜って、僕は賽銭箱の下に立つ。今日は、座らない。

 きっと、姿を現さないだけで、僕の近くに居てくれているであろう、雨宮さんに報告に来たのだ。夕陽に照らされた境内は、何処までも神秘的で、僕はここが偽物だなんて、信じたくなかった。

 それでも、管理人が偽物だというのなら、そうなのだろう。

 だから、僕の僅かな力で、本物に近づける。その手段を、僕は大事な人たちからもらった。

 「雨宮さん、報告に来ました」

 締まりきった本殿に目を向けて、僕は背筋を伸ばした。賽銭箱に五円玉を入れて、二礼二拍一礼をする。そして、きっと祀られているであろう本殿の中の雨宮さんに届くように、大きな声で報告をする。

 「友喜と幸弘がヒントをくれました。この神社のビラを作ることにします。それで、この神社がどれだけ大切な場所なのか、地域の人に知ってもらって、署名を集めるんです。万人の名前を集めれば、流石の天城さんも取り壊しはやりにくくなるはずです。つまり、この町の人たちにこの神社が必要だって、そう思ってもらえるように活動します。……もう、取り壊しまで二週間しかないですけど、何とかして見せます。ビラ作りに関しては、知り合いがやってくれるそうで、かなりいいものになりそうです。まだ、完成品を見たわけではないけれど、そんな気がします。雨宮さんの、大切な場所をそのビラで、もっといろんな人に知ってもらえるんです。そう考えると、少し嬉しくて。僕は、絶対にこの神社を取り壊させはしない。雨宮さん、貴方を守ります。絶対に」

 まるで、誓いを立てるようにそう言うと、僕は一息ついて、押し黙る。言うべきことは行ったはずだ。 きっと雨宮さんはこの話を聞いてくれていることだろう。

 さあ、帰ったら今後の活動を明確なものにしていかなければならない。僕は本殿に向かって一礼すると、振り返った。

 すると、シャラン、と鈴の音がした。風に乗って本坪鈴が鳴ったのだ。そして、それとともに雨宮さんは薄らと姿を現した。夕陽を受けた彼女の髪は、とてもきらきらと光っていた。

 「……雨宮さん!姿を見せて、大丈夫なんですか」

 「はい。赤瀬さんが頑張っているのに、私だけ楽は出来ませんから」

 そう言って口をキュッと結んだ雨宮さんは真剣そのもので。白いワンピースが燃えるように赤いのを見て、僕は頷いた。

 「必ず、やり遂げます」

 「はい。私にできることがあったら、言ってください。なんたって、ここは私の家なんですから」

 雨宮さんは遠い目をして、境内を見渡した。つられて僕も見渡す。

 最早使われているのか分からない手水舎、背は高いけど塗装が剥がれかけた赤の鳥居。踏みしめるたびに音を鳴らす砂利道に、隣の小さな公園。 こんなちっぽけな神社だけど。僕にとって、雨宮さんにとって。この場所は消えてはならないものなんだ。

 狭い境内に広がる、この光景が何より愛おしい。雨の中で見続けた、僕らの居場所は、これからも、ずっとそうであるように。僕たちが、守らなければならない。

 「いつか、こんな日が来ることは知っていたんです」

 「……え?」

 「私のように、不確定な存在を祀るこの場所は、いつだって靄がかかっていて、それに私は縋りついていました。むしろ、ここまで何物にも脅かされなかったのが可笑しいくらい」

 「そんな。でも、雨宮さんは、雨の神様だって」

 「はい。みんな、そう呼んでいました。遠い昔の話です。まだ、私が満足に姿を現せる頃の、そんな時の。でも、みんながそう呼ぶだけで、私は、 私自身が何者なのか分からない。神様ではないかもしれない」

 雨宮さんは、自分の身体を抱きしめて俯いた。僕らの影が重なり合った地面を見つめて、どうしていいか分からなくなる。確かに、雨宮さんは何かと言われれば、答えるのは難しい。僕らには、人間と言う簡単な答えがあるのに、雨宮さんにはない。それでも。

 「いいじゃないですか。雨宮さんが、何者でも。僕は、雨宮さんだから貴方といたんです。これからも、ずっと。僕は、雨宮さんという存在を確かに感じています。だから、家であるこの神社を、守りたいって思うんですよ」

 神様じゃなくたっていいじゃないか。もちろん、僕は神様だと思っているけれど、例えそうじゃないとしても。僕らが過ごした時間は真実だし、僕たちだけのものだ。

 そう言うと、雨宮さんはふわりと笑って僕の手を取った。以前よりもずっと温かな手は、けれど僕よりずっと小さかった。

 「ありがとうございます。私も、諦めません」

 僕らは手をぎゅっと握りあって、コツン、と額を合わせた。そうすることで、お互いの気持ちが伝わった気がした。大丈夫、雨宮さんとなら、きっと。

 「そういえば、雨宮さんは、秋の花で何が好きですか?」

 額を合わせたまま、僕は問う。コスモスと一緒に育てて、プレゼントをしたい。そして、その時、僕は改めて告白をするんだ。

 雨宮さんは元の姿勢に戻って、ゆるりと僕の手を離すと、しばし考え込んだ。消えていく温もりに少しだけ残念に思うけど、しょうがない。僕は雨宮さんの返答を待つことにした。

 やがておもむろに返って来た答えはこうだ。

 「桔梗、です」

 「桔梗、ですか」

 「はい。ちょっと早めの開花になるんですけど、精一杯咲く大きな花弁が好きなんです」

 なるほど、桔梗。そういえば、恩田さんも桔梗と言っていた。女性はみんなこの花が好きなんだろうか。ひとまず情報が得られたのでよしとする。帰って早速調べよう。それで、植物博士にでも聞くとしよう。

 「でも、どうしていきなり花なんて?」

 「いえ、特に深い意味は。十月のサークル活動で、展示会をやるので気になって」

 実際、深すぎる意味があるけど、そこは話さない。 雨宮さんは首を傾げつつも、追及はしてこなかった。ホッと安心した僕は、しばらく雨宮さんと話したのち、家に帰った。雨宮さんは、雨が降っていなくても、元気そうだった。


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